第39話 銀髪少女との出会い


「うわあぁああっ! なにしてんだお前っ!」

「……ん?」


 すっかり日が落ち、街の酒場が盛り上がってくる頃。


 路地裏に置いてある残飯の詰まった樽に顔を突っ込んでいると、酒場の裏口から出てきた店の男に素っ頓狂な声を上げられた。


「駄目だったか?」

「だ、駄目に決まってるだろ! お前みたいなやつがいると客が逃げるんだよ!」


 酒場の男の叫ぶ声が裏路地に反響する。

 気付けば騒ぎを聞きつけた野次馬がゴミを見るような視線を俺に向けていた。


「……分かったよ。迷惑かけて悪かったな、ごちそうさん」

「二度と来るんじゃねえ浮浪者が!」


 男の投げた石が俺の頭に当たり、辺りから嘲笑が巻き起こる。


 虚ろなまま振り返ると、野次馬の何人かは笑い、何人かは怯え、何人かは興味を失ったように踵を返していたところだった。


「とりあえず、腹は満たせたな……」


 授かったジョブが無能だと蔑まれ、王家を追放されたのが数ヶ月前。

 俺が家宝を盗み出したという、父シャルルの流したデマのせいで冒険者登録すらできずにいた。


 そろそろ野良犬のような暮らしにも慣れてきた頃だ。

 もちろん、慣れたくなどないのだが……。


「雪、か――」


 路地裏から表通りに出ると、空から白い塊が降ってくるところだった。


「まいったな。これは本格的に雪の季節だな」


 外套なども与えられず王家を追放された俺には、寒さをしのぐまともな服がない。

 雪が降るくらいの寒波となると本格的に今の状況を変えないとヤバそうだ。


「とりあえず、どこか寒さを凌げる場所に……。ん――?」


 俺が空から地上へと視線を戻すと、そこには少女がいた――。


 雪が降る幻想的な光景に似つかわしい、透き通るような銀髪を持つ少女だった。

 少女は黒い外套に身を包んでいて、それが少女の銀髪をより印象的なものにしている。


 その銀髪の少女と目が合ったのも束の間。


「フードを被れ。あまり素顔を晒すな」

「……はい」


 隣にいた大柄な男が銀髪の少女に声をかけている。

 その男も少女と同じ黒い外套を着込んでいて、同じような服装なのに少女のそれとはだいぶ印象が違うなと感じた。


「行くぞ。こんなところに用はない」


 大男が踵を返そうとして、一瞬だけ俺の方を見る。


「ふっ。あの惨めな男、まるでお前みたいだな」

「……」


 銀髪の少女はわずかに俯き、少し遅れて大男と共に表通りへ姿を消した。

 それを見送り、あの二人とは反対方向へ歩を進めながら、俺は呟く。


「……あんな綺麗な子が惨めとか、目が腐ってんのか?」


   ***


 翌日――。


 雪は一層に激しさを増していた。


 それでもその日は運が良かった。

 数日ぶりに仕事にありつくことができたからだ。


 ブロス銅貨が8枚と、通常の10分の1程度の賃金ではあったが……。


 それでも久しぶりに金を得た俺は、背中と張り付きそうになっている腹を満たすため、露店で売っている肉を買うことができた。


 仕事と同じく、数日ぶりの食事だ。


 俺は少しでも寒さから逃れられるようにと、狭い路地裏に場所を移す。


 ちらりと大通りの方を見ると、花屋の女性が雪の降る中にも関わらず笑顔で接客していた。


「さて、それじゃいただくとしますか」


 独り呟いて、獣肉にかぶりつこうとした時だった。


 ――ニャーン。


 か細い鳴き声に反応して見ると、そこには猫が一匹。


 その猫は見るからに痩せ細っていて、そのまま放っておいたら餓死するんじゃないかと思う程だった。


「……俺より食べてないんじゃないか? お前」


 ――ニャーン。


 猫は催促するわけでもなく、ちょこんと座って鳴いているだけだ。

 それでも、俺はどうにもいたたまれなくなり、頭を掻きむしる。


「ったく……」


 俺はその猫に向けて数日ぶりの食事を投げ捨てた。


 ――ニャーン!?


 良いのか、と。

 猫が鳴いた気がした。


「まあ、慣れてないものを食べると胃がびっくりするかもしれないからな。俺は他で飯を探すとするよ。……また残飯漁りになるだろうけど」


 猫は俺の言うことを理解したわけじゃないだろうが、俺に頭を擦り付けた後、獣肉を咥えてどこかに走り去っていった。


 ――自己満足だろうか?


 そんな考えがよぎるが、それでも別にいいかと思い直す。

 究極的に、人は自分のしたいことをして生きているのだ。


 ――グゥー、と。


 腹の虫がなる。

 偽善者ぶっても腹は当然ながら満たされない。


 仕方ない、またどこかで残飯を漁るかと、歩き出そうとしたその時だった。


「――これ、良かったらどうぞ」

「え……?」


 不意にかけられた声に顔を上げると、そこには銀髪少女がいた。


 昨日と変わらず黒い外套を身に纏い、俺へと差し出した手には林檎が握られている。

 間近で見るとやっぱり整った顔をしていて、それだけで息を呑んでしまう。


「餌、あげてましたね。猫ちゃんに」

「……別にいいだろ。俺がそうしたかったんだよ」

「はい、別にいいです」


 銀髪の少女がにっこりと笑いかける。

 変わった子だなと思った。


「だから、どうぞ」


 何がだからなのか分からないが、銀髪の少女は俺に押し付けるようにして林檎を握った手を近づけてくる。


「ありがとう……」


 俺は差し出された林檎を受け取り、礼を言った。


「それから、そのままじゃ寒いでしょう? これでも着てください」


 言って、銀髪の少女は自分が着ていた黒い外套を俺に渡してくる。

 俺の手に収まったその外套にはまだ少女の体温が残っているのか、とても暖かく感じられた。


「ふふ。方術で編まれた特別な外套なんですよ。長持ちすると思います」

「いいのか……? 俺みたいな浮浪者に。何も返せないぞ」

「いいんです。私がそうしたいんです」


 少女の蒼い瞳は真っ直ぐに俺の方を向いていて、不思議な強さを感じる。

 やっぱり変わった子だなと思った。


「それじゃあ私、行きますね」

「あ……。本当に、ありがとう」


 俺がそれだけ伝えると、少女はまた微笑んで雪の降る大通りの方へと駆け出していった。



 銀髪の少女が去っていった後で、俺は赤い果実にかぶりつく。


「旨い……」


 甘酸っぱい汁が口いっぱいに広がり、感じていた寒さがどうでも良くなる。


 久しぶりにまともなものを口にしたからなのか、それとも少女の優しさを受けたからなのか、勝手に涙が溢れてきた。


 ――ああ、旨いなぁ畜生。


 それは誇張でもなんでもない。


 王宮にいた頃に食べたどんなご馳走よりも温かく、人生で一番旨いと感じた食事だった。

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