第12話 盗賊団に対する執行依頼


 ――ゴルアーナ金貨1枚、シドニー銀貨12枚、ブロス銅貨7枚。


 ある日。

 俺とメイアが営む酒場、《銀の林檎亭》にて、符丁ふちょうとなる枚数の硬貨が並べられていた。


 硬貨を並べたのは酒場を訪れた老人たちだ。

 新たな仕事の合図である。


「こちらの部屋へどうぞ」


 老人たちを奥へと案内し、俺もメイアと共に部屋に入る。

 さて、今回はどんな屑が相手だろうか。


「お願いします執行人様。どうか我らの村を助けてください!」


 俺が椅子に座るなり、老人たちの内の一人が声を上げた。

 焦燥に駆られた様子で他の老人たちも一様に身を乗り出している。


「切迫しているのはお察しします。ですが、まずは落ち着いて状況をお聞かせください」

「あ……、すいません。つい……」


 俺は構わないと首を振り、説明を求める。


「私はラヌール村の村長、トニトと申します。実は先日から我らの村に盗賊団が住み着いているのです」

「なるほど、盗賊団ですか」

「ええ……。始め、奴らは村の食糧などを要求するだけでした。蓄えのない我らの村にとってはそれも痛手ではありましたが……」

「要求がエスカレートしてきたと?」


 俺の問いにトニト村長が神妙な面持ちで頷く。


 恐らく村は小さな規模なのだろう。

 見ると、トニト村長を始めとした老人たちはかなりくたびれた服を着ていて、ラヌール村が貧しい経済状況であることが窺えた。


「奴らが食糧の次に要求してきたのは金です。お察しの通り、我らの村は裕福ではありません。それでも、まだそこまでは許容することはできました」

「……」

「しかし、奴らの要求はそこで止まりませんでした。今日、陽の落ちるまでに村の人間を差し出せと言ってきたのです。奴隷商に売り飛ばせば少しは金の足しになるだろう、断れば村の人間をみせしめに一人ずつ殺す、と……」

「……状況、把握しました」


 力を持つ盗賊団の中には村を拠点にしようとする組織もある。


 理由は単純。

 その方が労力を費やして窃盗に及ぶよりも効率的で、村人を屈服させてしまえば恩恵・・にあずかれるからだ。


 その恩恵とは主に4つ。

 食糧と住居、金銭、そして「人」だ。


 そういう輩は他人の尊厳などお構いなしに、我が身の欲求を満たす目的でそれらを要求する。


 ――本当に、理不尽を生み出すクソ野郎どもは尽きないな……。


 ここのところリリーナやマリーの件で執行を遂行してきたが、まだまだ駆逐しなくてはいけない輩が多いようだ。


 俺は目を閉じて深く息をつく。

 隣にいるメイアも憤っていることは見なくても分かった。


 ふと俺はトニト村長が先程差し出した硬貨を見やる。

 その硬貨はどれもがすり減っていて、まさになけなしの金銭なのだろう。


 盗賊団に蹂躙されながらも人としての尊厳を失うまいという意思が込められているように感じた。


「お願いします執行人様……。どうか、村の窮地をお救いください」

「一つ、お伺いします。ラヌール村の領主は何をしているんですか?」


 俺は気になっていたことをトニト村長に尋ねる。


 本来、よほど辺境の村でない限りはその土地を管轄する領主がいるはずだ。

 領主は自身の統括する村々が危機に貧した場合はその防衛に当たることが基本、なのだが……。


「もちろん領主様にも状況は報告しました。ですが、村に救援を寄越してくださる様子は無く……」

「心当たりは?」

「実はこのところ作物が不作でして。小作料の支払いを不足させていたことが原因ではないかと」

「……そうですか。分かりました」


 納得しかけたものの、そこで俺はある一つの疑念を抱く。

 メイアも察したのか、目を閉じて考えを巡らせているようだ。


 が、それの吟味は後でいいだろう。

 まずは目の前の脅威を排除することからだ。


「諸々、承知しました。急ぎラヌール村に向かいましょう」

「おお、それでは……!」

「もちろん。今回の件、お引き受けします」


 そう告げると、トニト村長を始め老人たちが懇願するように頭を下げる。


 俺はその辞儀に応じ、ラヌール村に巣食った癌を取り除くべく執行用の黒衣に袖を通した。


   ◆◆◆


「い、いや……! 離して、離してください……!」


 日没前のラヌール村にて。

 盗賊団の男が抵抗する村娘の腕を掴んでいた。


「ほらほら嬢ちゃん。こっち来なって。ちゃんと可愛がってやるからよぉ」

「嫌です! やめ、て……!」


 盗賊団の男は村娘が悲鳴を上げてもお構いなしだった。

 それどころか村娘の抵抗で逆に劣情を催したようで、男は下卑た笑みを浮かべて舌なめずりをしている。


「ヒャハハハハ! いいねいいね。オレそういう感じの好みだぜ。せいぜい良い声で鳴いてくれや」

「おいおい、女に傷つけんなよ。奴隷商に売るとき値が落ちるぞ」

「別に一人くらい良いだろ。それにここ数日は女を喰ってねえんだ。我慢できねえよ」

「ったく、しゃあねえな。おかしらに見つかる前にさっさと済ませちまえよ」


 男は仲間からの返しを肯定と受け取り、村娘を物陰に連れ込んだ。

 そして村娘の衣服を乱暴に剥ごうと手をかけたところで、男の背中にコツンと小石がぶつかる。


「このっ! 姉ちゃんに手を出すな!」

「あァん?」


 姉に対する狼藉を止めようと弟が放った投石は、男の神経を逆撫でした。

 男は腰に差してあった短剣を抜き取ると、まずは邪魔者から排除しようと弟の方へと歩み寄る。


「や、やめてください! 弟には――」

「黙ってろこのアマ!」

「ぐぅ……!」


 蹴りを受けて村娘が転がる。

 男はそれを見てケラケラと笑った後、再び弟の方へ足を進めた。


「さぁて、悪いことをする腕は斬り落とさねえとなァ?」

「や、やめ――」


 村娘の制止にも止まらず、男は剣を振り下ろす。

 その残酷な行いをする中でも男の顔には嗜虐的しぎゃくてきな笑みが張り付いていた。


 ――ギシュッ。


 鮮血が腕から舞い、男の笑みが一層深くなる。


 が――、


「あン?」


 男の目の前にいる弟は無傷だった。

 そういえば、剣を振り下ろす途中で黒い何か・・・・が横切った気がすると、男は思い起こす。

 そして……。


「あ、アぁあああああ! オレの、オレの腕がァああああ!」


 遅れて激痛を感じ取ったのか、男は叫声きょうせいを上げてその場にうずくまる。

 吹き飛んだのは弟ではなく男の片腕だった。


「――悪党だが、一つだけ良いことを言った」


 突如かけられた声に男が顔を上げる。


「悪いことをする腕は斬り落とさないとな」


 そこには、黒衣を纏った少年が漆黒の大鎌を担いで立っていた。

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