第47話 【SIDE:シャルル・ヴァンダール】終章の幕開け


「ご無沙汰しております、シャルル王」


 王家、王の間にて。

 シャルルは玉座に腰掛け、訪れた男の顔を見下ろしていた。


「息災であったか、ヴァンよ」

「ええ。二年前に子を二人失いましたが」

「確か、ラルゴとメイアという名であったか。不幸であったな」


 感情の乗っていないシャルルの言葉にヴァンが頷く。


 もっとも、失った子供の内の一人はまだ生きているが……。


 しかし、暗殺者一族の長であるヴァンにとって、それは些末なことに過ぎない。

 今は自分が国王に呼び出された理由を尋ねることが先決だった。


「して、シャルル王。ご用件というのは? 暗殺の依頼ということでしょうか?」

「その通りだ。実はそなたに《黒衣の執行人》を暗殺してもらいたい。報酬は弾むぞ」

「黒衣の執行人、ですか……」


 シャルルの提示した用件を聞いて、ヴァンは渋った顔になる。

 黒衣の執行人が持つ力の強大さを二年前に理解していたからだ。


「しかしシャルル王。なぜ黒衣の執行人を……?」

「近頃、奴が暴れているために計画に遅れが出ていてな」

「黒衣の執行人にやられた者たちが計画に関わっていた、ということですな」

「うむ。そこでそなたには、奴を暗殺して欲しいのだ。計画に支障も微々たるものなのだが、蝿に動き回られても五月蝿うるさいと思ってな」


 シャルルの言った言葉には嘘が2つあった。


 一つは、黒衣の執行人――アデルの動きによる計画の支障が微々たるものであるという点。

 シャルルが掲げている人類総支配化計画にとって重要な要素。


 資金、人材、物資、等々。

 その全ての要素において調達元を一つ一つ潰されている状況なのだ。


 もっともそれは、アデルにとって図らずとも、だったが。


 おかげでシャルルは協力関係にあるマルク・リシャールに借りを作ることになってしまったのである。

 マルクが「代わり」を用意してくれたおかげで計画は既定路線に戻すことができた。


 が、プライドの高いシャルルにとってみれば、他の者に頼り頭を下げるなど、あってはならないことだった。


 そして二つ目は、この暗殺依頼の理由の大部分が私怨であるという点だ。


 黒衣の執行人の行動は、図らずもシャルルが進めようとしている人類総支配化計画に打撃を与えていた。

 シャルルにとってはそれが最大の屈辱だった。


 二年前。自分が無能だと断言し、あまつさえ追放までした人物が今になって最大の障害となっているなど、どうして受け入れられようか。


 これでは……、これでは自分の目が節穴であったということになるではないか、と。


 そう。

 アデルを暗殺せよという依頼は計画の遂行のためなどではない。


 シャルルが自尊心を守るための行為に過ぎないのだ。


「何、簡単なことだ。黒衣の執行人を軽く消し去ってくれれば良い」


 シャルルの言った言葉はまたも嘘だった。


 黒衣の執行人がどれだけの強さを持つ者なのかは、マルクの報告によってシャルルも薄々気付いている。

 それでも簡単なことと表現したのは、シャルルの見栄によるものだった。


「申し訳ございませんが、この依頼はお引き受けできかねます。シャルル王」

「な、何故だ。そなたであれば簡単なことであろう、ヴァン」

「いいえ。黒衣の執行人の強さは本物です。恐らく、私が出会ったことのある人物の中でも傑出していると思います。そのことにはシャルル王、あなたも気付いておられるのでは?」

「……」


 ヴァンの放ったその言葉はシャルルにとって許しがたいものだった。

 ヴァンが口に出した「出会ったことのある人物」の中にはシャルル自身も含まれていたからだ。


 シャルルが玉座の肘掛けをきつく握る。


「我は割に合わない仕事は致しません。それではシャルル王、失礼致します」


 ヴァンがそう言って踵を返そうとしたその時。

 シャルルは突然玉座から立ち上がり、ヴァンの元へと疾駆した。


 ――ギィン!


 ヴァンが剣を抜いたシャルルの攻撃に間一髪で対応する。


「くっ……! シャルル王、一体何を……!?」

「黙れ。この暗殺、依頼は受けてもらうぞ、ヴァン」

「な、何を……」


 鍔迫り合いのような格好になるが、シャルルの持つジョブ【白銀の剣聖】の能力は伊達ではなかった。

 ヴァンの握っていた短剣を軽々と弾き、体制を崩させ馬乗りの格好になる。


 そして、シャルルは液体の入った瓶を取り出すと、それをヴァンの口に流し込もうとした。


「さあ、とくと味わえ」

「そ、それは……。《ソーマの雫》……! ぐ、がぁ……!!」


 人の精神を支配する液体。

 それをシャルルはヴァンに飲ませた。


 すると、ヴァンの瞳が赤く染まっていく。


「グ、ガガガァ――! ア、アア……」

「さあ、ヴァンよ。黒衣の執行人を暗殺してこい」

「……ワカリ、マシタ」


 その従順な態度を見て、シャルルはほくそ笑む。


「あれぇ? 黒衣の執行人に手を出すのはやめた方がいいって言わなかったっけ?」


 そんな少年のような言葉とともに、マルク・リシャールが姿を現した。

 シャルルは面白く無さそうに鼻を鳴らし、その問いに答える。


「別に余が手を下す訳では無い。駒を使うだけだ。それに今、我は王宮を離れるわけにはいかぬからな。マルク、貴様もだ」

「うん、分かってるよ」

「もしアデル……、黒衣の執行人を討ち取ることができたのならばそれで良し。もしできなくても――」

「できなくても?」

「計画を成就させれば余らの勝ちだ」


 そう言って、シャルルは勝ち誇った笑みを浮かべる。


 そう口に出したことと、目の前にいるヴァンという傀儡くぐつを手に入れたことでシャルルは自尊心をいくばくか取り戻したようだった。


「そうだ、何を恐れているんだ。余は王なり。そして、新世界の支配者として君臨する者なのだ!」

「……」

「さあヴァンよ! 手始めに黒衣の執行人を殺してこい!」


 マルクが微笑を浮かべる視線の先で、シャルルが高らかに叫ぶ。


「計画の成就は目前だ。さあ、終章の幕開けといこうではないか……!!」


 シャルルが両手を広げて言い放った傍ら――、


「その通り。さあ、踊れ愚王よ。僕の悲願を叶えるために――」


 マルクが小さく呟いたその言葉が、シャルルに届くことはなかった。

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