第34話 執行開始


「やっぱりアンタだったんだな」


 俺が言い放った言葉にマリアーヌは歪んだ笑みを浮かべる。

 そこに先程までの穏やかな雰囲気はかけらも残っていなかった。


「せっかくレイシャがいなくなった頃合いを見て実行したのに、貴様のような邪魔者付きで戻ってくるなんてねぇ。本当に誤算だったよ」

「ど、どういうことですかマリアーヌ先生……」

「コイツが孤児院に火を着けた黒幕ってことだ。子供たちを殺そうとした、な」

「う、嘘……」


 俺が今一度を告げると、レイシャはその事実を拒絶するかのように後退あとずさ


「そんなはずない……! マリアーヌ先生は私たちのことをずっと世話してくれたのよ!」


 レイシャは理解が追いつかないという様子で叫ぶ。

 いや、理解が追いつかないというよりも、理解に追いつきたくないと言った方が正しいのかもしれない。


 レイシャにとってマリアーヌは家族のような存在だろう。

 それでも、俺がこの場面にレイシャを連れてきたのは、それでも「理解」をしてもらう必要があったからだ。


「孤児院に送られていた金を懐に入れ、その上で子供たちを焼き殺そうとしたってことか。しかしその理由は何だ? なぜ長年一緒に暮らしてきた子供たちを殺そうとする?」

「もう不要だったからだよ」

「不要だと……?」

「っ――」


 マリアーヌが発した冷酷な言葉にレイシャが息を呑む。


「ああそうさ。そもそも私はガキが大嫌いなんだよ。『目的』のためにガキと家族ごっこを演じていただけ。本当は一刻も早く終わらせたかったんだけど」

「…………」

「レイシャ。私の演技も中々だったでしょう? 特にあなたは私のことを信じきってくれていたみたいだからねぇ」


 マリアーヌが続けたその言葉にレイシャはとても悲しそうな目をしてうつむく。


 このクソ野郎が。

 俺は人の心を踏みにじったその言動に怒りを覚える。


 ――いや、落ち着け。マリアーヌから聞き出せたのはまだ半分だけだ。


「その嫌いな相手と長年暮らしていたのは何故だ。あれだけのモンスターを召喚できるならいつでも殺せたはずだろう?」

「そこまで答える義務は無いねぇ」


 マリアーヌは煽るように肩をすくめた。

 その挑発的な態度は孤児院にいた時とは別物だ。


「…………もしかして、ミークのことと関係があるの?」


 言ったのはレイシャだった。

 確かミークというのは、俺たちが孤児院へと駆けつけた時にマリアーヌと一緒にいた子供だったはずだ。


「……へぇ。よく分かったねぇ」

「どういうことだ、レイシャ?」

「マリアーヌ先生はミークが授かったジョブを調べるため、王宮に連れて行こうとしていたの」

「王宮に?」

「ええ。火事になっていた時も、ミークだけがマリアーヌ先生に連れられて無事だったから。もしかしたら、ミークがさっきマリアーヌ先生の言っていた『目的』なんじゃないかって……」

「……なるほど」


 マリアーヌがあの孤児院で院長をやっていたのは、ミークという子が授かったジョブが目的だったのだろうか。

 いや、求めていたジョブを授かったのがミークで、目的が達成できたからなのかもしれない。


 いずれにせよ、自分の目的のために偽りの外面を作り、子供たちを利用していたということだ。


 ――そして、ここでも王家か……。


 以前執行したゲイルという貴族の男も自分の子供を武力として王家に提供しようとしていた。

 恐らく裏で関わっているのはあの男だろう。


 俺は、テティを救出した時に現れた謎の少年を思い浮かべる。


 ――マルク・リシャール。あいつがここ最近の事件に絡んでいるということなのか……?


「さて、もう全部バレちゃったみたいだし。もうこの醜い姿にこだわる必要も無さそうだね」


 言って、マリアーヌの周囲を黒い瘴気が包み始める。

 それはとても禍々しい気配を帯びていて、どことなく俺の魔鎌イガリマに似た雰囲気を持っていた。


 ――これは、マルクが大司教クラウスを殺した時と同じ……。


 そして、黒い瘴気が収まり、そこにいた人物の姿があらわになる。


「あれは……、《魔人》……」


 レイシャがうわ言のように呟く。

 そこにいたのは、頭から二本の角を生やした若い女性の姿だった――。


「私の名はマリアーヌ・レンツェル。千年前、人間どもに敗北した魔人族の生き残りだ」


 マリアーヌは大仰に両手を広げ、憎しみのこもった目でこちらをめつけている。


「そんな……。魔人族は千年前に人間との戦争で滅んだって伝えられているのに……」

「……」


 変貌したマリアーヌの姿は人型ではあったものの、頭から生えた角やモンスターのように鋭く尖った手など、所々が異形だった。

 レイシャの漏らした言葉通り、魔人族は千年前に滅んだとされている・・・・・


 が、それは伝承の中での話だ。

 俺はそれが真実ではないことを知っている。


「……なんだい。そっちの男はあんまり驚いていないみたいだね」

「ああ。魔人なら会ったことがあるからな」

「へぇ……」

「え……?」


 俺の言葉にマリアーヌ、レイシャの二人共が俺に目を向ける。


 「会ったことがある」というのは正確な表現ではないかもしれないが、それは今説明する必要はない。


 俺は攻撃性をあらわにするマリアーヌを見て、構えを取る。

 もう話をする時間は終わりのようだ。


「ならこれも知ってるでしょう。魔人は人間とは比べ物にならない程の能力を持つ。例えば、こんな風にねぇ!」


 ――ブォン。


 マリアーヌがジョブ能力を使用したのだろう。

 突如として複数体の獣型モンスターが現れる。


 そのモンスターはどれもが巨大で、どれもが常人であれば目にしただけで戦意を喪失してしまうほどの圧を放っていた。


「人の基準で言うならS級モンスターってところさ。それが五体。真実を知ったお前にはコイツらの餌になってもらうよ!」


 マリアーヌは余計な行動を取らず、すぐさま俺に向けて召喚したモンスターをけしかけてきた。


「私の下僕たちよ、その男を食い殺せっ!!」

「――っ! 逃げて……!」


 マリアーヌとレイシャの声、そして襲いかかるモンスターの咆哮を聞きながら、俺は静かに命じる。


 ――《魔鎌イガリマ》、顕現しろ。


「憎き人間め、死ねぇっ!!」


 ――ギシュッ。


 マリアーヌの召喚したモンスターたちが俺の眼前まで迫り、そして停止した。


「アハハハハハハハッ!!」


 モンスターの牙が俺を貫いたと思ったのか、マリアーヌの勝ち誇った笑い声が響く。

 しかし――、


 ――ドサドサッ。


「な――ッ!?」


 倒れていたのはモンスターたちの方だった。

 振るったのはマリアーヌの執行係数302,738ポイントを参照したイガリマだ。


 モンスターは一匹残らず両断され、俺の周囲にかばねを晒している。


「これで終わりか?」

「そ、そ、そんなバカな……!?」


 返ってきたのは焦燥と驚愕が入り混じったマリアーヌの声だった。

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