第59話 勇者イブール、執行
――ザシュ。
――スパッ。
《セントールの森》にて。
マーズの支援魔法を受けて戦闘を行った冒険者たちが次々にモンスターを
俺はその様子を遠巻きに眺めながら持ってきていた林檎を
――やっぱりマーズの支援魔法はかなり高い効力だな。これだけの効果を受けて各国を回りながら戦ってきたはずだろうに、その恩恵に気付かないとは。勇者の奴も随分と惜しいことをする。
「やっぱりすげぇ! マーズさんの支援魔法があれば負ける気がしねぇぜ!」
「ああ。これならモンスター討伐も随分と
冒険者たちは実戦でもマーズの力を実感したのか、口々に称賛の言葉を並べる。
そうして、それがマーズの取り合いへと発展するまでに時間はかからなかった。
冒険者たちが真剣な表情で協議を始める中、俺はマーズに近づき声をかける。
「良かったなマーズ。これで今後のことも心配いらないだろう」
「あ、ありがとうございます! 本当に、何とお礼を言ったら良いか……」
マーズはそういって何度も腰を折った。
律儀な奴だなと、少し笑みが溢れる。
「俺は酒場に来た客を知り合いに紹介しただけだよ。認められたのはマーズの力あってこそさ」
「…………あ、あの」
「ん?」
「間違っていたらすいません。もしかして貴方はあの時の……二年前の謁見の時にいらした第七王子様ではありませんか?」
「へぇ、よく覚えてたな。俺は隅にいただけだったのに」
「や、やっぱり……」
マーズは呟いて、急に
「すいません、まさか第七王子のアデル様だとは気付かず……」
「おいおい、様付けはやめてくれ。今は第七王子じゃないんだ。この国の王政はもう解体されたしな」
「は、はい。ではアデルさんと……。あの、それからもう一つ――」
マーズは恐々としながら上目遣いで俺の顔を覗く。
「アデルさんが王都を救った《黒衣の執行人》ということですよね?」
「…………どうしてそう思った?」
「シシリーさんが言ってたんです。王家の陰謀を阻止した黒衣の執行人は元第七王子かもしれないって」
「シシリー? 魔女帽子を被った女の子か?」
俺が確認してマーズはコクリと頷く。
勇者イブールたちの中にいて、あの魔女帽子を被った少女だけは中立の立場にいるように見えた。
それに、マーズと別れる際にかけていた言葉もどこか意味深だったような……。
――じゃあねマーズ。色々と楽しいものが見れたよ。
そう。
確かそんなことを言っていた。
――どこか不思議な印象を感じさせる少女だったな。マーズにも少し聞いてみるか。
俺がシシリーという少女が何者なのか、マーズに尋ねようとしたその時だった。
――ひぇええええええっ……!!
情けない声が聞こえてきた。
「悲鳴? でしょうかアデル様」
「森の奥の方からだね」
メイアとテティが反応して、皆で声の聞こえてきた方を見やった。
「もしかしたら誰かがモンスターに襲われてるのかもしれねえな」
「助けに行こうぜ!」
冒険者たちも続き、俺たちは声がした方角へと駆け出す。
「はい、アデル様。持ってきましたよ」
「サンキュ。さすがの準備だな、メイア」
「ふふ。お褒めいただき光栄です」
俺は駆けながらメイアが渡してくれた黒衣を受け取り、身に纏う。
そしてそのまま、俺たちは《セントールの森》の奥地へと向かった。
***
「お、おいっ! 大丈夫か!?」
「助けてくれぇええええ! 喰われるぅうう!」
「「「……」」」
《セントールの森》の奥へと辿り着くと、勇者イブールが植物系のモンスターに捕らえられているところだった。
イブールはモンスターのツタに足を絡め取られて逆さ吊り状態だ。
手にした聖剣も光を失っており、意味を成していない。
「なんだ、どんなモンスターかと思いきや、C級のイビルプラントじゃねえか。アイツのツタに捕まるなんて、新米の冒険者か?」
冒険者の内の一人がそんなことを言う。
捕まえられているのは、一応勇者と呼ばれている男なんだがな……。
マーズの支援魔法が無くなったため低級のモンスター相手にも歯が立たなかったと、そういうことだろう。
「よっ、と」
イブールを束縛していたイビルプラントは冒険者たちによって難なく撃破される。
ドサリ、と。イブールが解放されて地面に落ちるが、大きなダメージは負っていない模様だ。
「た、助かった……」
「おいおい大丈夫か? 何であんな低級のモンスターに捕まってんだよ。普通に戦えばワケなく勝てる相手だろうが」
「何だと……? アンタら、この森の魔術の影響は受けていないのか?」
「森にかけられた魔術ぅ? 何のことだ? そんなもんこの森にはかかっちゃいねえぞ」
