第30話 事件の発生
「な、何よ、あなたたちは――」
俺は冒険者パーティーの金を盗んだという赤髪の女性が孤児院から出てくるのを待って声をかけた。
「うん。アデル、依頼者の人たちと同じ匂い。間違いないと思う」
「そうか、了解」
テティが女性のつけているであろう香水の匂いを確認できたらしい。
外見も依頼者たちから聞いていたものと一致するし、この女性が冒険者パーティーから金を盗んでいた犯人というのが濃厚だろう。
「ちょっと失礼しますね」
「くっ――」
メイアが音もなく背後に回り、赤髪の女性の退路を断つ。
「人さらい……には見えないわね。一体私に何の用かしら?」
「君に聞きたいことがある。なぜ冒険者パーティーから金を盗んだ?」
「……なるほど、そういうこと。あなたは冒険者たちに依頼された取り立て屋ってところかしら? ただ、悪いけど私は捕まるわけにはいかないの」
赤髪の女性は俺と背後にいるメイアをちらりと見て観察した。かと思うと、後方のメイアに向けて疾駆する。
「邪魔だ! どけえっ!」
メイアは
男の俺に向かうよりそちらに向かった方が逃げおおせる可能性は高いと踏んだのだろう。
「確かに私はそこにいる人には到底及びませんけどね」
「なっ……!」
メイアが赤髪の女性の攻撃を軽く受け流し、すぐさま腕を捻り上げ関節を
「く、そっ。離せ……!」
「離しても良いですけど、もう逃げません?」
「…………く」
赤髪の女性はその攻防で逃亡が不可能だと悟ったのか、観念したように
それを見てメイアはにっこりと微笑み拘束を解く。
「はい、じゃあ離します」
「あなた、それだけの実力があるのに……。本当にそこにいる男の方が強いの……?」
「はい! 間違いありません!」
「……そんな満面の笑みで言うことじゃないと思うけどね」
赤髪の女性はぐったりとした様子でその場にへたり込む。
俺の隣にいるテティは先程のことがあってか身構えていたが、この様子ならもう逃げるような真似はしないだろう。
俺は執行人のジョブ能力を使用し、赤髪の女性の執行係数を測る。
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対象:レイシャ・グランベル
執行係数:313ポイント
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――やはり低いな……。
多額の金銭を常習的に盗み出している割には執行係数が高くない。
その事実から思案するが、まずは聞きたいことがある。
俺は話しかけようと一歩踏み出し、レイシャに見上げられる格好になった。
「あなたまさか、あの黒衣の執行人? 私をどうするつもり?」
「レイシャ・グランベル。君と話をしたい」
「何で私の本名を知って……。どこかで会ったことあるかしら?」
執行人のジョブ能力を使って対象を目視すれば、執行係数と合わせて名前も確認可能だ。
――それに二年前にも……。
と、それは今置いておこう。
「まあいいわ。で? 盗んだ金を返せってことかしら?」
「いや、君がもう金を持っていないことは分かっている。あの孤児院の院長に渡したんだろう?」
「っ……! あなた、もし――」
「っと、落ち着け。別にあの孤児院に手を出すとかはしないから。俺が聞きたいのはレイシャが金を盗んだ理由だ」
「理由……?」
「ああ」
レイシャが盗んだ金を孤児院の院長に渡しているのは見ていたから知っている。
ただ、俺には分からないことがあった。まずはそれを確認したい。
「……金を盗んだのは、あの孤児院を救いたいからよ」
「孤児院を救う? それが理由か?」
「そうよ。……あの孤児院の子供たちはとても貧しい思いをしている。だから私はあそこに金を運ばなくちゃならないの」
レイシャは強い意志を持った目で俺を見上げている。
「古びたパンを薄めたスープに浸して、夜を照らすための
「目的は立派だ。しかし手段は褒められたもんじゃないな」
「……そんなこと、分かってるわ」
レイシャの気持ちはよく分かる。
死が迫るほどの窮地に立たされた時、綺麗事だけでは生きていけないと実感したことなら俺にもある。
「でも、私がいなくなればあの子たちやマリアーヌ先生は暮らしていけなくなる。だから、恥を忍んでお願いするわ。見逃して欲しい」
「……」
嘘をついている目ではない。
自分が逃れるためにでまかせを言っている様子でもない。
そもそも、執行係数の低さからしてレイシャが言っている動機は真実だろう。
貧しい孤児院を救うために手段は選んでいられないと。だから見逃して欲しいと。
レイシャのそういう主張は分からないわけではないが……。
――それでも、レイシャが盗みを働いてまで孤児院に金を入れなければならないという状況はおかしいのだ。
俺は毎月、情報屋のフランを通じてあの孤児院に匿名で資金を援助してきた。
二年前の視察で孤児院を救うと約束したにも関わらず、追放されてそれができなくなってしまった後ろめたさからだった。
しかし、となると妙なことがある。
フランは俺が渡した金銭を横取りするような奴ではないし、十分な額があの孤児院には届けられているはずなのだ。
それなのにレイシャはあの孤児院が生活もおぼつかない程の状況だと言う。
だとすれば、俺が支給している金はどうなったのか……。
俺がその矛盾を伝えるべきか迷っていた、その時だった。
「っ――! アデル!」
テティが急に声を上げる。
「孤児院の方から、何かが焼ける匂い……!」
「何……?」
恐らくテティは獣人族特有の鋭い嗅覚でその匂いを察知したのだろう。
孤児院の方から、焼ける匂い……。ということは――。
「レイシャ、君も来い!」
「え――」
レイシャを含め、俺たちは孤児院に通じる道を駆ける。
そしてまもなく孤児院が目に入ろうかという距離まで迫り――、
「あ、ああ……。そんな――!」
そこで目にしたのは、孤児院が炎に包まれている光景だった――。
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