第2部1章 新たな執行依頼
第55話 新たな客
【前書き】
第2部、開始です!
このエピソードは前回の食事会の数日前のお話です。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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「ところで、知ってますかアデルさん。各国を回っていた『勇者』が帰ってくるらしいッスよ」
王都を黒い霧が襲った事件から数日が経ったある日。
いつものごとく飯を食べに来ていた情報屋のフランがそんな言葉を口にした。
フランは俺が経営している酒場――《銀の林檎亭》のカウンターにいつも通り行儀悪く腰掛けていて、俺と一緒に林檎を
目を向けた先では侍女のメイアと獣人のテティが酒場の開店準備をしてくれているところだった。
「あの勇者が、ねぇ」
「アデルさんはまだ王家にいた頃、会ったことあるんでしたっけ? その勇者と」
「ああ。王家を追放される前に一度だけな。正直、俺の嫌いなタイプだったが」
この世界に生きる者が神から授かるとされているジョブ能力。
二年前、俺は【執行人】という使い道の無いジョブ能力を授かった裏切り者と罵られ、父王シャルルに王家からの追放を命じられた。
その後、メイアと出会って復讐代行屋を始めるようになり、依頼を受ける中でテティやフランを始めとしてたくさんの人物と関わってきた。
俺が勇者と会ったことがあるのは、それらの出来事よりもずっと前。
まだ俺が王宮にいた頃、勇者が俺の父シャルルに謁見した時のことだ。
三人の仲間を引き連れていて、勇者が世界各地のモンスターを討伐すると豪語していたのを覚えている。
その去り際に勇者が一人の仲間に放った言葉。
――とっとと歩け、このウスノロ野郎。お前を王様との謁見に連れてきてやっただけでもありがたいと思えよ。
と、そんな仲間を軽んじる発言をしていて、俺は勇者に対して良い印象を持たなかった。
自分の権力や立場関係を振りかざして仲間を見下すのは、ロクな奴じゃない。
「へえ。そりゃ確かにアデルさん嫌いそうッスね。フランもそういう人を見下すタイプは苦手ッスけど」
俺が勇者に出会った時のことを伝えると、フランは納得したように頷いていた。
勇者とは、父シャルルが特に優れた実力を持つと認めた冒険者に与える肩書きだった。
今にして思えば、シャルルは勇者に各国を回らせ、《人類総支配化計画》のための情報を収集しようとしていたのではないかと思う。
「アデル様。準備、できました!」
酒場の開店準備を終えたらしいメイアが、横にひとまとめにした銀髪を揺らしながら近づいてきた。
メイアは給仕服に身を包んでいて、いかにも「酒場の看板娘」といった外見だが、実はこれで暗殺者一族の生まれである。
人を殺すことを固く拒み暗殺者一族を抜けてからというもの、メイアは俺と一緒に酒場を営みながらもう一つの仕事である《復讐代行屋》についても手伝ってくれていた。
「テーブルもお花の飾り付けも、バッチリ」
メイアの横では、テティが獣人族特有の尻尾を楽しげに振っていた。
かつて獣人族が王家の陰謀に利用されそうになった一件の後、テティは助けてくれた恩返しがしたいと言ってこの《銀の林檎亭》で働いてくれている。
「サンキュな、メイア、テティ。……と、そろそろ酒場も開店時間だな」
「はい。私、看板出してきますね」
俺がメイア、テティの二人を出迎えて、フランがぴょんとカウンターの上から降りる。
「さて、と。それじゃフランはそろそろ失礼するッス」
「ああ。また何か情報があったら頼む」
「りょーかいッス。王家が解体されてから反発する貴族の連中も動き出してる連中がいるみたいッスからね。そっちの方も調べておきますよ」
俺が礼を言うと、フランはひらひらと手を振って酒場を出ていった。
さて、今日は酒場に――そしてもう一つの仕事である《復讐代行屋》にはどんな客が来るだろうか。
◆◆◆
フランが酒場を出てすぐ。
「ったく、どうなってんだこの国はよぉ!」
フランがアデルたちの酒場で食べた食事の余韻に浸りながらお腹を擦っていると、そんな品の無い不満を口にしながら冒険者の一団が歩いてくるところだった。
数は四人。
一番後ろには大荷物を抱えた少年、その前に魔女帽子を被った魔法使いらしき少女と、無骨な鎧を纏った戦士らしき男。
そして先頭には、きらびやかな武具を誇示するかのように大股で歩く男が一人。
「こっちは世界を回って旅してきたってのに、これじゃあ報酬の金ももらえねぇじゃねえか!」
先頭の男が吠える。
苦手なタイプだなと、フランは思った。
「しかしなぁ。王家が事件を起こして、王様もいなくなっちまったんじゃどうしようもねえなぁ……」
「街の人が言うには、《黒衣の執行人》という人物が王家の陰謀を阻止したらしいけど」
「……」
続いたのは戦士の男と魔法使いの少女だ。
最後尾で大荷物を担ぎながら息を切らしている少年はただ黙って歩いている。
「チッ。それじゃあ、その黒衣の執行人とかいう奴のせいだな。俺たちの報酬が貰えなくなったのは」
先頭の男が苛立たしげに道端の小石を蹴飛ばす。
「ああ、畜生。とりあえず気晴らしに酒場でも行こうぜ、酒場。――おい、嬢ちゃん。この近くに酒が飲めるところねえか?」
言って、先頭の男がフランに声をかけてきた。
フランは面倒くさいと思いながらも、近くにある酒場――《銀の林檎亭》を指差す。
「そこが酒場ッスよ」
「おお、サンキュな。ん? 嬢ちゃん中々可愛らしい顔してんじゃねえか。どうだい? 俺たちと一杯やるってのはよ」
「…………遠慮しとくッス」
「そうかい? そりゃ残念だなぁ。まあ良いや、早いところ酒でも飲んで憂さ晴らしするか」
幸いにも男はそれ以上絡むこと無く、興味を酒場の方へと向けてくれたようだ。
フランは男たちに気付かれないよう小さく嘆息する。
「おいマーズ! テメェ、何ちんたら歩いてやがんだ! さっさと行くぞ!」
男が一番後ろで大荷物を抱えている少年にかけた言葉には、仲間にかけるそれとは思えないほど侮蔑の感情が込められていた。
「は、はい……。すいません、すぐに行きます――
その一団の中で唯一、少年だけがフランに向けてお辞儀をする。
そして、すぐに罵倒を浴びせられた男の元へと駆け出していった。
「……ご愁傷さまッス」
フランが呟いたその言葉は少年に向けてではなく、《銀の林檎亭》に入っていく勇者と呼ばれた男に対するものだった。
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