第29話 【SIDE:レイシャ・グランベル(2/2)】窃盗犯は救いを求める


「レイシャ、もう行くのかい?」


 夜になって。

 子供たちに気づかれないよう孤児院を出ていこうとしたところ、マリアーヌ先生に呼び止められた。


「はい。久々にみんなと食事もできて楽しかったです。だけど、あんまりゆっくりしているわけにもいかないから」

「すまないね、レイシャ。せめて私ももう少し動ければ、あなたにここまで苦労をかけることも無いだろうに……」

「そんな。マリアーヌ先生は子供たちの面倒を見るので精一杯でしょう? みんなまだまだ手のかかる子供たちばかりだし仕方ないわ」


 マリアーヌ先生は捨てられた私たちを引き取り、本当の母親のように接して育ててくれた人だ。

 今では孤児院を出た私だが、マリアーヌ先生のことを慕っているのは変わらないし、きっと他の子供たちも同じ気持ちだと思う。


「せめて王家の人たちがもう一度話を聞いてくれると良いんですけどね。……あ、もしかして、マリアーヌ先生はそのこともあってミークのジョブ能力鑑定を王家に?」

「……」

「先生?」

「……え? ああ、そうだね……。ミークのジョブ能力を調べる必要があるのは確かなんだけど、王家に行ったらこの孤児院への資金援助を掛け合ってみようと思ってねぇ」

「そうですか……」


 それでも厳しいだろうなと、私は考える。


 ――二年前、私たちの孤児院は王家から援助を受けられるはずだった。


 当時の第七王子――確かアデル・ヴァンダールという人だった――が孤児院を視察しに来てくれて、内情などを詳しく聞いていたのを覚えている。


 そして、その人は孤児院の現状を王家に伝えると、この孤児院を救うと約束してくれたのだ。

 これで孤児院は救済されるのだと、私たちは皆喜んだ。


 なのに……、その人が王家を追放されたという噂があり、話は流れたままになっていた。


 叶わない希望なら見せられるだけ邪魔だ――。


 そんな当時の私の考えは身勝手なものだったと思う。

 けれどその時、私は自分の手でどうにかするしかないと悟ったのだ。


 幸いにも私は見目が良い方だったらしい。

 孤児院のみんなが褒めてくれて、私はそんなことよりみんなで同じ時間を過ごせることの方が何倍も大事だったのだけれど。


 でも、そのおかげで色んな冒険者パーティーにも潜り込むことができた。

 例え人の金を盗ることになろうと、私にとっては孤児院にいるみんなの方が大切だった。


「ごめん、マリアーヌ先生。もう行きます。たぶんまた、しばらくは帰れないと思いますが、子供たちのことをよろしくお願いします」

「……ああ。気をつけてね、レイシャ」


 私はそれ以上そこにいるとマリアーヌ先生に余計な思いまでぶつけてしまいそうで、足早に立ち去ることにした。



 孤児院の門を出たところで私は空を見上げる。

 気持ちの良い風が吹いていて、随分と久しぶりに星を見たなと、そんなことを思った。


 ――また、潜り込める冒険者パーティーを探さないと。それでまた、お金を盗んで……。


 私は歩き出し、そしてまた考える。


 ――いつまでこんなことを続ければ良いのだろう……。


 なんて身勝手な罪悪感かと、自分でも思う。


 私の行いが肯定されないことは分かっている。

 被害者ぶれる立場でないことも分かっている。


 けれど心のどこかで救いを求めている自分がいることを自覚して、私はそれが堪らなく嫌になった。


 そうやって思いにふけっていたからだろう。

 裏路地の影に入った所にいた人影に気付かず、からかけられた声に私はビクリとして反応する。


「――おい、ちょっといいか?」


 そこにいたのは、黒衣を纏った男だった。

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