第37話 二年越しの約束


「本当にありがとうございます。私と子供たちを受け入れてくださって」


「いえいえ、執行人様の頼みとあらば断るわけにはいきません。それに我らの村も以前、執行人様に救っていただいた立場ですからな」

「事情はお聞きしました。この地の領主として皆さんを防護させていただきます」


 孤児院襲撃事件の後、よく晴れた日。


 俺たちはレイシャや孤児院の子供たちと一緒にラヌール村へとやって来ていた。

 以前、執行依頼を受け盗賊団の手から解放した村だ。


 孤児院が焼け落ちて行き場のない子供たちを受け入れてくれないかと相談したところ、トニト村長も新しく領主となったリリーナも二つ返事で快諾してくれた。


 ラヌール村であれば王都からも離れており、リリーナも防衛にあたってくれるため、子供たちが再度襲われる心配も減るはずだ。


「アデル様、レイシャさんは……」

「子供たちのためにも落ち込んではいられないと言っていたよ」

「そうですか……。強い方ですね」


 メイアが言って、レイシャの方へと目を向ける。


 今まで家族だと思って暮らしてきた人間が大切な仲間を殺そうとしたのだ。

 ショックなのは間違いない。


 しかしレイシャにとっては子供たちを護りたいという思いの方が強かったのだろう。

 俺に頭を下げて子供たちが住める場所を探すのに協力して欲しいと申し出たのだ。


 それからもう一つ、レイシャは頼みがあると俺に言ってきた。


「レイシャさん、盗んだお金を冒険者の方々に返すって言ってましたね」

「ああ。といっても、依頼者の冒険者たちは逆に子供たちのために資金援助したいとか言い出してたけどな。パーティーの仲間もそれで良いと言っているとか」

「それでも、レイシャさんはきちんと会って謝罪したいと言ってたんですよね?」

「そうだな。今度日程を決めて会う予定だ」


 そもそも今回の一件は、冒険者パーティーのリーダーたちがレイシャに金を盗まれたということから始まったものだった。

 それで結局孤児院の窮地を救うことに繋がり、マルクの真相にも迫ることができたのだから分からないものだ。


「アデルが事情を説明したら依頼者の人たち泣いてたね。例え一時でも仲間だったから、ぜひ協力させてくれって。あの人たち、けっこうお人好しだと思う」

「まあ、お人好しだから金を盗まれたのかもしれないけどな」

「それは確かに」


 俺たちの中で一番純粋そうなテティがお人好しというのもどうかと思うが……。


 それでも、テティにとっては《銀の林檎亭》に来てから初めての依頼だった。

 色々と感じたことがあるらしく、目を細めてレイシャや子供たちを見つめている。


「さて、それじゃ俺たちは酒場に帰るとするか」

「あ、アデル。あれ」


 テティに服の端を引っ張られて見ると、レイシャがこちらへと駆けてくるところだった。


「あのっ――!」

「どうした?」

「もう一度、お礼が言いたかったの。子供たち……、ううん。私たちを救ってくれて、本当に感謝するわ。ありがとう」

「ああ。何にせよ、落ち着ける場所が見つかって良かったな」

「ええ……。本当にあなたのおかげよ」


 レイシャはそれから、少し言いにくそうにして言葉を続けた。


「一つ、聞きたいことがあるの」

「……何だ?」

「今更だけど。あなたの名前、教えてくれないかしら?」


 そう言われて、確かに今回は・・・まだ名前を伝えていなかったな、と思い当たる。


「アデル――。アデル・ヴァンダールだ」

「…………ああ、やっぱり」


 レイシャは小さな声で呟き、顔を上げて柔らかく微笑む。

 その目にはうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。


 そして――、


「ありがとう、王子様。私たちを守るという二年前の約束を、果たしてくれて――」


 レイシャはそう言ったのだった。



   ◆◆◆



 一方その頃、ヴァンダール王家にて。


「で? どうするんだい、シャルル。僕としては黒衣の執行人に手を出すべきじゃないと思うんだけどね」

「黙れ……」


 玉座に腰掛けたシャルル・ヴァンダールが返した言葉は、酷く乾いた声だった。


 シャルルはマルクの投げかけた問いにすぐには答えず、沈黙が広がる。


 そして、シャルルは何かを決めたかのように玉座から腰を上げ、そしておごそかに言い放った。


「例の者を呼べ。アデルを……、アデル・ヴァンダールを暗殺する――」



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