第43話 執行人の覚醒


「ラルゴお兄様、どうしてここに……」

「ククク、妹を見守るのは兄の役目だろう?」


 洞窟内――。

 俺の視線の先ではメイアとメイアの兄――ラルゴが対峙していた。


「オレは悲しいぞ、メイア。父上が命じた暗殺の指示を実行しないどころか、その対象と仲良くお喋りしてるんだからな」

「どうして……。《気配遮断》のジョブ能力を使っていたのに尾けられているなんて……」

「ああ、それか? お前は何となく裏切るような気がしてたからな」


 言って、ラルゴは右手を前に突き出す。

 一見そこには何も握られていないようだったが、ラルゴが口の端を上げると淡く光る糸のようなものが現れる。


 その糸はラルゴの右手からメイアの左足首へと繋がっていた。


「これは……。ラルゴお兄様が操るブラッドスパイダーの吐き出す《魔糸》……」

「そういうことだ。お前の《気配遮断》の能力は確かに強力だからな。コイツをあらかじめ仕込ませてもらった」

「くっ――」


 メイアが懐から短剣を取り出し、足首に巻かれた糸を切断する。


「ハハハッ。今さら糸を切ったところで遅いさ。お前とそこにいる男はここで死ぬんだからなぁ」

「……それは、お父様の指示なのですか?」

「いや。父上はお前に甘いからな。どうせお前が殺しをできないなら女として利用するとか言い出すだろうよ」


 ラルゴは下卑た笑みを浮かべる。


 なるほど。つまりラルゴは独断でここにやって来たわけだ。

 メイアが俺を殺さないことを理由として、俺とメイアを殺すつもりなのだろう。


「さて、お喋りはここまでだ。覚悟するんだな、メイア」


 ラルゴが言って、メイアへとにじり寄る。

 メイアは短剣を構えるが、その体は震えていた。


 ――絶対に、させるか。


 俺はワイルドボアの調理に使っていた可燃石を手が焼けるのも構わず取り出し、折れたオリハルコンの剣で叩き割る。

 そしてその破片をラルゴとメイアの間へと投げつけた。


 ――ゴウッ!


「っ――」


 可燃石の破片が地面に触れると、勢いよく炎が巻き起こる。

 それが一瞬、ラルゴの視界を遮った。


「メイア、こっちだ!」

「アデルさん!?」


 俺はその隙にメイアの腕を掴んで洞窟の入り口へと走り出す。


 ――大丈夫だ。全力で走れば逃げ切れるはず。


 ラルゴの周囲に湧いた炎は、俺の期待通り敵の行く手を阻んでくれていた。

 が――、


「おのれ……。小癪なマネを――」


 ――何だ……?


 走る途中で振り返ると、ラルゴが差し出した手が鈍く発光する。

 そして、その光は洞窟の入り口まで間際に迫った俺たちの前方に放たれた。


 ――フシュルルルルル。


 そこには突如として3つの頭を持った巨大な犬型のモンスターが出現する。


「こいつは、ケルベロスか。指定A級のモンスターが、何故……」

「……これがラルゴお兄様のジョブ能力です」


 メイアが俺の服の端を掴みながら言葉を漏らす。


「【魔を従える者デモンズサモナー】――。現代でラルゴお兄様だけが持つとされている、《魔獣》を召喚するジョブです」


 俺たちの行く手を阻むケルベロスの放つ圧は、先程俺が討伐したワイルドボアのそれとは比較にならないものだった。


「ククク、どうだ。召喚する魔獣は喚び出したオレの力に依存するのだ。お前らで果たして倒せるかな? ――ゆけ、ケルベロスよ!」


 ――グルゴァ!!


