第10話 ローエンタール商会、執行開始
「それじゃ、マリーはメイアの側を離れないでくれ」
「はい」
「お任せください、マリーさん」
俺たちはローエンタール商会の商館を前にして言葉を交わす。
マリーには危険だから待つように伝えたのだが、自分で申し出たことだからこの目で見届けたいと強く主張したため、メイアを護衛に付けることになった。
まあ、マリーを一人にしてローエンタール商会の手先と鉢合わせないとも限らないし、この方が安全だろう。
「止まれ、怪しい奴め。ローエンタール商会に何の用だ?」
商館の門に近づいたところ、門兵の男たちが警戒した様子で槍を突きつけてきた。
相手は敵意剥き出しのようだが、とりあえずは
「ここの商会長さんと話をしたいんだが、取り次いでもらえないか?」
「クハハハハ。こいつはお笑いだ。お前みたいなガキに商会長様がお会いになるかよ」
「お? 後ろにいるのは例の花屋の女じゃねえか?」
「ホントだな。クックック、のこのこと現れるなんて馬鹿じゃねえのかコイツ」
門兵の男たちは口々に呟き、嘲笑しながらマリーを見下ろしている。
「あんなみすぼらしい花屋なんかのために強情になるんだから、ホントに馬鹿なんだろ――プギュッ!」
前言撤回。
やっぱり下手に出る必要は無い。
「お、お前、何しやがっ――プギュッ!」
もう一人の門兵にも
この程度の相手であれば魔鎌イガリマを召喚するまでもない。
「え? え……?」
「大丈夫ですよ、マリーさん。アデル様はちゃんと手加減されてますから」
「いえ……。何が起きたか見えなかったんですが……」
マリーは困惑顔で倒れ込んだ門兵二人を交互に見やっている。
とりあえず中に入ろうと、俺はローエンタール商会の敷地に足を踏み入れることにした。
「では、お邪魔するとしよう」
***
「何者です……?」
商館の中に入ると不愉快な声に出迎えられる。
ロビーの向こうには無駄に広い執務机があり、そこにふんぞり返っている痩せ男が発した声だった。
確か、昼間マリーに絡んでいたローエンタール商会の長だ。
室内はあちらこちらに金で装飾された調度品が並んでおり、いかにもな成金趣味を窺わせる。
特に目を引くのが痩せ男の背後にある巨大な黄金の女神像だ。
――何だこの悪趣味な空間は。まさか街の商人たちから吸い取った金をこんなことに使っているのか?
俺は痩せ男を
人が必死に稼ぎ得たものをかすめ取り、平気で自分勝手な欲望のために費やす。その糞みたいな倫理観に腹が立った。
「おや? おやおやおやおや! マリーさんではないですか! どうしたんですか? やっぱりワタシたちの建てる娼館で働こうという気になったんですかぁ?」
痩せ男は俺の後ろにいるマリーに気付くと、薄気味悪い笑いを浮かべながらにじり寄ってくる。
「そうですよねぇ。あんなところで花屋なんていう儲からないお店をやるよりも大きく金を稼いだ方がいいですからねぇ。いやぁやっとマリーさんもそれに気付いてくれましたか。やはり世の中は金ですよ。金があれば人を思い通りに動かすことだってできるのです。贅沢というのは金を持つものだけに許された特権ですよね。見てくださいこの部屋を。とても心温まる空間でしょう。金というのは周りに置くだけでも心を豊かにしてくれるのです。もう金を失った生活なんて考えられませんね。これからもワタシは金をかき集めて優雅な人生を送り続けますよ。なぁにマリーさんもお金を稼げばすぐにこんな風になれます。大丈夫最初は不安かもしれませんがワタシがちゃあんと手ほどきしますから――」
「「「……」」」
あまりに不愉快で3人揃って口をつぐんでいた。
途中からは耳が聞くことを拒絶していた感すらある。
話している内容が癇に障ったのか、それとも痩せ男が生理的に受け付けられないのか、メイアなどはゴミを見るような視線を痩せ男に向けている。
フードを被っている俺はまだしも、マリーの隣にいるメイアにも昼間会っているだろうに。気づかないとはおめでたい奴だ。
「おい、ヒョロガリ男。マリーから店を奪い取る上に娼館で働かせるだと? 冗談はその不愉快な顔だけにしろ」
「な、何ですかアナタは。このローエンタール商会の長であるワタシに向かって無礼な口は――、っ!」
痩せ男が俺の顔を覗き込むようにしたところ、言葉が切れた。
ようやく気付いたらしい。
「あ、アナタは、昼間の……。それに、まさかその風貌は……、《黒衣の執行人》――」
「そういうことだ」
「ぐ、ぬぬ。ワタシたちを執行しに来たというのですか……。しかし良いのですか? ワタシたちローエンタール商会のバックには、な・ん・と王家が付いているんですよ!」
「そうか。でも、俺にとっちゃ関係ないね」
「な、何ですって!?」
痩せ男にとって俺の返しは予想外のものだったのだろう。
目を見開きながら、
権力で脅しをかける連中はいつもそうだ。
自らの地位が、あるいは自らの後援が、相手を
