第56話 勇者パーティーの追放者


「いらっしゃいませ」


 看板を出すため入口付近にいたメイアから声が聞こえてきた。

 どうやら本日、一組目の客が来たらしい。


「ハハハッ! 貸切状態とはツイてるなぁ」


 俺が目を向けると、先頭にいた男の口からそんな言葉が吐かれる。

 それが俺たちの酒場に対する皮肉であることは明らかだった。


 俺の近くにいたテティも、頭から生えた耳をピンと尖らせていてどこか不満げな様子だ。


 そして俺はヅカヅカと店内に入ってきた男を見て、ふと思い出す。


 ――コイツは、確か……。


 利発そうな外見とは裏腹の、横柄おうへいな態度。


 そう。

 それは二年間に俺が王宮にいた頃に父王シャルルと謁見していた勇者、イブール・レイナスの姿だった。


「……」


 ――まあ、客として来てるわけだし普通に応対するか。


 俺はテティの頭にポンと手を置いてから勇者イブールの一団の方へと歩み寄る。


「すいませんね。まだ開店直後なもんで」

「おう、アンタが酒場のマスターか? すぐに酒を出してくれ。ムカつくことがあってよぉ」


 どうやら向こうは俺のことに気付いていないらしい。

 まあ、謁見の時は隅にいただけだし当然か。


「それにしてもこの酒場、花だらけじゃねえか。センスねえなぁ」


 イブールが案内された卓に向かう途中で呟く。

 それを聞いたメイアは何とかこらえたらしい。……笑顔の上に青筋を立ててはいたが。


「あ、あの、お邪魔します」

「ん? ああ」


 大荷物を抱えながら歩いていた少年がペコリとお辞儀をしてきた。

 確か謁見の時に罵られていた少年だ。


「おいマーズ、とっとと来やがれ!」

「は、はい」


 イブールに急かされ、マーズと呼ばれた少年が慌てて卓の方へと向かっていった。

 俺はその少年の動きを目で追って、案内を終えて戻ってきたメイアと視線を交わす。


「アデル様」

「ああ。あの所作、かなりの実力の持ち主らしい」

「そうですね。どうやら仲間内では立場が低いようですが」


 遅れて卓に入ったマーズがイブールに小突かれているのを見ながら、俺はメイアとそんなやり取りをした。


 荷物持ちをさせられているようだが、マーズは勇者なんかよりも相当な手練のように感じる。


「気にはなるが、まずは普通に接客してくれ」

「分かりました、アデル様」

「うん、分かった」


 俺の言葉にメイアとテティが頷く。



 それから勇者イブールが酒を飲み始め、しばらく経ってからのことだった。


「しっかしよぉ! 王様から報酬を貰えるはずだったのに、完全にアテが外れたぜ!」


 イブールが酒器を卓の上に叩きつけ、苛立たしげに叫ぶ。


 話を聞く感じでは、俺の父シャルルに命じられて各国を回ったというのに、戻ってきたら王家が解体されていたと。

 それによって受け取れると思っていた金を得ることができず、イブールは不満を爆発させているらしい。


「お前が戦力になりゃあもっと早く戻って来れたってのによ。報酬がもらえなかったのはお前のせいだぞ、マーズ!」

「す、すいません……」


 どうやらイブールの不満の矛先はマーズという少年に向かったらしい。


 同卓していた他の仲間たちはイブールを諫めず、マーズを庇うこともしない。

 戦士風の男はケラケラと笑いながらイブールに賛同し、魔導師風の少女はただ黙々と目の前にある食事に手を付けていた。


「ったく。俺はこの聖剣に認められた勇者だぞ。その俺が動いてやったんだから、それに見合う対価を寄越しやがれってんだ」

「……」


 言って、イブールは背に挿していた剣を抜いてしげしげと眺めていた。


 ――あれが勇者の持つとされている聖剣か。


 イブールが持っている剣は、刀身に神々しいまでの光を纏っていた。

 確かに普通の剣とは違う力を持っているように感じられるが……。


「……」


 誇らしげに聖剣を掲げているイブールの傍らで黙しているマーズの方が、俺には気にかかった。


「そういえばよぅ、イブール。前々からお前が話していたアレ。そろそろ良いんじゃねえか?」

「……そうだな。新しいメンバーにも目処がついたし、もう良いかもなぁ」

「……?」


 戦士風の男が言って、イブールは何かを思い出したかのように不快な笑みを浮かべる。

 その隣に座っていたマーズは、二人のやり取りの意味が分からない様子で困惑していた。


「よぉマーズ。お前に伝えなきゃならないことがあるんだがよ」


 イブールはマーズの方を向いて前置きをする。

 そして――、


「お前は追放だ。このパーティーから出ていきやがれっ!!」


 イブールは実に偉そうな口調でのたまったのだった。




================


【後書き】


勇者さん、アデルの前でそれはいけない……。


実は勇者の聖剣については第2話で依頼人のリリーナがほんの少しだけ触れてたりします。

覚えてらっしゃる読者様がいたら凄いです(^_^;)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る