 ケルベロスがラルゴの命令を受けて、巨大な前足を振り払ってきた。


「くっ……!」


 折れたオリハルコンの剣で防御するが、勢いを殺しきれずに後ろへと弾き飛ばされる。

 直撃すればひとたまりも無いと、そう思わせるだけの威力。


 ――これは、厄介だな……。


「アデルさん……!」

「大丈夫だ。直撃はしていない」


 俺は駆け寄ってきたメイアに応じ、すぐに立ち上がる。


「ほう。あのケルベロスの一撃を防ぐだけでも中々のものだ。ジョブ能力を持たないクズだとばかり思っていたが」

「……それはどうも」


 後方から挑発的な声を投げてくるラルゴに舌打ちし、再度ケルベロスに対峙する。


「アデルさん、私も戦います」

「……分かった」


 隣で短剣を構えたメイアの申し出を受けるが、正直厳しいだろうという予感がしていた。

 恐らくメイアのジョブ能力は対人に特化したものだ。


 これだけ巨大なモンスターを相手にするとなると……。


 ――ガァアアアアアアア!!


 ケルベロスは俺の思考を遮るかのように接近し、再度攻撃を繰り出してきた。


 メイアと共に回避しつつ反撃するが、思うようなダメージを与えられない。

 そんな攻防が二度、三度と繰り返され俺たちは追い詰められていく。


「粘るのは見事だが、そろそろ限界のようだな」


 ラルゴの言う事は的を得ていた。

 消耗する俺たちに対し、ケルベロスはまだ余裕がある。


 このままでは……。


 そんな考えがよぎり隣を見ると、メイアが突然ラルゴに向けて駆け出した。


「シッ――!」


 メイアが短剣を振るい、ラルゴに攻撃を仕掛ける。

 が――、


「愚か者が。術師のオレに向けて攻撃してくることを予測していないとでも思ったか。そもそも殺意の乗っていない剣でオレを倒そうなどと、笑わせる」

「……っ!」


 短剣はラルゴの眼前で止まる。

 メイアの四肢は先程よりも太い「糸」に絡め取られていた。


 傍らにはラルゴが新たに召喚したであろう、ブラッドスパイダーが鎮座している。

 ラルゴはメイアの持つものとよく似た短剣を取り出し、笑みを浮かべていた。


「メイアっ!」


 俺は叫び駆け出そうとした。


 ――間に合え、と。

 ――絶対にさせるか、と。


 しかし、それはケルベロスの攻撃によって遮られた。


「アデルさんっ!」


「くっ……」


 地面を転がった俺をケルベロスが巨大な前足で踏みつけてくる。

 抜け出そうともがくがそれは叶わず、僅かに上体が動くばかりだった。


「愚かな。メイアを救おうとして隙をつくるとは。ケルベロスに集中していればまだ戦えただろうに」


 俺を横目で見て、ラルゴはメイアに視線を戻す。


「お前を殺したら次はあの男だ」

「――っ!」

「さらばだメイア。父上には二人仲良く洞窟のモンスターの餌になったとでも伝えておくさ」


 ――畜生。


 ――畜生、畜生、畜生っ!


 俺は、こんな理不尽にやられるのか……?

 メイアを――、俺に手を差し伸べてくれた女の子を救うこともできず……?


 ――頼む。

 ――俺にあの子を救うだけの力を……。


 誰にともなく、俺は願う。

 そしてラルゴを目に捉えた、その時だった――。


====================

対象:ラルゴ・ブライト

執行係数:752,833ポイント


対象の執行係数を参照し、《魔鎌まれん・イガリマ》を召喚しますか?

====================


 ――これは……。


 突如現れた青白い文字列を見て、俺は思い当たる。


 そうだ。

 王家を追放された後、盗賊団に襲われた時に見た青白い文字だ。


 俺は無我夢中で青白い文字列の内容を承諾し、「それ」を喚び出した――。


 右手にかつて無い力が収束するのを感じ、俺はその力の使い方を完全に理解する。


 命じろ、と。

 誰かの声を聞いた気がした。


 俺はその声に従い、俺の体を抑えつけたケルベロスめがけ「それ」を振るう。


「《斬り裂け、イガリマ》――」


 ――ギシュッ。


 瞬速の一閃が走り、ケルベロスが両断された。


「な、何だ貴様。オレのケルベロスを両断しただと? そんな大鎌をどこから……」

「あ、アデルさん……?」


 俺は立ち上がり、右手に握られた物体に目をやる。


 そこには、禍々まがまがしいまでの力を纏った漆黒の大鎌があった。


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