「な、に……?」
イブールたちと冒険者たちがそんなやり取りを交わしていた。
それを遠巻きに見ながら俺たちはため息を漏らす。
「どうやら、マーズさんの支援魔法が無くなって戦闘力が落ちたのだと理解できていないようですね」
「この森に魔術なんてかけられてないよね? わたしたちは普通に動けるし」
「ああ。テティの言う通りなんだが、あの勇者様は勘違いしているらしい」
「勇者様はとにかく思い込みが激しい方でしたから……」
イブールもマーズを失ったことによる影響には気付いているのかもしれないが、到底受け入れるわけにはいかないのだろう。
「……?」
――そういえばあの魔法使いの少女、シシリーがいないな……。
俺は辺りを見渡すが、シシリーは見当たらない。
「っておい! マーズじゃねえか! テメェ何でこんなところにいやがる!?」
と、イブールがマーズに気付き、こちらにヅカヅカと歩いてやって来る。
「お前、別れ際に【
……なるほど、そう来たか。
冒険者たちが「あれが聖剣に認められた勇者?」「嘘だろ……」などと声を交わしているが、気持ちはよく分かる。
「そ、そんな勇者様。僕はそんな魔法をかけては……」
「うるせぇ! じゃなきゃこの状況をどう説明すんだよ!」
イブールは今にもマーズに掴みかかりそうな勢いだった。
マーズからは手を出さないだろうし、仕方ない。
俺は勇者イブールを目で捉え、青白い文字列を表示させる。
====================
対象:イブール・レイナス
執行係数:459ポイント
====================
……。
対象の行ってきた悪行が数値化された執行係数。
それが何とも微妙な数字である。
――まあ、マーズにしていた理不尽な仕打ちの分もあるしな。痛い目は見てもらおう。
俺は激昂しているイブールとマーズの間に割って入る。
「お前の力が弱まったのはマーズの支援魔法を受けられなくなったからだ。つまりお前の力は本来その程度なんだよ」
「ああ!? 何だ横から――って、その風貌、まさかお前が《黒衣の執行人》か?」
イブールは一瞬驚いたような顔をした後、殺気立った目をこちらに向ける。
「お前が王家の奴らをぶっ飛ばしたおかげで俺は報酬が貰えなかったんだ。一発殴らせろ!」
……本当にやれやれだ。
「《魔鎌イガリマ》、顕現しろ――」
溜息混じりに唱えると、俺の右腕に漆黒の大鎌が出現する。
「なっ……! テメェ、何だその武器は!?」
「さあな」
「くそっ。ジョブ能力で召喚した武器だろうが聖剣を持つ俺に挑もうなんざ100年早いぜ!」
そう言ってイブールは聖剣を前に掲げる。
と同時、俺はイガリマに命じてその聖剣めがけ鎌を振り下ろした。
「《斬り裂け、イガリマ》――」
――ギシュッ。
「覚悟しやがれこの野郎! ……って、アレ?」
イブールは居丈高に聖剣を掲げようとして、そして気付いたらしい。
「な、な、なぁ……!? お、おれ、俺の聖剣がぁああああ!?」
イブールが目を落とした先には刀身を失った聖剣があった。
「斬れ味がイマイチだったな。この執行係数だとこんなものか」
「いえいえ、十分すぎますよアデル様」
「嘘、だろ……? その武器で斬ったってのか? え? 俺の聖剣を……?」
イブールは顔面蒼白の状態で、折れた聖剣を見つめていた。
今まで自分の力の象徴だと思っていた剣を真っ二つに折られて呆然としているらしい。
そんなイブールに向けて、俺はただ一言かけてやった。
「
==============================
勇者イブール・レイナスの執行完了を確認しました。
執行係数459ポイントを加算します。
累計執行係数:20,153,106ポイント
==============================
そうして、イガリマを消失させようとしたその時。
俺は妙な気配を感じて振り返る。
――ドスッ。ドスッ。
その方角から地響きを立てて何かが近付いて来た。
そして、森の木々を押し倒し「そいつ」は姿を現す。
「アハハッ。良いものを見せてもらったよ、黒衣の執行人サン♪」
それは巨大なゴーレムと、その肩に腰掛け無邪気に笑う魔導師の少女――シシリーの姿だった。
================
【後書き】
大きめの魔女帽子を被って巨大な何かに腰掛ける女の子って絵になるなぁって思います。
同じ印象を持ってくださる方がいたら嬉しいなぁ、なんて思ったり(^_^;)
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