第79話 魔族を喚ぶ石
「メイア、あの母親の病気、何か心当たりがあるのか?」
リックと母親が眠りについたのを確認してから、俺は建物から離れた場所でメイアに問いかける。
先程の様子を見るに、メイアはあの母親の病気について何かを知っている様子だった。
メイアが俯いたままで口を開く。
「あれは……、『アストラピアスの呪い』です」
「アストラピアス?」
俺の言葉にメイアは首を縦に振る。
「アストラピアスは、かつて魔族が重用していたとされる蛇です。極めて珍種ですが今でも生息していて、その身を切って食べさせると万病を治癒する手段となります」
初めて聞く話だった。
テティも同じだったのか、メイアが淡々と語る内容を黙って聞いている。
「なるほど。万病に効く蛇、か……。でも、それが呪いというのは?」
「……アストラピアスの身を病人に食べさせれば、確かにその者は快復します。それはどんな薬草などよりも効果があるとされてきました。ただ……」
「ただ?」
「ただ、アストラピアスの身を切った者には呪いがかかるんです」
「呪い……。まさかそれがあの母親の……」
俺の問いにメイアはただ頷く。
いつものメイアとは明らかに異なる様子だった。
「でも、どうしてメイアがそんな話を?」
「私の、お母様が同じ呪いにかかっていたからです。それで、調べました」
「そうか……」
メイアが幼い頃に母親を亡くした話は以前聞いたことがある。その母親の生前の言葉がメイアの価値観に大きく影響を与えたことも。
けれど、母親の死因について聞いたのは初めてだった。
「お母様は、私が幼い頃に患った病気を治療するため、アストラピアスの力に頼ったんです。盗賊団の拠点で聞いた話から推測するに、リック君のお母さんも、自分の子供を助けるために……」
「……」
大切な誰かを守るために、か……。
メイアは亡くなった母親と自分、そしてリックとリックの母親を重ね合わせているのかもしれない。
青く綺麗な瞳を今は細め、さっきまで見ていたリックの家の方を見やっている。
「えと……、メイア。その呪いを消す方法は……」
テティの問いにメイアは首を横に振る。
方法は無い。そういうことなのだろう。
「お母様がかかった呪いを解く方法を見つけるために、私はあらゆる書物を読み漁りました。知っている人がいないか、探し歩きました。でも……」
「メイアがそこまでして調べて見つからなかった方法を、あの盗賊団の長が知っている可能性は?」
「それは有り得ないと思います。ましてや、あの頭領はリック君のお母さんを助ける方法について『薬』だと言っていました。現存する薬でアストラピアスの呪いを解くことができるものは、ありません」
その言葉を聞いて、自然ときつく手を握りしめていた。
母親を救いたいというリックの想いに付け込み、虚の希望を見せて利用していると。
あのアベンジオという男がやっているのは、そういうことだ。
――外道が。
俺はその怒りを抑え、メイアの肩を抱いた。
メイアが自然と身を寄せてきて、涙で俺の黒衣を濡らす。
それから、メイアが落ち着くまでには、少し時間がかかった。
***
「す、すみません、アデル様。もう大丈夫です。今はリック君たちのことを解決しないとですからね」
メイアは赤く腫れた瞳を隠さずに笑ってみせた。
相変わらず強いなと、俺は出会った頃のことを思い出す。
母親のことを受け入れ、母親から受けた言葉の通りに前を向こうとするその姿勢は、尊敬に値するものだった。
「でも、どうしようか。あのアベンジオっていう人間が許せないのは分かったけど、このままじゃリックのお母さんは……」
それまでメイアのことを心配して、背中をさすってあげていたテティが呟く。
テティの言う通り、リックを利用するアベンジオのことは許せない。が、俺たちの中には共通して、リックの母親を助けたいという思いが浮かんでいた。
どうすれば良いのか。
その答えが出ずにしばし沈黙が続いていたが、俺は先程の話の「ある部分」を思い出し、メイアに問いかける。
「なあメイア。そのアストラピアスって蛇なんだが、かつて魔族が重用していたと言っていたか?」
「はい。調べた時の文献にはそう残っていましたが……」
「……」
「アデル様?」
「何故、魔族は使ったら呪いがかかるものを重用できたんだ?」
「「あ……」」
俺の発した疑問にメイアとテティが声を漏らす。
「もしかして、魔族はアストラピアスの呪いの解呪方法を知っていたんじゃないだろうか?」
俺がその仮説を口にすると、どうやら二人もある人物の名前が浮かんだらしい。
あのシシリーという少女なら、何か解決方法を知っているかもしれない、と。
「でもアデル。シシリーの居場所に心当たりあるの?」
「いや、無い。無いが……」
俺は立てた仮説を希望で辿るようにして、懐に手を忍ばせる。
そして、シシリーから渡された黒い石を取り出した。
――確か、リックが使っていた時は……。
「《魔晶石》、解放――」
黒い石を手にして、俺は記憶にあった言葉を呟いた。
すると突然、俺の前の地面に黒い穴が開く。それはまるで深淵の沼のようで、俺たちはその光景に見覚えがあった。
「こんばんは、黒衣の執行人サン。何かご用かしら?」
肩より広い魔女帽子と、その奥で浮かぶ幼い体躯に不思議と似合う妖艶な笑み。
そこには魔族の少女、シシリー・グランドールが立っていた。
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