第54話 一つの終わりと一つの始まり


「アデル様、……アデル様。起きて下さい」

「ん……」


 酒場――《銀の林檎亭》にて。


 まどろみの中にいた俺は、メイアに揺すられて現実へと引き戻された。


「アデル、おはよう」

「ああ。おはよう、テティ」


 尻尾を振りながら声をかけてきたテティの頭を撫でて、俺は大きく伸びをした。

 昨日も「仕事」があったためか、つい眠ってしまっていたらしい。


 ――王宮での戦いから数日。


 王都を襲った黒い霧も晴れ渡り、俺たちは日常を取り戻していた。


 マルクを倒した後すぐに発生源を破壊できたことで、幸い王都民にも被害はなかった。

 街を襲っていたモンスターの群れもリリーナやレイシャ、フラン、冒険者たちの活躍で撃退に成功。


 あれだけの騒動になったにも関わらず死者はゼロだった。


 今日はこの後、俺の経営する《銀の林檎亭》にゆかりある人たちを招いて食事会を行うことになっていた。


 それは、メイアが「みんなを呼びましょう! 賑やかな方が絶対に楽しいですし!」と言ったことがきっかけだったが。


 ――まあ、あれから何かとドタバタしていたし、たまには良いかもな。


 俺はそんなことを考えながら、眠気覚ましにと林檎をかじる。


「こんにちはーッス!」


 初めにやってきたのは情報屋のフランだった。


「フランちゃん、いらっしゃいませ」

「い、いらっしゃいませ」

「こんにちはメイアさん。それにテティも」


 言って、フランはテティの頭をわしゃわしゃ撫で回している。


「アデルさん、お久しぶりッス」

「別に久しぶりじゃないだろ。しょっちゅうウチに来るくせに」

「やだなぁ。そこはご愛嬌ってやつッスよ」


 フランは今でもふらりと《銀の林檎亭》へと現れて飯だけ食っていくので、正直あまり珍しさは無い。


 王都での事件があった後、フランは「やっと王家調査の激務から解放されたッスからね」と皮肉を言っていたものだが、食事券を何枚か渡したら嬉しそうにそれを受け取っていた。



