第8話 王都リデイルにて、愚者の交渉
「久しぶりのアデル様とのデート、とーっても楽しみです」
「はいはい」
その日、王都リデイルはよく晴れていた。
俺は侍女のメイアに腕を引っ張られながら歩いている。引っ張られる、というより絡め取られている、と表現した方が正しいかもしれない。
更に言うなればメイアは自分の体の
俺は気を紛らわすため好物の林檎を取り出し、口にした。
「さてさて、何を買いましょうかアデル様。そうだ、お花なんてどうです? お店に飾りましょう」
「んー、却下」
「えー」
メイアは可愛いものに目が無い。
そのためか珍しく不服そうに抗議してくるが、今日は切らしていた食材の調達が目的だ。
そもそも酒場に花なんていらないだろうに。
そんなやり取りをしながら一軒、二軒と店を回っていく。
俺たちの構えている酒場は王都の外れにあるため、こうして久々に中心街まで出てくると人の多さにクラクラした。
「おい、聞いたか? あのバードリー家の当主が替わったらしいぞ」
「ああ。あの《黒衣の執行人》が動いたらしいな」
「前の当主、ゲイルだったか? 子供たちの
「悪を
街の往来をメイアと歩いていると、号外文書らしきものを手にした連中から声がちらほらと聞こえてくる。
「ですって、アデル様」
「持ち上げられすぎだな。そもそも俺は正義なんか掲げられるほど偉いわけじゃない。ただ理不尽が嫌いなだけだ」
「ふふ。そういうことにしておきましょうか。でも、私はアデル様がどんなことをしてきたのか、ちゃーんと知ってますからね」
言って、メイアが柔らかく笑う。
ちなみに今日のメイアはいつもの給仕服ではなく、私服を身に着けていた。
本人曰く「気合を入れました」とのこと。
ふわりとしたスカートを風に揺らし、陽光に銀髪をきらめかせながら歩く様は否が応にも目を引く。
時折、メイアが腕を絡めている俺に対して殺意のこもった視線を向けてくる男もいたが気にしないでおいた。
「さて、これで買い出しはあらかた済んだな。帰るか」
「え……、もう帰るんですか?」
「いや、だって買うものは買ったし」
「それはそうですけど……」
メイアは顔を伏せて、ちらりと目だけをこちらに向けてきた。
「………………もう?」
そんな悲しそうな顔で上目遣いをされても困る……。
「あ、お花を買ってません」
「だからいらないって」
「むぅ。でも、まだお昼ですよアデル様。せっかくですし昼食くらいは街で食べていきましょうよ。……そうだ! 酒場に新しいメニューを取り入れるための研究、ということにしましょう!」
「なあメイア。『ということにしましょう』って言葉は騙そうとする相手に言っちゃいけないやつだぞ」
仕方ない。確かにメイアの言う通りせっかく
昼飯くらいは食べていくか。
そう考え、メイアに声をかけようとしたその時だった。
「キャァアア――!」
街の通りに女性の悲鳴が響く。
声のした方を見ると、屈強そうな大男たちがこじんまりとした花屋を取り囲んでいた。正確には花屋の店頭にいる女性を、だ。
辺りを歩いていた人間も女性の悲鳴に反応したようだったが、厄介事には巻き込まれたくないと判断したのか視線を逸らしてそそくさと去っていく。
「困りますねぇ、マリーさん。先月中にこの場所を立ち退くよう伝えたはずですが?」
「だ、誰があなた達なんかに……! ここはお母さんから受け継いだ大切なお店なんです!」
「そんなの知ったこっちゃありませんよ。ここにはワタシたちローエンタール商会が管理する立派な娼館を建てるんですからねぇ。マリーさんのように可憐な方ならワタシたちの娼館で働けば人気が出ること間違いなしだと思うのですが?」
「ふざけないでください。絶対に嫌です」
「そうですかぁ。仕方ありません。なら教育させていただくとしましょうか」
「い、いやっ……!」
花屋の女性店主と相対しているのは男たちの中で唯一痩せ型の男だ。恐らく男たちのリーダー格なのだろう。
痩せ男がパチンッと指を鳴らしたのを合図に、大男たちが女性の黒髪を掴んで連れて行こうとする。
――やれやれ。白昼堂々よくも……。
「行きますか、アデル様?」
「ああ、もちろん」
俺はメイアと短くやり取りした後、瞬時に痩せ男の前へと躍り出る。
「ちょっと失礼しますよ、っと」
「な、何です、アナタは? ワタシたちは交渉の最中なんです。邪魔をしないでくれませんか」
「へぇ。こんな一方的に暴力をチラつかせて、あまつさえ女性の髪を掴んで交渉と言うとは知らなかったよ」
「反抗的な態度ですね。アナタ、ワタシがローエンタール商会の人間だと知って……、痛ぁああああああ!」
俺が痩せ男の腕を捻り上げると悲鳴が上がった。
「こ、こ、こんなことをしてタダで済むと思ってるんですか!? ワタシはローエンタール商会の商会長で――」
痩せ男が変な体勢で何か言っていたが無視する。
「おい、お前らもその女性を離せ。でないとこいつの腕をへし折るぞ」
俺が痩せ男の腕をよりきつく締め上げてみせると、女性店主の髪を掴んでいた男が慌てて手を離した。
「クッ……。どこの誰だか知りませんが、こんなことをしてタダで済むと思ってるんですか!? ワタシはローエンタール商会の――」
「おい君、大丈夫か?」
「話を聞けぇ!!」
うるさい奴だな。
俺が女性店主の方へ駆け寄り声をかける一方で痩せ男が何か
「こ、このォ!」
「む――」
痩せ男が懐から小型のマスケット銃を取り出し、銃口をこちらに向けようとしていた。
まったく、一時の感情で得物を向けるとは。
俺は痩せ男の緩慢な動作より速くジョブ能力の使用を試みて――、途中でやめた。
本当にやれやれだ。
「私のアデル様に銃を向けるとはいい度胸ですね」
「んなっ!」
痩せ男の首元には、メイアがスカートの中から取り出した短剣が突きつけられていた。
その短剣を握るメイアの表情は実ににこやかで、それが一層の恐怖を呼んだのだろう。
痩せ男は銃を取り落し、ガチガチと歯を震わせていた。
「おやおや、寒いんですか? こんなに良い陽気だというのに」
「あ、う、あ……」
「メイア、その辺にしてやれ。そいつ、漏らしそうだぞ」
「……それは勘弁ですね」
言ってメイアが喉元から短剣を下ろすと、痩せ男は
周りにいた大男たちも慌てて痩せ男の後を付いていく。
「お、おのれぇ! ワタシに
離れた所から痩せ男が何か叫んでいるようだ。
でも悪い。恐らく名乗っているんだろうが、遠すぎて聞こえん。
(お邪魔しちゃってすいません。アデル様ならあんな人、余裕でボコボコにできると思ったんですが……)
(いや、良くやってくれたよメイア。俺もこんな人の目があるところで能力を使うのはどうかと思ったしな)
メイアがこっそりと耳打ちしてきて、俺もそれに応じる。
「あ、あの……。ありがとうございます」
「怪我が無いようで良かったよ。それにしても、一体何があったんだ?」
花屋の女性店主は俺が尋ねるとわずかに言いよどむ。
そして、何かに決意したように顔を上げると、胸の前で両手を重ねながら叫んだ。
「あのっ、お願いです! どうか私を、このお店を助けてください!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます