第50話 二年間の絆


「アデル様、この黒い霧は……」


 酒場を出ると、辺り一帯には黒い霧が立ち込めていた。

 その異様な光景を見ながらフランが説明する。


「アデルさん。どうやらこの霧は王都リデイルの中心地から広がっているみたいッス。街の人も様子がおかしくて……」

「様子がおかしい?」

「アデル、あれ……!」


 テティに服を引っ張られてみると、通りにはたくさんの人がいた。


 よろめく者、膝をつく者、建物に寄りかかっている者。

 皆、顔色が悪く息を切らしている。


 この黒い霧の影響を受けていることは明らかだった。


「アデル様。先程のお父様の話を考えれば、この霧は……」

「ああ、シャルルがソーマの雫を振りまく、というのはこういうことなのか……」


 まだ街の人は昨日のヴァンのように精神を侵されてはいないようだったが、苦しげにうめき声を上げる者もいる。

 このまま黒い霧が蔓延し続ければ大きな被害になることは想像にかたくない。


 王都には数万の民が住んでいるのだ。

 その全ての人を先程ヴァンにやったように、イガリマの能力で解毒していくことは現実的ではないだろう。


「やはり黒い霧の発生源を叩くしかないな」


 俺はメイアとテティに告げて、王宮の方へと向けて駆け出す。


 その途中、王都の自警団らしき連中が大声を上げて叫んでいるのが聞こえた。


「モンスターが入ってきたぞ!」

「馬鹿な! 門の警備に当たっていた王国兵は何をやっている!」

「そ、それが、門が開けられています……!」


 見ると確かにモンスターが街の中に入って来ていた。

 どのモンスターも黒い瘴気を纏っている。


「チッ、変異種か」


 俺は舌打ちして、街の人を襲おうとしている翼竜ワイバーンの方へと駆ける。


 今にして思えば、王都の周辺で見かけた変異種のモンスターはソーマの雫の影響を受けていたのかもしれない。

 王宮に変異種が運び込まれていたのは、モンスターを実験台にして確かめていたのかもしれないと思い当たる。


「風神剣――!」


 咄嗟に執行係数を消費し、風の斬撃をモンスターめがけて飛ばす。


 ――ギャアアアアス!!


「間に合ったか」

「あ、ありがとうございます! あなたは、まさか執行人様……?」

「ああ。とにかくここは危険だ。すぐ安全な所へ――」


 言おうとした矢先、すぐにまた別の翼竜が襲いかかってきた。


 ――王宮へ急がなければいけないという時に……!


 俺は再び風の刃で迎撃しようとしたが、その前に翼竜は別のモンスターの攻撃によってほふられる。


「アデルさん!」


 そこに現れたのは、黒狼ヘルハウンドまたがったリリーナとレイシャの姿だった。


「リリーナ、レイシャ。どうしてここに?」

「街の様子がおかしいのを察知して、アデルさんに与えてもらったこの子が走ってくれたんです」

「アデル、私たちも助太刀するわ!」

「……そうか。それは助かる」


 俺はリリーナとレイシャに掻い摘んで事情を説明する。


「そんなことが……」

「なら、アデルたちには王宮に向かってもらわないと」

「ああ。しかし、街の方にももう少し人手が欲しいところだが……」


 俺たちが話していると、方々から声が上がる。


「執行人様! オレたちも手伝います! 今まで受けたご恩を返させてくだせえ!」

「俺もだ! 仲間の中には黒い霧の影響を受けた奴らもいますが、動ける者もいます! 助太刀させて下さい!」


 その声を上げたのは、これまでの二年間で俺の依頼人になった冒険者たちだった。


「……そうか。皆、街のことは頼んだ」

「「分かりました!!」」


 この二年間は無駄ではなかったと、そう感じた。


 俺は執行係数を消費し、魔獣召喚で新たに2体のヘルハウンドを喚び出す。


「リリーナ。こいつらも置いていく。君の【テイマー】の能力なら3体くらいは扱えるな?」

「はいっ! やってみせます!」

「フランはモンスターと交戦しつつ、街の人たちの避難を優先してくれ。恐らく街の中心地から遠ざければ多少の時間稼ぎになる」

「合点承知ッス! 情報屋ッスからね、安全そうな経路を確保するッスよ」

「レイシャはリリーナのサポートを頼む。君の【守護騎士ガーディアンナイト】のジョブ能力なら前衛を務められるはずだ」

「分かったわ!」


 皆に指示を出し、俺とメイア、テティで王宮へと向かおうと頷き合う。


 そして、皆に向けて告げた。


「皆、済まないが頼む。俺は――、この騒ぎを作り出したクソ親をブチのめしてくる」

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