第58話 変わる評価
「マーズさん。よろしかったらこちらをどうぞ」
「あ……、ありがとうございます」
メイアが用意した紅茶に口を付けながら、マーズはちらりとこちらを覗く。
そして俺に向け、ためらいがちに尋ねてきた。
「あの、どうして分かったんですか?」
「どうして分かったのか?」とは、なぜ勇者イブールの聖剣にマーズが力を与えていると気付いたのか、ということだろう。
マーズの問いに続けて、テティも獣耳をピクピクと反応させながら疑問を投げてくる。
「わたしもそれ気になった。確かに勇者の人はすごく嫌な感じだったけど、持ってた剣には確かに力があるように感じた。それがこの人の力だって、どうして分かったの?」
「さっきあのクソ勇者が聖剣を抜いた時に刀身が光っていただろう?」
「ああ、うん。あの緑っぽい色の」
「そう。あれは聖剣が持つ力じゃない。恐らく《支援魔法》を付与した光だ」
「支援魔法?」
俺は頷きその魔法の使い手であろうマーズを見やる。
「マーズ。君のジョブ能力は【
「ど、どうして……?」
「昔、同じジョブ能力の使い手に会ったことがある。そいつが使う魔法の気配と酷似していたからな」
「な、なるほど……」
マーズは酒場に入った時から、大荷物を抱えながらも俊敏な動きをしているように見えた。
あれも自身の肉体を支援魔法で強化していたからだろう。
あの勇者の聖剣にかけている支援魔法
「勇者さんは聖剣の力をかなり誇示していたようですけど、それはマーズさんの魔法によるものだったと……。ご本人は気付いているんでしょうか?」
「僕のジョブ能力が支援魔法の使い手であることはみんな知っています。ただ、勇者様は僕のかけている支援魔法には微々たる効果しかないと思っていたみたいで……」
「ああ、なるほど。あの態度じゃ聖剣に認められた自分の力だとか思ってそうですね」
メイアの言葉を受けてマーズが遠慮がちに頷く。
それであんな風に切り捨てられた、というわけか。
どうやらあの勇者は横暴なだけでなく節穴らしい。
聖剣に認められたということで舞い上がったままここまで来てしまったんだろう。
一度の成功体験を着飾り続け盲目的になる連中はよくいるし、珍しいことでもない。
ただ、他人を理不尽に突き落とそうとするあの態度は許せたものではない。
「しかし、君はどうしてあの勇者と一緒にいたんだ? 見た感じ待遇が良かったわけでもないだろう? 君ほどの支援魔法の使い手なら引く手あまただと思うが」
「……元々、僕たちは同じ村の出身なんです」
「同じ村の?」
「はい。といってもシシリーさん……あの魔女帽子を被っていた人は違うんですが」
「……」
「僕たちの住んでいた村から聖剣を抜いた者が現れたって大騒ぎになって、それがあの勇者様でした。それで、村長に命じられて僕も同行するようになって……」
つまり勇者イブールとマーズは幼なじみということだ。
それがあんな風に切り捨てられるとは。マーズも泣きたくなるだろう。
「はは……。これから僕、どうしたら良いんでしょうね。神様からもらったこのジョブ能力を少しでも人のためになるように使いたいって思ってたんですが……」
「……」
こんな理不尽な状況を作り出したあのクソ勇者に対して怒りが湧いてくるのを感じたが、今はマーズの今後の方が重要だ。
俺は一つ息を吐いて意気消沈しているマーズに語りかける。
「なあマーズ。もし君が良ければなんだが、信頼できる冒険者なら俺も何人か知っている。紹介してやれるがどうだ?」
「え……。い、良いんですか?」
「ああ。さっきも言った通り、君ほどの支援魔法の使い手なら逆にスカウトしたいと言い出す連中が大勢いるだろうよ」
俺がそう告げるとマーズは目を輝かせて大きく頷いた。
***
「こ、これは……!?」
「すっげえ! めちゃくちゃ体が軽いぜ!」
「これだけの人数を一斉に強化できるなんて、マーズさんアンタ何者なんだ!?」
数時間後、俺はかつてレイシャの一件で依頼人となった冒険者の連中を呼び出していた。
ジョブ能力を見たいと言い出したため、マーズが力を披露して今に至る。
「なあマーズさん。この支援魔法、どれくらい維持してられるんだ?」
「ええと……。起きている時ならずっとかけ続けることもできますが」
「は……? それじゃあ常時この支援魔法の効果を受けられるってことか……?」
「は、はい」
マーズのジョブ能力を体験した冒険者たちは皆ポカンと口を開けている。
「なあマーズさん。アンタ前にいたパーティーを追放されたって本当なのか?」
「残念ながら……」
「それはまたどうしてなんだい?」
「ええと……。もうお前は不要だから、と……」
「「「馬鹿なんじゃねえのか、ソイツ」」」
冒険者たちが言って、見事に同調する。
ともあれ、良い方向に進みそうだ。
「マーズさん、良かったですね」
「そっか。だからアデルはあの時、我慢しろって言ってたんだね」
「ああ。あそこで手出ししてあの勇者のパーティーに残るより、この方がマーズにとって良いかと思ってな」
「ふふ。アデル様、流石です」
冒険者連中から質問攻めにあっているマーズを遠巻きに見て、俺はメイアやテティと言葉を交わす。
そして――、
「じ、実戦でも試してみてぇな……」
「ああ……。マーズさんの支援魔法を受けて戦ってみたらどれだけの力が出せるのか、ぜひ味わってみたいもんだ」
「それなら、《セントールの森》でどうだ? あそこならここから近いし、出現するモンスターもそんなに強くねえ。どうかなマーズさん?」
「は、はい。僕は構いませんが……」
マーズが俺の方をちらりと見てくる。
まあ確かに冒険者たちの気持ちも分かるし、実戦で見てもらった方が良いだろう。
俺はマーズに頷き、皆で《セントールの森》へと向かうことにした。
◆◆◆
一方その頃、《セントールの森》にて。
「ハァ、ハァッ……」
「お、おい勇者よ、どうしちまったんだ? いつもならモンスターなんて一撃で倒しちまうってのに……」
「わ、分からねぇ。何かこの森おかしいぞ。聖剣の力が封じられているような感じだ」
「確かに、何だかオレも体が重いぜ。この森全体に何か特殊な魔術でもかけられてるのかもしれねえな」
否――。
勇者イブールたちがいる森にそのような魔術などかかってはいない。
モンスターたちと交戦するイブールたちが劣勢に立たされているのは、単純にマーズがいなくなったからである。
それだけ、マーズがイブールたちにかけていた支援魔法の効果は絶大だったのだ。
しかしイブールは、まさか自分が見限った人間にそこまでの力があったのだとは気付かない。
いや、それは気付きたくなかっただけなのかもしれないが。
「
――ザシュ。
後衛から飛来した炎の槍がモンスターを貫き、イブールたちは事なきを得る。
「た、助かったぜシシリーよ」
その言葉を受けて特に反応を示すでもなく、シシリーと呼ばれた魔法使いの少女は被った魔女帽子を手で整える。
「どうやら、シシリーの魔法には影響がねえみたいだな。よし、それならシシリーの魔法を主体に攻めるぞ」
そう言ってイブールたちは森の奥へと進む。
「やれやれ。愚鈍もここまで来るといっそ清々しくなるよ」
シシリーが呟いた言葉は、やはりイブールたちには届かなかった。
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