第49話 明かされる真実、そして――


「アデル様、お父様が……」

「目を覚ましたか」


 翌日――。

 メイアに声をかけられ、俺たちはヴァンを拘束していた部屋へと向かう。


「グ、ウウウ……。コロスコロスコロスコロスコロスッ!」


 ヴァンは拘束されながらも、理性を失ったかのように叫んでいた。

 いや、実際に失っているのだろう。


 ヴァンの目は赤く染まったままだった。


 ――やはり気を失ったくらいじゃ元には戻らないか


 俺はヴァンを目で捉え、イガリマを召喚する。


「鎌を出してどうするの、アデル?」

「できるか分からんが、試してみる」

「え……?」


 イガリマを掲げ、そして命じた。


「《消し去れ、イガリマ》――」

「グ、ガガガガァ……!」


 突然、ヴァンを包むようにして風が巻き起こる。


 以前テティを襲ったクラウス大司教が放った毒を消し飛ばした方法だ。

 ヴァンの執行係数はクラウスのそれよりも高い。

 効果があると良いのだが……。


 そして風が収まり、ヴァンが顔を上げる。

 その目からは赤い色が消え去っていた。


「…………なるほど。やはり我は負けたか」


 ヴァンは俺とテティ、そしてメイアへと視線を移し、状況を理解したようだ。


「ブラッドスパイダーの《魔糸》か。念入りなことだ。我はジョブ能力を失ったというのに」

「覚えているのか?」

「おぼろげに、な……」


「お父様……。お父様にお聞きしなければならないことがあります」

「やれやれ。二年ぶりに対面してかける言葉がそれとは、味気ないな」


「そんなものをアンタが欲しているとも思えないがな」


 俺がやり取りに口を挟むと、ヴァンは鼻を鳴らしてこちらを見上げる。


「それで? 何が聞きたい?」

「良いのか? やけに簡単に応じるんだな」

「良い。我には、黙することによる得がもう無いのだ。拷問を受けてから話すのも不合理であろう?」

「……なるほど。味方に裏切られたか」

「フッ。察しが良いな」


 ヴァンは自分の目的遂行のためには冷淡かつ合理的な判断を下す人間だと、メイアから聞いたことがある。

 そんな人物が黙秘しないということは、味方が既に存在しないということだろう。


「まず、何故アンタは操られていたんだ?」

「……その問いに答える前に、これを話しておいた方が良いだろう。――我に精神操作を仕掛けたのは、貴様の父、シャルルだ」

「…………そうか」


 可能性としては考えていた。ヴァンが俺の父シャルルと繋がっているということを。


 ということは、ヴァンなら王家の動きや目的を少なからず把握しているかもしれない。


「我を拘束した際、懐に魔法薬が入っていたであろう?」

「……ああ。メイアが回収している」

「その魔法薬を調合したのがマルクという人物なのは知っているな?」


 俺はヴァンの問いに黙って頷く。

 これまでの執行対象が追い詰められ、魔法薬を使ったのを何度か目にしてきた。


「マルクが調合した特殊な魔法薬に、高い能力を持つ者の血を混ぜ合わせたもの。それを《ソーマの雫》と呼ぶ」


 ――《ソーマの雫》か……。


 テティを救出する際にクラウス大司教が言っていたものと同じだろう。


 確かあのクソ司教は「人の精神を操作する魔薬」だと言っていた。


「知っているようだな。我がシャルルに飲まされたのは、その《ソーマの雫》だ。それにより精神を操作された」

「……」

「シャルルとマルクは今、ソーマの雫を使ってある計画を立てている」

「計画?」

「ああ。人類全てをソーマの雫によって掌握し、支配する新世界を創るという計画だ。奴らは《人類総支配化計画》と呼んでいた」

「……っ」


 確かにヴァンほどの実力を持つ者を精神操作できる薬だ。一般の民衆などに使えば可能なことかもしれない。

 しかし、分からないこともある。


 俺の疑問を口にしたのはテティだった。


「でも、そんなにたくさんのソーマの雫をどうやって手に入れるの? わたしの血が無ければソーマの雫はつくれないはずじゃ……」

「獣人族の子か。確かに獣人の覚醒後、間もない血液であればソーマの雫の原料となる。が、他のものでも代替は可能なのだ」

「他のもの?」

「竜族、すなわちドラゴンの血だ」


 ヴァンの言葉に俺たちは息を呑む。


「でもお父様。ドラゴンと言えば指定SS級に区分されるモンスターのはず。それを討伐したというんですか?」

「そうだ。それを一人で請け負ったのはマルクだが」


 マルク・リシャールか……。


 指定SS級のモンスターを一人で討伐する実力。

 かなりの脅威であることは間違いない。


 しかし、なるほど――。


 これで全てが繋がった。


 俺は今まで収集してきた情報とヴァンの話した内容を整理する。


 ――父シャルルはマルク・リシャールと結託し、ソーマの雫を開発している。

 ――その目的は全ての人類を操り、自分たちが絶対的な支配者として君臨する新世界を築くこと。


 マルクの方には何か別の思惑がありそうな気もしたが、それは本人に聞いてみるしかなさそうだ。


 どちらにしても、そんな馬鹿げた計画は絶対に阻止しなければならない。


「しかし、これで長く続いてきた暗殺者の一族も終わり、か……。ジョブ能力が無くなってはな。全くもって、貴様の能力は人智を超えているな」


 ヴァンは大きく息をついてそんな言葉を漏らす。


「感傷に浸るのは勝手だが、俺は他人に理不尽なことをする奴が大嫌いだ。アンタらが過去にメイアを苦しめていたこと、それから多くの人を殺してきたことを許すつもりはないぞ」

「…………それはそうだろうな。貴様はそういう人間だ」

「……」

「シャルルは今、マルクと共に王宮にいるはずだ。ソーマの雫を振りまくために動いているようだが……。とにかく、奴は《人類総支配化計画》のことしか見えていない」


 ヴァンは暗に、計画を阻止しろ、と言っているような気がした。


「また精神操作されてシャルルの傀儡になるのは御免だからな。少し不服だが、貴様らに勝ってもらうほか無い」

「アンタに言われなくてもそうするさ」


 俺が言って、それからメイアが一歩前に出る。


「……まだきちんとお伝えしたことはありませんでしたね、お父様。私はお父様とは別の道を歩きます」

「……ああ。勝手にするが良い」


 そう言って、ヴァンの口の端が少し……、本当に少しだけ上がったように見えた。



 そしてその後、俺とメイア、テティで王宮に乗り込むための話し合いをしている最中のこと。


「アデルさん、大変ッス!」


 情報屋のフランが《銀の林檎亭》の扉を開けて勢いよく飛び込んできた。


 フランはそのまま俺の元へと駆けてくる。

 そのあまりの慌てようからして、何か良からぬことが起きていることがうかがえた。


「どうした……?」

「とにかく、外に来て下さいッス!」


 俺たちはフランに促されるまま、酒場の外へと出る。


 そこで目にしたのは……、


「これは……」


 王都全体を包み込む《黒い霧》だった――。

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