権力というものが全てに通じる万能の矢だとは限らないのに。
――まあ、そうやって自分に都合の良い見方しかしないから、他人に理不尽を強いても気にしないんだろうけどな。
「要求する。これまで巻き上げた金を街の商人たちに返せ。そして二度と手を出すな」
「ふ、ふざけるな! 何故ワタシが築いてきた財産をみすみす手放さなければならないのです!?」
「築いてきた? 奪い取ってきたの間違いだろ?」
俺がそう言うと、痩せ男は怒気を孕んだ目で睨み返してきた。
「無礼なガキめ……。このワタシに指図するつもりですか。ワタシの努力の結晶である金を手放せとは……」
「要求は
「呑むわけ無いでしょうこのバーカっ! 黒衣の執行人だかなんだか知りませんが、ワタシが金の力で手に入れた武力の方が上なのですからねぇ!」
痩せ男がパチン、と指を鳴らすと奥の方から武装兵が現れる。
おそらく金で雇っている精鋭の護衛だろう。
イガリマを召喚して相手してやってもいいが、まとめて相手をするのは面倒だ。
それにマリーがいることを考えると、なるべく近づかせずにリスクなく終わらせたい。
「ククク、どうです? 金さえあれば命だって買えるとはこういうことですよ。ワタシは金の力で守られるのです。アナタがどれだけ強力なジョブを持っていようとも、10人以上いる武装兵に敵うはずが――」
――アレ、使ってみるか。
俺は一つ息を吐いてから念じ、青白い文字列を表示させる。
=====================================
累計執行係数:105,069ポイント
執行係数6,000ポイントを消費し、【聖騎士】のジョブ能力を使用しますか?
=====================================
――承諾。
「さあ、ワタシの兵たちよ! その目障りな偽善者を叩き潰してやりなさい!」
痩せ男が意気揚々とかける号令。
しかし、武装兵たちは主の声に反応することなく沈黙している。
「「「……」」」
「ど、どうしたのですか兵たちよ。かかれと言っているのです!」
ドサドサッ――。
「なァっ――!?」
痩せ男の周りにいた武装兵は一人残らず地面に倒れ込む。
身につけていたはずの武具は斬り刻まれ、全員が気絶していた。
――風神剣。
精霊の加護を受けることができる聖騎士のジョブ能力の内、風を駆使する技だ。
元の持ち主であるゲイルは剣速を上昇させる能力だと認識していたようだが、応用すればこうして風の斬撃を飛ばすこともできる。
「さすがアデル様。あの悪徳貴族が使っていたのとは比べ物にならない威力です」
「いや、まだ制御が少し甘いかな。使い込めば慣れると思うが」
「それでも十分すぎると思いますけどね」
メイアには俺が何をしたのか見えたのだろう。
後ろから賛辞の言葉を投げてくれたが、もう少し精度を上げたいところである。
「こ、これはアナタがやったのですか!?」
「残るはお前一人だヒョロガリ野郎。これでもまだ戦うか?」
「……」
痩せ男はわずかな逡巡の後、降参の意を表するかのようにガクリと
が――、
「なぁーんてねぇ!」
痩せ男は奇声を上げると懐から何かの操作機のようなものを取り出し、すぐさまそのスイッチを押した。
すると痩せ男のいるすぐそばの床が音を立てて開き、そこから大型の設置式銃器がせり上がってきた。その砲身すべてが俺の方を向いている。
「これは王家から供給された特注品でしてねェ! おおっと、動かないでくださいねぇ。変な動きを見せたらコイツで蜂の巣ですよぉ!」
「……」
俺が前方に突き出していた手を下げると、痩せ男は余裕の表情を浮かべている。
「ククク。観念しましたか。これで形勢逆転ですねぇ。ガキが偉そうな態度を取りやがって……。土下座して靴でも舐めたら楽に殺してあげますよぉ!」
「いや、もう終わった」
「……何?」
「メイアさんっ、私のことは構いません! アデルさんに加勢を……!」
「いえ。その必要はないみたいですよ、マリーさん」
「えっ?」
ミシミシ――と。
痩せ男の方から何かが砕ける音が聞こえてきた。
正確には、痩せ男の背後にある巨大な黄金女神像の台座から、だ。
俺が発動した風神剣により支えを失った女神像が傾いていく。
「んなッ――!」
痩せ男が背後を振り返るが遅い。
間抜け面を晒したその頭上に、黄金の女神像が倒れてくるところだった。
「あぁあああああああ!」
――ズゥウウウウン!!
耳をつんざくような轟音を響かせながら、女神像は痩せ男を押しつぶした。
「そん、な……。このローエンタール商会の長であるワタシ、が……」
痩せ男は黄金の女神像の下敷きになりながら白目をむいて気絶する。
――自分たちが吸い取ってきた金の象徴に押しつぶされるとは、まさにこの言葉がお似合いだ。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます