第35話 魔人を執行せよ


「そ、そんな……。私の召喚したモンスターたちが……」

「す、凄い。冒険者の中でもほとんど倒したことが無いと言われるS級モンスターを五体も……。しかもあの一瞬で……」


 けしかけられたモンスターたちをイガリマで斬り伏せると、マリアーヌは信じられないといった様子で呟く。

 傍らで見ていたレイシャも続けて声を上げていた。


「貴様、何なのだその能力は!? 私のモンスターを、いともたやすく……」

「答える義務はないな。ただ、お前がしてきた行いが影響している、とだけ」

「何だと……? 意味の分からないことを……!」


 相手の働いてきた悪行に比例して強さを増す。

 それがこの魔鎌イガリマの能力だ。


 マリアーヌの執行係数は非常に高い数値を示しており、その分だけ俺のイガリマも強化されていた。

 普段よりも黒々とした粒子を帯び、禍々しい雰囲気を纏っている。


「おのれ、こうなったら……」


 マリアーヌは懐から液体の入った瓶を取り出し、一気に飲み干す。

 それは見覚えがあるものだった。


「あれは……」


 そう、あれは確か獣人族やテティを利用していた大司教クラウスが服飲していた魔法薬だ。

 確か、魔力を上昇させる効果があったはず。


「ク、ハハ……! さすがあの方が調合してくださった魔法薬だ! これなら更に上位のモンスターを召喚することもできる!」


 魔法薬を飲み干したマリアーヌは先程までとは打って変わった様子で空を仰いでいた。


 ――確か、あのクソ司教も言っていたな。「あの方」の調合した薬だと。


 恐らく「あの方」というのがここ最近の事件の裏で暗躍し、王家に関わっている人物、マルク・リシャールなのだろう。

 ということはやはり、このマリアーヌもマルクと何かしらの接点があるということになる。


「ククク、今度こそ貴様も終わりだ。……さあ、伝説の魔獣よ! その姿を表すが良い!」


 マリアーヌが声高らかに叫ぶと、空中に黒い稲妻のような閃光が走る。


 ――グルガァアアアアアア!!


 そして、現れたのは巨大な黒い狼だった。


「あ、あれはまさか……、《黒狼・ヘルハウンド》!? 伝承の中にしか存在しない魔獣を喚び出すなんて……」

「ハーハッハッハァ! どうだい? これが私たち魔人の真の力さ! これで貴様も終わりだ!」

「…………」


 マリアーヌはヘルハウンドを召喚したことで勝利を確信したのか、自信満々に高笑いをし始めた。

 それに対し、俺はどう反応すべきか思考を巡らせる。


「どうしたんだい? ビビって声も出ないかい? 無理もないかもねぇ。こんな魔獣、人間のお前は目にしたことも無いだろうからねぇ!」

「いや、その魔獣ならよく知ってるさ」

「何……?」


 魔獣ヘルハウンド。

 俺が以前、貴族のゲイル・バートリーを執行する際に召喚した魔獣だ。


「魔獣を喚び出し、操るジョブ能力【魔を従える者デモンズサモナー】か……。その能力もよく知っているよ」

「な、何を言って――」

「俺もそのジョブ能力には世話になってる」


 理解できない様子のマリアーヌを尻目に、俺は青白い文字列を表示させる。


==============================

累計執行係数:189,957ポイント

執行係数5,000ポイントを消費し、【魔獣召喚】を実行しますか?

==============================


 承諾――。


「魔獣召喚、ヘルハウンド――」

「え……?」


 唱え、俺の傍らには別の個体のヘルハウンドが召喚された。

 その体躯はマリアーヌが召喚したヘルハウンドよりも更に巨大で、一回り以上に大きく見える。


「そのジョブ能力を持つ者が召喚する魔獣は、喚び出した本人の力に依存するってこともな」

「え…………。は?」


 ――グゴァアアアアアアアアアアアア!!!


 俺の喚び出したヘルハウンドが咆哮すると、マリアーヌの召喚したヘルハウンドは力量差を悟ったらしい。

 頭を下げ、服従の意を表明する。


 その様子を見て、呆けていたマリアーヌが正気を取り戻したのかおもむろに叫んだ。


「ば……! 何をしているヘルハウンド! そんな奴が本物の魔獣を召喚できるものか……! 見掛け倒しに決まっている! かかれっ! かかれと言っている……!」


 ――クゥン……。


 しかし、マリアーヌの召喚したヘルハウンドは首を振り、怯えたように小さく唸るばかりだ。


「そ、そんな……」


 やがて召喚を維持できなくなったのか、相手のヘルハウンドは消滅し、マリアーヌはひざまずく。


 ――グルルルル。


 そして俺の召喚したヘルハウンドは嬉しそうに喉を鳴らして、俺の脇腹へと頭を擦りつけていた。


「嘘、だ……。魔人であるこの私が、人間ごときに……」


 マリアーヌはガクリと肩を落とし、明らかに戦意を消失しているようだった。


 そんなマリアーヌに向け、俺は一言呟く。


 ――執行完了ざまぁみやがれ、と。

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