第57話 聖剣の力は誰によるもの?


「追放……。僕が、ですか?」

「その通りだマーズ。王様から報酬金も貰えなかったし、これ以上お前を抱えている余裕はないんよ」


 勇者イブールが酒を飲み干し、荷物持ちの少年マーズに告げた。

 その割には派手に飲み食いしているようだが。


「いいか、もう一度言ってやる。お前はもうこのパーティーに不要なんだよ!」

「……」


 俺はその光景を見ながら目を細める。


 ――不要、か……。


「とはいえ、お前とも長い付き合いだ。流石に何もなく追放するほど鬼じゃねえ」

「え……」

「ほらよ、これがお前の退職金だ。俺の気持ちだとでも思ってくれりゃあいい」


 ――コツン。


 イブールが何かを指で弾いた。

 それは一枚のシドニー銀貨で、マーズの額に当たった後はむなしく卓の上に転がる。


「ク、クハハハ――ッ!」


 一瞬の沈黙の後で響いたのは勇者イブールの不快な高笑いだった。


 勇者イブールの一団の顔ぶれは謁見の時と変わらない。

 つまりイブールにとってマーズは、少なくとも二年以上は一緒に旅をしてきた仲間のはずだ。


 その仲間を、イブールは罵倒の言葉とともに銀貨一枚で切り捨てるらしい。


 その場でぶん殴ってやりたくなったが、俺はあることに気付き思い留まる。


 ――そうか、あの少年は……。


「アデル――」


 手を出さなくて良いのかと、訴えかけるような目でテティが見上げてくる。

 テティとしてはイブールの言動に対する苛立ちよりも、マーズが不遇な立場に追いやられることの心配の方が強いのだろう。


「ああ、悪いが我慢してくれ」

「ん……。アデルに何か考えがあるならわたしも我慢する」


 テティの頭を撫でてメイアと視線を交わす。

 メイアは俺の考えに気付いたようで、何も言わずに微笑を浮かべて頷いてくれた。


「さすがだなぁ勇者よ。マーズなんかに銀貨をくれてやるとは」

「太っ腹だろ?」

「おいおい、コイツあまりのショックで立てねぇみたいだぜ」

「やれやれ。おい、他の店に行こうぜ。こんな陰気な奴とこれ以上一緒にいたら酒が不味くならぁ」

「……」


 イブールと戦士風の男は何が面白いのか、マーズを嘲笑いながら席を立つ。

 それに従って魔導師風の少女も立ち上がるが、彼女は沈黙したままだった。


 イブールがカウンターにいる俺の所までやってきて、数枚のシドニー銀貨をばらまく。


「それじゃマスター、ご馳走さん」

「……銀貨の枚数が多いようだが?」

「ああ、良いってことよ。客も入ってねえようだしな。聖剣に選ばれた勇者イブールが立ち寄った酒場って言えば、これから客ももうちょっと増えると思うぜ」


 イブールは背に挿した聖剣を誇示するかのように見せつけた後、ニヤリと笑みを浮かべる。

 他人を見下さないと生きていけないのか、コイツは。


「ああ、そうだ――」


 酒場を出ていこうとしたイブールが何かを思い出したように尋ねてくる。


「マスター、《黒衣の執行人》って奴を知らねぇか? ソイツのおかげで今回は報酬を貰いそこねちまってな」

「…………さてね」

「そうかい。もし居場所を知ってたら一発ヤキを入れてやろうと思ったのによ」


 イブールは鼻で笑った後、ひらひらと手を振りながら酒場を出ていった。


 それに戦士風の男と魔導師風の少女が続く。

 と、魔導師風の少女が卓に残っていたマーズの方に向けて声をかけた。


「じゃあねマーズ。色々と楽しいものが見れたよ」


「……?」


 それは彼女なりの別れの言葉だったのだろうか。

 大きめの魔女帽子の奥で僅かに笑ったように見えたが、イブールの浮かべていた笑みとは違う気がした。


 そうしてマーズを取り残して勇者の一団が出ていくと、酒場の中は静かになった。


 ――さて、と。


 俺は卓に残ってうなだれているマーズに歩み寄る。


「君、ちょっと良いか?」

「あ…………。す、すいません」


 マーズは俺が酒場から出て行けとでも言うと思ったのか、ビクリと反応する。


「これ、喰うか? 旨いぞ」

「え……。林檎、ですか?」

「ああ。気落ちしている時に喰うと元気になれる」

「あ、ありがとうございます」


 マーズは俺が差し出した林檎を受け取ると、おずおずといった感じで口を付ける。

 メイアがそれを見て微笑んでいるのが目に入った。


「あれ、おかしいな……。あれ……?」


 林檎をかじっていたマーズの目から涙がこぼれる。

 それがどういう感情によるものかは何となく分かる気がして、俺はマーズの肩にそっと手を乗せた。


「すいません……。僕……」

「別にいいさ。他に客もいないしな」

「あ、はは。マスターさんがそれを言うんですね」


 俺の言葉に少しだけマーズは笑って言った。



 そうして少し時間が経ってから。

 林檎を食べ終えたマーズに向けて俺は口を開く。


「マーズ、君に少し聞きたいことがある」

「……? 何でしょうか?」


「さっきのクソ勇者が持っていた聖剣。あれに力を与えていたのはマーズ、君だろう?」

「――ぁ」


 俺の言葉にマーズは僅かに声を漏らし、目を見開いていた。


   ◆◆◆


 一方その頃。


「しっかし、マーズを追い出したらせいせいするかと思ったが、何か物足りねえなあ」


 アデルの酒場――《銀の林檎亭》を後にした勇者イブールは不満げに地面を蹴っていた。


「勇者よ。それならこの王都の近くにモンスターが出る森があるって言うぜ。そこのモンスターでも倒して冒険者協会に報告すればいくらか金になるんじゃねえかな?」

「お、それ良いな。ストレス発散にもなるだろうし。明日は久々にモンスター狩りといくか!」

「よし、そうしようぜ。お前の聖剣があればどんなモンスターでも楽勝だ!」


 そんなやり取りを聞きながら、後ろを歩いていた魔導師風の少女が二人に聞こえないくらいの声量で呟く。


「まったく……。その聖剣が誰の力によるものだったのか知りもしないで、呑気だこと。まあ、馬鹿どもにはそれがお似合いかもね――」


 魔女帽子の奥で少女の口の端が上がり、他の二人がそれに気付くことは無かった。

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