第52話 愚王の執行
「あれから二年か。よくも余たちの邪魔をしてくれたな、アデル」
ヴァンダール王宮、玉座の間――。
シャルルが傲慢な態度で語りかけてきた。
陽が落ちて、規則正しく並べられた石柱が長い影を落としている。
そこには広大な魔法陣が敷かれ、近くにはマルク・リシャールの姿もあった。
――今度は分身じゃないな……。
俺は不敵に笑うマルクから魔法陣の方へと視線を移す。
描かれた魔法陣は、その上に置かれた金色の杯を怪しげな光で包んでいた。
――あれは……、ヴァンダール王家の家宝、《ハイジアの
注いだものの性質を高める効果があると言われている
それは、俺が盗み出したとシャルルにデマを流されたことのある家宝だった。
「その家宝は誰かに盗まれたんじゃなかったか?」
「さて、何のことかな」
俺の皮肉に動じる様子もなく、シャルルは不遜な態度で返す。
「その杯で黒い霧を発生させているということか」
「ククク、そういうことだ。あと少し……。あと少しで余の目的は果たされる。」
《ハイジアの杯》の周囲には黒い霧が立ち込めている。
あれで黒い霧を発生させ、魔法か何かの方法で街の方へと広めているのだろう。
「まずは手始めにこの国だ。そうなればこの国の住人は全て物言わぬ兵器となる。それを扱い近隣諸国に戦争を仕掛け領土を広げていく」
「…………」
「そうしていつか、世界は余の前にひれ伏すのだ。どうだ? 完璧な計画であろう?」
「民の意思はどうなる」
「民の意思? そんなものを気にして何になる? どうせ《ソーマの雫》が完全に行き渡れば全て無くなるのだ」
「…………屑が。その杯は絶対に破壊させてもらう」
「させると思うか? 何のために余がここにいると思っている」
言って、シャルルは剣を抜いた。
もう言葉を交わす意味は無い。
「マルクよ、手を出すでないぞ。貴様に二度も借りをつくるのは余の沽券に関わるからな」
「はいはい、分かったよ王様。存分に決着を付けると良いさ」
負けることなど微塵も考えていない様子でシャルルは笑みを浮かべている。
――こいつだけは絶対に許さん。
「アデル様……」「アデル……」
「大丈夫だ。必ず勝つ。二人はできるようなら隙を見てあの杯を破壊してくれ。ただ、マルクもいるから無理はするな」
メイアとテティが頷くのを見て、俺はシャルルに対しジョブ能力を使用する。
二年前、この王宮を追放され、俺の人生を大きく変えることになった【執行人】のジョブ能力を――。
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対象:シャルル・ヴァンダール
執行係数:20,195,286ポイント
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青い文字列。
そこに表示された執行係数は二年前のその時より遥かに高い数値だった。
――《魔鎌イガリマ》、顕現しろ。
念じ、漆黒の大鎌を手にすると、かつてない力が流れ込んでくるのを感じた。
「なるほど確かに中々の力だ。しかし、余の前には無意味というもの。忘れたわけではあるまい? 余が持つ地上最強のジョブ【白銀の剣聖】の能力を」
「……」
――それはどうかねぇ。
マルクが小さく呟いた気がしたが、今はシャルルとの戦闘に集中する。
さっきのやり取りが俺たちを惑わすための嘘である可能性も考慮しつつ、俺はイガリマを構えた。
「ゆくぞ、アデルよ! 余の剣を味わうが良い!」
シャルルは真っ直ぐに俺めがけて駆けてくる。
兄上たちとは明らかに違う動きだった。
現代で最上位と謳われるジョブを持つと豪語するだけはある。
動きそのものは捉えられないわけではない。
が、シャルルの持つジョブ能力には厄介な点もある。
「喰らえ、アデルっ!」
シャルルの振り下ろした剣が空を斬り、大理石の床を
俺は回避行動からすぐさまイガリマを横薙ぎに払おうとするが、シャルルは俺が攻撃行動を開始する前に後退し距離を取っていた。
「ククク、無駄だアデルよ。貴様の行動は余のジョブ能力によって
――やはりそうなるか。
シャルルの持つ【白銀の剣聖】は筋力や俊敏性など基礎的な身体能力の向上の他に、大きな特徴がある。
それは、使用者の五感を極限まで研ぎ澄ます効果だ。
まだ王宮にいた頃、俺はシャルルから聞いたことがある。
対象の動きが「視える」のだと。
それはよく見えるという程度のものではない。
相手の予備動作から、未来の動きを予測できるまでの境地に達するのだと言う。
「貴様の能力、聞いているぞ。命中させた相手のジョブ能力を奪い取ることができるそうだな。ふざけた能力だが、当たらなければ恐れることはない」
「……」
「攻撃を当てることが出来なければ貴様は勝てんのだ、アデル!」
シャルルの勝ち誇った声が響く。
今の攻防を見て、自分の負けは無いと感じたのだろう。
――しかし、シャルルは大きく履き違えている。
「吠えるなシャルル。戦いというのはそう単純じゃない。玉座にあぐらをかくのが好きなアンタには分からないかもしれないがな」
「な、何だと……!?」
「悪いがアンタに時間はかけていられないんだ。次で決めさせてもらう」
「お、お、おのれ……! 余を愚弄しおって! 貴様は必ず殺してやるっ!!」
俺はシャルルの叫びを無視して青白い文字列を開く。
色々と対処法はあるが、早さと確実性で言えばこいつが一番だろう。
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累計執行係数:1,162,361ポイント
執行係数50,000ポイントを消費し、【影渡り】を実行しますか?
