第1部3章 全ての始まりへ

第38話 全ての始まりへ


「あ、アデルさん」

「マリーか。来てたんだな」

「はい。今週もお花を持ってきました!」


 俺が依頼者から受けた仕事・・を終えて酒場――《銀の林檎亭》に戻ってくると、そこには花屋のマリーがいた。

 以前受けた依頼の報酬を届けに来てくれたらしい。


 マリーは週に一度、こうして足を運んで花を持ってきてくれていた。

 マリー曰く「私がもらった恩はまだ返しきれませんよ」だそうだ。


 その気持ちはありがたいのだが……、


「マリーさん、こんにちは。いつもお花ありがとうございます。とっても嬉しいです」

「ふふ、メイアさんにも喜んでもらえて何より。もっともっとお花持ってきますね」

「……」


 どうやら酒場が花で埋め尽くされる日も遠くなさそうだ。

 俺は一つ溜息をついて、新しく持ってきたらしい花のことで盛り上がっているメイアとマリーを眺めた。


「あれ? そちらの獣人の子は初めて、かな?」

「あ……、えと。テティ、です。初めまして」


 マリーに声をかけられ、テティはペコリと律儀にお辞儀をする。


「はい、初めまして。私はマリーと言います。以前、アデルさんに命を救っていただいた者です」

「命を救われた、は大げさじゃないか?」

「いいえ。アデルさんに救っていただいたあのお店は私にとってとても大切な場所ですし、何よりあのお店が無ければ私は生活していけませんでしたからね。だから、アデルさんは命の恩人ですよ」

「……そうか」

「わたしも、アデルに命を救ってもらった」


 テティが続いて、マリーは「やっぱりアデルさんは凄いなぁ」と漏らしていた。

 そんなに持ち上げられるのもくすぐったいが。


「そういえば、この前の仕事な。マリーのお陰で助かったよ」

「私の……? どういうことです?」


 マリーがきょとんとした顔で尋ねてくる。


 この前の仕事――冒険者たちから依頼を受け、金を盗んだ犯人を探して欲しいという依頼。


 その一件は、テティがレイシャのつけていた香水を辿ったために孤児院にいた子供たちを救うことに繋がったのだが、それはマリーが酒場に届けてくれたアイリスローゼンという花が手がかりになっていた。


 俺は事の顛末をマリーに話していく。


「なるほど、そんなことが……。でも、アイリスローゼンの香水の匂いだけで人を探し出すなんて凄いですね、テティさんは」

「ん……。ありがとう。わたしも、アデルの役に立てたなら嬉しい」


 テティはそう言って、尻尾をパタパタと振っていた。


 それから二人は意気投合したようでしばらく話をしていたのだが、何がきっかけとなったのか酒場に置かれた花の解説をマリーがし始める。

 何だか前にもこんな光景を見たなと思いながら、俺はカウンターの籠に入れてあった林檎を取り出す。


「やれやれ」

「アデル様、また林檎ですか?」


 取り出した林檎に口をつけていると、メイアが手持ち無沙汰になったのか俺の横にやって来る。


「ああ。やっぱりこいつが一番旨い」

「それでは私もお一つ」


 メイアも籠から一つの林檎を取り出すと、可愛らしくかぷりとかじりつく。


 そうして甘酸っぱい果実で口の中を満たしていると、メイアと出会った頃のことを思い出す。


「メイア、いつもサンキュな」

「え? どうしたんです?」

「いや、いつも助かってるなと思ってさ。俺がこうして酒場をやりながらもう一つの仕事ができているのも、メイアのおかげだからな」

「アデル様……」


 メイアが銀髪を揺らし、柔らかく笑う。


 俺が復讐代行をやってくる中で、先程のマリーのように感謝してくれる人物も少なくない。

 けれどそれは、元はと言えば今隣で微笑んでいる女の子のおかげだった。


あの時・・・も言いましたが、私はいつまでもアデル様にお仕えしますよ」

「……」

「それに、マリーさんやテティちゃんのように、アデル様に命を救っていただいたのは私も同じですから」

「……まあ、そう言ってくれると悪い気はしないけどな」


 真っ直ぐな言葉が少しだけ照れくさくて、俺はメイアから視線を逸らす。


「……?」


 テティがマリーと話す傍ら、耳をピクリと反応させているのが目に入った。


   ***


 マリーが帰っていって、酒場の営業時間も終えた頃。

 その日は珍しくもう一つの仕事の客も訪れなかった。


 皆で一緒に酒場の片付けを済ませた後で、テティが何やら神妙な面持ちで問いかけてきた。


「あのさ……、アデルとメイアに聞きたいことがあるんだけど」

「何ですか? テティちゃん」

「うん。ずっと気になってたんだよね。アデルとメイアって前からこの酒場をやりながらもう一つの仕事もやってるみたいだけど、それはどうしてなの?」

「ああ……」


 テティの唐突な質問に、俺とメイアは顔を見合わせる。


「それにさっき、メイアも命を救われたって言ってた。だから、二人の関係が気になって……」

「……」


 ――そういえばあれからもう二年になるか……。


 テティが尋ねてきたことで、俺はメイアと出会った頃のことを思い出す。


 メイアに顔を向けると、優しく笑って頷いてきた。

 話してオーケーということだろう。


「俺とメイアが出会ったのは、二年前のことだ」

「二年前……?」


 俺はカウンターの上の籠に入っていた林檎を取り出して、言った。


「ああ。雪の降る日でな。俺がメイアから林檎を貰ったのが始まりだったんだよ――」



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【後書き】

次話からアデルとメイアの出会い、初めての執行依頼編(過去編)に入ります。

王家の動きとも関わってくるお話です。


作者的にもかなり力を入れているエピソードですので、お楽しみいただけると嬉しいです(^^)

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