第53話 執行、マルク・リシャール
「シャルルを、喰った……?」
黒い瘴気に包みこまれたかと思うと、シャルルは断片すら残さずに消えていた。
マルクのその行為は、さながら動物の捕食のようだった。
「あ、アデル様……」
「何、あれ……。仲間を取り込んだっていうの……?」
俺は半ば反射的にメイアとテティの前へと立ちはだかる。
「彼は《人類総支配化計画》について、『何を支配するか』ばかり考えていたようだね。『誰が支配するか』の部分が自分だと信じて疑っていなかったらしい」
マルクはシャルルがいた場所を見ながら呟いた。
「じゃあ、お前にとって《人類総支配化計画》とは誰が支配する計画なんだ?」
「君も薄々気付いてるんだろう? アデル・ヴァンダール。――僕は魔人だ。千年前、人間たちとの戦争で敗れた、ね」
「やはりそうか……。ならこれは魔人族としての復讐か?」
「復讐、か……。そうかもしれないね」
マルクは俺の言葉に少しだけ目を伏せて言った。
「僕の目的は魔人族の世界を復活させることだ。皆殺し程度じゃ生ぬるい。全ての人間を僕たち魔族が支配し蹂躙する。そう考えた時に《ソーマの雫》は最適な道具だった」
「……」
「おかしいかい? 他者よりも自分が優位な立場にいたいというのは、生物としての本能だと思うけどね。そこだけに限って言えばシャルルの考えを否定するつもりは無いよ。……あくまで僕はだけどね」
マルクは告げると、ニヤリと笑った。
これが奴の考え方ということなのだろう。
別に是非を論ずるつもりはない。
――ただ、譲れないものは俺にもある。
俺の視線を受け、マルクは淡々と語りだす。
「暗殺者ラルゴ・ブライト、聖騎士ゲイル・バートリー、商会長ワイズ・ローエンタール、領主ダーナ・テンペラー、大司教クラウス・エルゲンハイム、魔人マリアーヌ・レンツェル、暗殺者ヴァン・ブライト、そして国王シャルル・ヴァンダール――」
「……?」
「本当に見事だった。君が僕の駒をことごとく潰してくれたおかげで計画を起こすのにもここまで時間がかかってしまった」
「……別にお前の手先だと思って執行してきたわけじゃないけどな。単に俺の嫌いな、理不尽で他人を踏みつけるような連中だっただけだ」
「君にとってはそうだったかもしれないね。まったく、黒衣の執行人とはまさに僕の天敵だったわけだ。……でも、終わりよければ全て良しとしよう」
マルクはそう言って、両手を広げる。
それに呼応するかのように黒い瘴気が満ちて、マルクの体を覆っていった。
「さあ、勝負といこうか! アデル・ヴァンダール!」
俺はマルクに視線を向けたままで後ろにいる二人に語りかける。
「メイア、テティ。アイツは俺が相手する。二人はその隙に杯を――」
「……分かりましたアデル様。ご武運を」
王都民を襲う黒い霧の発生源――《ハイジアの杯》の破壊。
俺はそれをメイアとテティに任せ、俺はマルクに対しジョブ能力を使用する。
====================
対象:マルク・リシャール
執行係数:41,992,008ポイント
====================
――落ち着いて奴を捉えろ。ジョブ能力を刈り取ればそれで決着だ。
俺はイガリマを握り、マルクに照準を合わせる。
「それじゃあ行くよっ!」
マルクがこちらに向けて疾駆する。
疾い――。
これまで見てきたどんな相手よりも手強いということが、その動きだけでわかった。
黒い瘴気を纏ったマルクの腕が俺の黒衣をかすめる。
「……っ」
見ると、マルクの攻撃が触れたその箇所が溶け落ちていた。
――これは……。
「よく避けたね。じゃあこれはどうかな……!?」
今度は黒い瘴気を複数の矢に変形させてこちらに放ってきた。
「――っ」
俺はそれを回転しながら躱し、すぐにマルクの方へと向き直る。
「素晴らしいね。本当に強敵だ」
マルクの言葉には取り合わず、瞬時に執行係数を消費して攻勢に出る。
「風神剣――!」
風の斬撃が全方位からマルクを襲う。
「――っ」
マルクが跳躍してそれを躱した時、勝機が見えた。
石柱を足場にして俺もマルクがいる宙へと駆け上がる。
「《刈り取れ、イガリマ》――!」
――ギシュッ。
鈍い音が響き渡り、イガリマがマルクを捉える。
――よし、これで……。
着地し、マルクを振り返るが、そこから飛来したのは炎の矢だった。
「なっ――」
「アデル様っ!」
間一髪で回避し、再び俺はマルクに相対する。
「まったく嫌になるよねぇ。完全に虚をついた攻撃だったのに。どれだけ強いんだよ、君は」
「メイア、テティ! 《ハイジアの杯》は!?」
「駄目ですアデル様! 魔法陣の中に何か結界のようなものが……!」
「フフ。王宮の外に張っていた結界とは一味違うよ。《ハイジアの杯》を破壊する方法はただ一つ。結界の術者である僕を倒すことだ」
マルクが言って、口の端を上げた。
――何故だ……? ジョブ能力は確かにイガリマで刈り取ったはず……。
俺は思案し、何故ジョブ能力を刈り取ったはずのマルクが別の能力を使用できたのかを考える。
そして思い当たった。
「その顔は気付いたようだね。――そう、僕が持っているジョブ能力は
「…………喰った相手の能力を奪い取れるのか」
「ご名答。もっとも、クラウス大司教やシャルルのように、既にジョブ能力を失った場合は別だけどね」
「それは脅威だな」
「いや、君みたいに器用じゃないさ。相手を生かしたまま能力だけを切り取るなんて芸当、僕にはできないさ」
「……」
「それでも、僕が持つ複数のジョブ能力で君に勝ってみせる」
複数のジョブ能力か……。
今までのようにイガリマでジョブ能力を刈り取るだけではマルクに勝利することはできないということだ。
「さあ。次、行くよ」
マルクが手を掲げると、淡い紫色の光が走る。
――ガァアアアアアアアアッ!!