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承諾――。
「死ねぇええええええっ!!!」
激昂したシャルルが一直線に駆けてきて、しかしその対象である俺は影に潜り消えた。
「な――ッ!?」
突然目の前から姿を消したからだろう。
シャルルが声を上げるが、俺のことは見つけられないはずだ。
「ど、どこだ!? アデルめ、どこへ消えた……!」
そして、俺はシャルルの背後に長く伸びた影から姿を現しイガリマを振るう。
――アンタに追放されてなければ、メイアやテティ、他の連中とも出会えなかった。そこだけは感謝してるよ。
「《刈り取れ、イガリマ》――」
「な――ッ!?」
――ギシュッ。
イガリマが確かにシャルルの背中を捉える。
「ば、馬鹿……な」
研ぎ澄まされた五感が元に戻り、ジョブ能力を失ったと理解したのだろう。
剣を取り落とし、シャルルは肩を震わせる。
シャルルが未来の動きを捉えていたのは、あくまで俺の姿が見えていたためだ。
影に潜んでしまえば俺の未来の動きを予測することも出来ない道理。
「余が……余が負けた、だと? そんなはずはない……! 余の決定は王の選択だ! それが間違っているなどあり得ん! あり得んのだ――ッ!!」
シャルルは狂乱状態になりながら、策もなしに俺の方へと突進してきた。
どう考えても悪手だ。
――俺は拳を握り、接近してくるシャルルの顔面に全力で叩きつける。
「ぐぁあああああっ――!!」
シャルルが床に転がる。
「あ、ぁあ……。余の、顔を……」
シャルルは骨が砕けたらしく、顔の形が大きく変わっていた。
ジョブ能力も失い、戦闘は続行不可能だろう。
シャルルの目が「なぜ」と揺れる。
なぜ無能だと決めつけ追放した息子に、王家の汚点だとまで称した息子に、最強のジョブ能力を持つはずの自分が敗れるのか、と。
「これが終わったら騒動の首謀者としてアンタを国民の前に突き出す。その時にどんな罰が待っているか、せいぜい震えろ」
「く、ぐぅ……」
「
俺はシャルルに向け、告げてやった。
――これで残るは……。
俺は黒い霧の発生装置である《ハイジアの杯》に目を向ける。
その傍らにはマルクが笑みを浮かべて立っていた。
それシャルルがやられたというのに変わらない笑みで、不気味さすら覚える表情だった。
「まったく、使えないなぁ」
「ま、マルク! 魔法薬を寄越せ! 余があやつなんぞに負けるはずがない! 余は全ての人類の頂点に位置する王なのだ!」
「やれやれ。ジョブ能力を失ったのに魔力を高めてどうしようってのさ。それに、僕には借りをつくらないんじゃなかったの?」
「そ、それは――」
シャルルが懇願するような視線を送る。
しかしそんなシャルルを突き放すようにして、マルクは言った。
「愚王ここに極まれり、だね。いい加減負けを認めたらどうだい? 君は間違っていたんだよ。――二年前からね……」
「ち、違う! 余は……。余は、まだ……」
「それとも、まだ黒衣の執行人に勝ちたいのかい?」
「無論だ! 余は負けんっ! 負けるなどあってはならんのだ! 余は、何一つ間違ってなどいない!!」
シャルルの叫ぶそれは、もはや自分自身の地位と自尊心によって作り出された「呪縛」だった。
「うん。そうか――」
その言葉を聞いたマルクの顔が残酷な笑みを浮かべた。
「よし、分かった。それじゃあ僕の一部にしてあげるよ! それで一緒に戦おう!」
「え……? ま、待て……。それは――アァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??」
「あれは……、クラウス大司教の時と同じ……」
マルクの体から黒い瘴気が巻き起こり、シャルルの体を飲み込んでいった。
ブチブチと――。何かが切れるような、磨り潰すような、そんな音が玉座の間に響く。
「ふう。ご馳走様」
マルクが満足げに言って、シャルルはこの世から消失した。
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