「こんにちは! 今日もお花持ってきましたよ」


 次にやってきたのは花屋のマリーだった。

 こちらも珍しくない。


 週に一度は花を持ってきては花を置いていってくれている。


 気持ちはありがたいのだが、いよいよ酒場の中は花だらけになっていた。

 そろそろ本気で花屋との兼業を考えなければいけないかもしれない。


「なあマリー。花を届けてくれるのはありがたいが、そろそろ一杯でな。もう十分に依頼の報酬は受け取ったと思うんだが」

「え……? でもメイアさんはまだまだ欲しいって言ってましたよ?」


 そう返されてメイアの方を見やるが、当のメイアはそれに気付かないフリをして「テーブルを拭かないと」と言って逃げていった。


「はは……。でも、別に負担じゃありませんから。……むしろ私もこうして酒場に来れるのは嬉しいというか」

「まあ、ほどほどに、な……」



「こんにちは。お邪魔するわ」

「ああ、レイシャか。子供たちも、よく来たな」


 ラヌール村からやって来たのはレイシャだ。

 孤児院の子供たちもいて、一気に酒場の中が賑やかになる。


「どうだ? 孤児院の設立は上手くいきそうか?」

「ええ。大変なことも多いけどね。でも、これもあなたのおかげよ。本当にありがとう」


 レイシャはラヌール村で新しい孤児院を設立することを決めていた。

 トニト村長を始めとして村人たちも協力してくれているらしい。


 レイシャは「場所は変わっても、王子様に救ってもらったことは無駄に出来ないからね」と、そんなことを言っていた。



「こんにちは。アデルさん、皆さん」


 そう言ってやって来たのはリリーナとその弟、妹たちだった。


 リリーナは今でも精力的に活動していて、ラヌール村の領主だけでなく他の村々の管理も兼任するようになったらしい。

 テイム能力を活かし、行商も活発になっているのだとか。


「やっと弟と妹たちを連れてくることができました、アデルさん。誘っていただいてありがとうございます」

「ああ、そうだったな」


 リリーナから依頼を受けた去り際に「落ち着いたら、弟や妹を連れて酒場に飯でも食いに来てくれ」と言ったことを思い出す。

 そんなに昔のことでもないが、酷く懐かしい感じがした。


   ***


「それじゃあ、乾杯ッス!」


 フランが元気に音頭を取って、皆で食事を摘んでいく。


 酒場にはあの後、王都の防衛戦で協力してくれた冒険者たちも押しかけ、大賑わいを見せていた。


 しばらく経って、フランがいつものように行儀悪くカウンターに腰掛け、話しかけてきた。


「いやぁ、この酒場にここまで人が来てるのは初めて見たッス」

「おい、メイア。もうフランに食事、出さなくて良いぞ」

「だぁー! 冗談、冗談ッスよ、アデルさん!」


 そんなやり取りをする俺たちを見て、メイアが微笑んでいる。


「で、どうだ? 反発している貴族は洗い出せそうか?」

「ふふん。フランは腕利きの情報屋ッスよ。こんなのいつぞやの王家の調査に比べれば朝飯前ッス」


 フランはそう言って、貴族の名前が載った羊皮紙を手渡してきた。



 王宮での一件以降、変わったこともあった。


 あの一件が王家の仕業だと発覚し、民衆が蜂起したのだ

 まあ、それは俺からフラン伝いに根回しをしていたわけだが。


 それにより残った権力者である兄上たちも責任の一端があると投獄され、ヴァンダール王家は解体されることとなった。

 そして今、この国は共和国として生まれ変わろうとしている。


「それにしても、あれで良かったんッスかねぇ。フランはアデルさんが名乗り出て王様になるのもアリだと思ったんッスが」

「俺は今さら王族に戻ろうとは思わないよ。今の感じの方が性に合ってるしな」

「へぇ。それはメイアさんも喜ぶッスねぇ」

「メイアが……? 何で?」

「いや、もういいッス」


 フランはそう言って話を打ち切ると皆のいるテーブルの方へと駆けていった。


 国の体制が変わったこともあり、問題は山積みだった。


 王家と癒着のあった貴族、恩恵を受けていた貴族は反対の声を上げたし、今もまだ裏で暗躍しようと目論む者もいるようだ。


 だからこそ俺の《復讐代行》の仕事に関する依頼人が完全に無くなることは無かった。

 それに、今もまだ他人の振りまく理不尽に苦しめられている者は大勢いた。


 いつの世も理不尽は尽きないと、そういうことなのかもしれない。


 そうして感慨にふけっていると、メイアとテティがやって来る。


「アデル様。改めてですが、本当にお疲れ様でした」

「二人も、サンキュな。あの一件が無事に解決できたのも二人がいてくれたおかげだよ」

「ふふ。アデルにそう言ってもらえると嬉しい」


 そうして談笑していると、テティが不意に真剣な表情で口を開く。


「あのさ。わたしとメイアはアデルに伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいこと?」

「わたしはまだまだアデルと一緒にいたい。恩が返しきれていないってだけじゃなくて、わたしがそうしたいんだ」


 そう言って、テティは真っ直ぐな目で見上げてくる。


「私も同じです。以前の約束は今も変わりません。私はずっとアデル様についていきます」


 メイアが銀髪を揺らし、再確認するかのように告げてきた。


 思えば、メイアと出会ってから色々とあったものだ。

 俺は昔のことに想いを馳せ、そして今いる二人に向けて伝える。


「ああ。俺の方こそ、これからもよろしく」


 少し気恥ずかしい感じがして、俺は傍においてあった籠から林檎を取り出し口にする。


 それを見て二人が笑っていると、酒場の扉が開かれた。


「あの、すいません。《銀の林檎亭》というのはこちらですか……?」


 そこに立っていたのはフードを被る女性だった。

 メイアが駆け寄り、応対する。


「ああ、すいません。今日は貸し切りで――」

「私、隣国ルーンガイアの王女、クレス・ルーンガイアと申します。黒衣の執行人様に依頼したいことがあって来ました」


 その人物が小声でメイアに告げる言葉が聞こえた。


 どうやら、黒衣の執行人の仕事もまた忙しくなりそうだ。


 ――さて、次はどんなクソ野郎が相手かな。


 俺は残った林檎を口の中に放り込み、新たな依頼者の元へと向かった――。


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