第42話 二人の意志
「アデルさん、凄いですね。ジョブ能力を使わずに指定B級のワイルドボアを倒すなんて」
「そりゃどうも……」
俺とメイアは、火に
メイアが火を起こすための可燃石という道具を持っていたおかげで、洞窟内でも火を起こすことができた。
「何かすいません。私まで分けていただいて」
「いや、それは構わない。というか、一人じゃ食いきれないし」
「ふふ。ありがとうございます。……あ、焼けたみたいですよ。熱い内にどうぞ、アデルさん」
「どうも……」
メイアが焼けたワイルドボアの肉を取り分けて寄越してきた。
俺とメイアは揃って肉にかぶりつく。
生の時と違って意外にも美味だった。
――って、何を和んでいるんだ。
俺は隣に腰掛けたメイアに目を向ける。
メイアは緊張感なく肉を頬張り
「んー、初めて食べましたが中々美味しいですねコレ」
「……」
火が揺らめき、メイアの整った顔が照らされる。
俺はそこであることに気付いたが、触れていい話か分からず、自分も肉に口を付けていった。
「なあ、そろそろ良いか。ここに来た理由を話してもらっても」
二人で肉を食べた後、俺は本題を切り出した。
調理に使っていた火がくすぶっていて、俺たちは近くの岩に腰掛けている。
「さっき君は俺を暗殺するよう命じられたと言っていた。けれど君にその素振りは微塵も感じない。呑気に俺の横で肉を食っていたくらいだからな」
「ふふ、そうですね。……私は確かにあなたを暗殺しろという命令を受けました。けど、そんなつもりはまったくありません」
少し悪戯な笑みを浮かべて、それからメイアは少し真剣な表情になる。
「私があなたに会いに来たのは、忠告をするためです」
「忠告……?」
「はい。まずはこれを伝えておいた方が分かりやすいかと思いますが、私は暗殺者の一族に生まれた人間です」
メイアは言って、少し
その仕草は可愛らしい少女のそれで、とても暗殺者には見えない。
「ですが、私はまだ人を殺したことがありません。これからも、殺したくなど無いと思っています」
何となく、その言葉の方がしっくり来た。
浮浪者である俺に食糧を与えたり、外套を与えたりと。
そもそもメイアの行動は暗殺者には似つかわしくなかったからだ。
「暗殺者なのに人を殺したことがない。そんな私に、お父様とお兄様はある命令を下しました」
「……それが、俺を殺せという指示か」
「はい」
メイアは頷く。
「なら、俺がどういう人間かも?」
「知っています。第七王子、アデル・ヴァンダール様」
「…………
まあしかし、なるほど。
つまり俺はメイアの初の暗殺対象としてうってつけだと判断されたわけだ。
ジョブ能力は大したことがなく、追放された人間だから余計な怨恨を継ぐ者も残らない。
そういう理由からだろう。
しかし、そうなると余計に分からない。
「なあメイア。君は何で俺を殺そうとしないんだ? いや、もちろん殺されたくなんてないんだが」
「…………お母様が、優しい方だったからです」
……。
「お母様は私に言ってくれました。暗殺者一族に生まれてもあなたはあなただと。女の子らしく可愛いものを愛でて、自分の好きなものや好きな人を見つけて、そのために生きて良いのだと。……そして、私は人を殺すことが嫌いです。ただ、それだけです」
「……そうか」
メイアにとって母親というのは大切な人だったのだろう。
目を見て、何となくそんな気がした。
「それで、忠告というのは?」
「はい。私はこの暗殺を実行するつもりは毛頭ありません。しかし、暗殺者一族としては一度暗殺すると決めた者を放置はしないでしょう」
「まあ……、そうだろうな」
「となると、恐らくお父様かお兄様があなたの命を狙うはず。そしてお父様もお兄様も非常に強力なジョブ能力を持っています。だから、お願いです。この後、私と別れたら遠くの地に逃げて欲しいんです」
そういうことか。
メイアはわざわざ伝えに俺の所までやって来て話をしてくれたわけだ。
しかし……。
「一つ聞きたい。君はどうなるんだ?」
「というと?」
「君はさっき暗殺を実行に移す気は無いと言った。俺を見逃さないのと同じように、君の判断を暗殺者一族が見過ごすとも思えないんだが」
「良くて、どこの誰か知らない貴族との婚姻を迫られる、ってところでしょうね」
「……」
「そんな顔をしないで下さい。大丈夫ですよ。きっと話せばお父様やお兄様も分かってくれるはずですから」
メイアは空気を変えるように、明るい口調で言った。
「メイア。悪いが君のその考えは甘いと思う」
「…………ええ、分かっています」
言いながら、メイアは立ち上がる。
「まあ、何とかなりますよ」
メイアが儚く笑って、俺は理解した。
この子も俺と同じだ。
他人の勝手な決定によって理不尽の波に晒されている。
さっきワイルドボアの肉を喰っている時、メイアの顔が火に照らされて痣ができているのが見えた。
恐らく家族の誰かに付けられた傷だろう。
つまり、メイアの今の家族は
「あ、そうだ。これ」
「……?」
メイアが俺に麻袋を渡してくる。
その麻袋はズシリと重く、中を覗くと大量のゴルアーナ金貨が入っていた。
「どういうつもりだ……?」
「アデルさん、お金無いでしょう? それだけあれば、他の地域に行くにも困らないかなって。それを使って上手く逃げてくださいね」
…………お人好しにも程があるだろ。
昨日の林檎と黒い
――冗談じゃない。
それは悩むにも値しない愚問だった。
俺は一人で洞窟の入り口へ向かおうとしたメイアに声をかけようと立ち上がる。
と、その時。メイアの足が止まった。
メイアの視線の先を見ると大柄の男が立っている。
「やはりこうなったか、メイア」
大柄の男が言いながら、笑う。
体格に似合わず、陰湿で粘りつくような笑いだった。
――あの男は確か、メイアを初めて見かけた時に隣にいた……。ということは……。
「ラルゴ、お兄様…………」
立ち尽くしたメイアの体は小刻みに震えていた。
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