第48話 【執行人】対【暗殺者】


「アデル――」


 夜――。

 《銀の林檎亭》へと近づいてくる存在を最初に察知したのはテティだった。


 ピクピクと頭から生えた獣耳が動き、匂いを確かめるように鼻を鳴らしている。


「何だか、血の匂い。それも深く染み付いたような……」


 テティの言葉の後、俺とメイアもその異質な気配を察知する。

 俺たちは頷き合うと、閉店時間の過ぎた酒場の扉を開けて表の通りへと出た。


 ――何かが、近付いてくる?


 空に浮かんだ月は満月に近く、夜の通りでも遠くまで見渡すことができた。

 そして、通りの向こうからその存在はやって来る。


 建物が通りに落す影に溶け込むようにしながら近づいてくる人物。

 それは黒衣に身を包んだ男だった。


 メイアが俺にくれた黒衣と同じ。

 ということは……。


「お父様……」


 メイアが声を漏らす。

 やはりそういうことらしい。


「どうして今になって俺たちを……、というのは気にしてる場合じゃ無さそうだな」


 俺はすぐにその人物を目で捉え、青白い文字列を表示させる。


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対象:ヴァン・ブライト

執行係数:924,666ポイント

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 二年前に俺たちを襲ったメイアの兄――ラルゴよりも高い数値。

 それはヴァン・ブライトがこれまでに積み重ねてきた暗殺者としての執行係数なのだろう。


「メイア。確かお前の父親の能力は――」

「はい。【影を統べる者シャドウマスター】――。影を操る能力です。アデル様、お気をつけて。今夜は月が出ています」


 確かにメイアの言うように、通りには建物や俺たち自身が月明かりに照らされ無数の影が落ちている。


 メイアの父親――ヴァンのジョブ能力に関しては以前聞いたことがある。

 いつ襲われても良いようにという理由からだったが、それが役立つことになるとは。


「あの人、何か様子がおかしい……?」


 テティの言葉でヴァンに改めて目を向けると、確かに異質な雰囲気を放っていた。

 目は赤く染まり、テティが奴隷錠で操られていた時と同じだと思い当たる。


「コ、ロス。コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス」

「……」


 呟いているのはそんな言葉だった。


「なあ、メイア。一応聞いておくが、お前の父親はいつもあんな感じなのか?」

「い、いえ……」

「だよな」


 以前メイアから聞いた父親の印象は「暗殺という稼業に関しては徹底的に冷酷非道。罪は重ねてきたものの、メイアの兄ラルゴとは異なり合理的かつ理知的な判断をする人物でもある」というものだった。


 ――となると、やはり何かに操られているということか……。


 俺は魔鎌イガリマを召喚し、ゆっくりと歩み寄ってくるヴァンを目で捉える。

 しかし……、


 ――ストン。


 ヴァンが建物の影に足を踏み入れたかと思うと、飲み込まれるようにして消え去った。


「アデル様、《影渡り》が来ます!」


 メイアから聞いていた情報によれば、ヴァンのジョブ能力は影に潜り、移動できるというものらしい。

 俺は目を閉じ、神経を集中させる。


「そこだっ――!」

「ッ――!」


 テティの背後に落ちた影から現れたヴァンめがけ、俺はイガリマを振るう。

 が、すぐにヴァンは危うしと見たのか、再び影の中に潜って姿を消した。


「あ、ありがとう。アデル」

「ああ。テティ、奴が影に潜ったら目に頼るな。テティなら匂いでおおよその場所を掴めるはずだ」

「うん。足手まといにはならない」


 テティはそう言って自身のジョブ能力を発動させた。

 俺も再び構えを取る。


 ――次はどこから来る?


「メイア、後ろから!」


 テティが指示し、メイアが振り向きざまに短剣を払おうとする。

 が、それよりも一瞬速く、ヴァンが何かを吹き付けた。


「くっ……!」


 メイアは間一髪でそれを回避し短剣を投げつけて反撃するが、ヴァンはすぐさま影へと潜り消えていく。


「メイア、無事か?」

「ええ。当たってはいません。しかしこれは……」


 メイアがヴァンの吹き付けた針を横目で見て呟く。


 ――何かが塗られているな。毒矢か……?


 相手の攻撃もこちらに当たっていないが、厄介だ。

 このままでは消耗戦になる恐れもある。


 何か奴の動きを封じるすべがあればいいのだが……。


 と、そこで俺は思い当たる。


 影――。

 そして、月明かり――。


 ――よし、それなら。


「……」

「アデル様?」

「メイア、テティ。耳を貸してくれ」


 俺はヴァンの気配に警戒しながら、二人に耳打ちする。


「分かりました。アデル様にお任せします。その間にお父様が現れたら私たちで対処を」


 三人で頷き合い、メイアとテティは俺の背後を固める。

 もしそこからヴァンが姿を現したら迎撃する構えだ。


 俺はその間に素早く青白い文字列を表示させる。


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累計執行係数:487,695ポイント


執行係数120,000ポイントを消費し、【亜空間操作魔法デジョネーター】を実行しますか?

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 承諾――。


 俺は念じ、空間を断絶する魔法を発動させた。

 以前レイシャの一件があった時に使用した際は相手のモンスターに逃げ場がなかったため、対象を飲み込むために使用したが、今回は別だ。


 発現させるのは俺たちのいる上空。

 この辺り一帯を包み込むように黒い空間を展開する。


「ッ――!?」


 亜空間が月の光を遮断し、それにより発生していた周囲の影が消滅した。

 光源が無ければ影も存在しない原理。


 すると、離れた所でヴァンの姿があらわになる。


「今だ――!」


 俺はヴァンめがけて疾駆し、イガリマに命じる。


「《刈り取れ、イガリマ》――」


 ――ギシュッ。


 その一撃はヴァンを確かに捉え、ジョブ能力の根源を刈り取る。


「ナン、ダト……」

「終わりだ――」


 俺はそのまま掌底をヴァンの腹へと打ち込む。


「カ、ハッ……」


 ヴァンは悶絶し、そのまま地面へと倒れ込んだ。


「やった……!」

「アデル様っ!」


 何とかなったようだ。

 俺は溜まっていた息を吐き出し、気絶したヴァンを見下ろす。


 ――しかし、この様子。やはり何かに操られていたようだ。


 目を覚まして話せる状態であれば聞いてみる必要があるなと、俺はイガリマを背負い直した。


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ヴァン・ブライトの執行完了を確認しました。

執行係数924,666ポイントを加算します。

累計執行係数:1,292,361ポイント


※新たに【影を統べる者シャドウマスター】のジョブ能力を刈り取りました。

以後、執行係数を消費して使用可能になります。

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