そこに現れたのは黒いドラゴンの群れだった。
ドラゴンは玉座の間の石柱を破壊しながら俺を取り囲む。
「【魔獣召喚】は君も得意としているジョブ能力だったね。SS級モンスターのブラックドラゴンが5体だ。さすがの君もこれを相手にしながら僕と戦うのは無理があるだろう?」
確かにマルクとブラックドラゴンの群れ、両方を相手にしながら戦うのは厳しい。
しかし、マルクを撃破しなければ杯を壊すことができない。
と、俺の傍にメイアとテティがやって来る。
「アデル様、モンスターの方はお任せ下さい!」
「わたしも戦う! わたしはアデルの力になるって決めたんだ!」
二人の決死の叫び。
俺は二人に背を向け、言葉だけを返す。
「……分かった。だが無理はするな。絶対に生きて《銀の林檎亭》に帰るぞ」
「はい!」「うん!」
メイアとテティの想いを受け、俺は一つの戦略を決める。
――ジョブ能力を刈り取ることでマルクに勝つことはできない。なら……。
「マルク。次で決着を付ける」
「何か思いついたようだね。なら、試してみると良い。――凍れっ!」
言うが早いか、マルクが今度は氷結魔法を放ってきた。
地面を這うようにして氷の刃が接近し、俺はドラゴンが砕いた石柱へと飛び乗る。
「まだまだっ!」
今度は炎の矢――。
イガリマで迎撃し防ぐ。
「攻撃する間は与えないよ! その前に君を殺して、僕が勝つ――ッ!」
マルクの猛攻を凌ぎながら、俺は攻撃に転じられる隙を窺う。
そして、マルクの魔法の連射が僅かに途切れたその刹那。
俺はイガリマに命じて、マルクめがけて
「《斬り裂け、イガリマ》――」
「なっ――!?」
大鎌を投げるとは思っていなかったのだろう。
マルクは魔法の使用を中断し、回避体勢に移ろうとする。
俺が待っていたのはその瞬間だった――。
俺は瞬時に2つのジョブ能力使用を念じる。
==============================
累計執行係数:21,302,647ポイント
執行係数1,000,000ポイントを消費し、白銀の剣聖の能力【因果掌握】を実行しますか?
執行係数30,000ポイントを消費し、【
==============================
――承諾。
「くそっ――!」
マルクが回避行動を取る。
――――視えた。
俺は【因果掌握】により、マルクが移動するその先の地点を目で捉えた。
そして、その箇所めがけて【
「これは――、鎖!?」
中空から放たれたその黄金色の
「終わりだ、マルク――」
「う……」
==============================
累計執行係数:20,272,647ポイント
執行係数120,000ポイントを消費し、【
==============================
承諾――。
「確かにジョブ能力が複数あるのは厄介だ。しかし、お前自身を封じたら?」
「……」
亀裂が走り、黒く塗りつぶされたような空間が生じた。
その黒い空間はマルクを飲み込もうと展開していく。
「【
マルクが体から力を抜くのが分かった。
観念したのだろう。
「君の勝ちだ、アデル・ヴァンダール」
「ああ。お前の計画もこれで終わりだな」
「…………いや、僕は諦めないよ」
「……」
「いつかきっと亜空間からも抜け出す術を見つけて、君にリベンジするよ。その時まで、また、ね」
最後のマルクの顔は意外にも、笑顔だった。
そして――、
――パシュッ。
亜空間に飲み込まれ、マルクは消えていった。
***
「やりましたね、アデル様」
「ああ」
マルクが消えた後、マルクの召喚したドラゴンも消失していた。
そしてそれは、《ハイジアの
俺たちは杯をすぐに破壊し、黒い霧を停止させることに成功した。
「これで終わりだな」
俺の言葉にメイアとテティが頷いて、俺たちは健闘を称え合う。
「さあ、街の方へもどろう。皆と合流しないとな」
そして俺たちは激闘が行われた玉座の間を後にしようとする。
「……最後まで、摑みどころの無い奴め」
俺はマルクが消え去った空間を振り返り、それだけ呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます