第7話 【SIDE:マリー・フライト】 新たな依頼者


「おい、また《黒衣の執行人》が現れたらしいぞ!」


 王都リデイルのよく晴れた日。


 花屋の開店準備をしていた私はその声に反応して手を止める。

 街の往来では人だかりができていて、その中心では号外が配られているようだ。


「やあマリーさん。今日も精が出るね」

「あ、おはようございます」


 声をかけてきたのは、花の卸売をしてくれている行商人の男性だった。

 納品分の花を受け取り、私はペコリとお辞儀をする。

 とある事情・・・・・により今では私と取引をしてくれる人は少なくなってしまっため、ありがたい限りだ。


「さっきそこで号外もらったんだけど、凄いねぇこの人。ほら、マリーさんにも一部あげるよ」

「ありがとうございます」


 行商人さんから受け取った号外文書に目を落とすと、『黒衣の執行人、現れる!』という見出しが飛び込んできた。

 内容を読むと、どうやらバートリー家という貴族の問題に関係しているようだ。


「バートリー家と言えば、前々から良くない噂のあった貴族ですよね?」

「ああ。何でも、当主が子供たちに虐待まがいのしつけをしていたらしい。地位が高いから王都の自警団も手が出せずにいたとか」


 読み進めると、その窮地を救った黒衣の執行人という人物を称賛する内容が目立つ。


 また、新しく屋敷の当主になったらしいリリーナ・バートリーという女性が写真に写っていて、その人が取材に応じた内容も記載されていた。


 それによると黒衣の執行人という人物の詳細については伏せられていたが「幼い子供たちを含めて窮地を救ってもらった」「このご恩について一生忘れることはない」という感謝の言葉がつづられている。


 黒衣の執行人という言葉から連想される物々しい印象。

 記事の内容はそれとは裏腹で、何だか幼い頃に童話で読んだ正義の英雄みたいだと思う。


「マリーさん」


 かけられた言葉に顔を上げると、行商人さんが暗く沈んだ顔を浮かべている。

 そして、次にかけられた言葉は私にとって衝撃的なものだった。


「悪いが、マリーさんのところに品をおろしてやれるのはこれが最後になりそうだ」

「そ、そんな……! どうしてですか!?」


 商いをやっているものが商品を調達できなくなるというのは自身の生活にまで及ぶ問題だ。


 行商人さんは頭に載せた帽子を目深に被り直すと、悔しそうに口を結ぶ。

 その姿を見て私は察した。


「まさか、ローエンタール商会が……」

「ああ……。昨日、ヤツらがやってきてね。マリーさんのところと縁を切らなければ家族がどんな目に遭っても知らないと脅されたよ」

「あ……」

「マリーさんのところも懐事情が苦しいのは分かってる。けど、こればっかりは……」


 ローエンタール商会。

 最近になってこの周辺一帯を仕切るようになった新興商会の名前だ。

 元々は自治的な商いが認められていたこの地区に割って入ってきた組織でもある。


 ローエンタール商会は「何かトラブルがあれば自分たちが手助けする」という大義名分を掲げ、《みかじめ料》と称した金銭を徴収するようになっていた。

 当然、その話を持ちかけられた当初、この地区で商いをしていた人たちは猛反対した。


 しかし、反対する人たちが不可解な襲撃を受けるようになり、ローエンタール商会の人間が言ったのだ。


 ――やっぱり我々の手助けが必要でしょう? と。


 そうしていつしか、誰もローエンタール商会には逆らえなくなっていた。


「王都の自警団は、まだ動いてくれないんですか……」

「そうみたいだ。やっぱり、ローエンタール商会のバックに王家が付いてるって噂は本当なのかもな」

「そんな……」


 権力者が裏にいるから、本来であれば歯止めをかける組織も機能していない。

 行商人さんが言いたいのはそういうことだろう。


「ところで、マリーさんのところにも来てるんだろう? ローエンタール商会からの立ち退き勧告が」

「ええ……。こんなみすぼらしい花屋は畳んで立ち退くようにと。何でも、娼館を建設する予定だからって……」

「それでも、マリーさんはここを立ち退くつもりはないんだな?」

「はい。亡くなった母から譲り受けた大切なお店ですから。……それに、第七王子様に救っていただいたご恩があります。二人の想いに報いるためにもこのお店は守り抜きたいんです」

「そうか。そうだったな……」


 以前、王家が大規模な都市計画を打ち立てた際、このお店は一度取り壊しの危機にひんしたことがある。

 その時、当時の第七王子アデル・ヴァンダール様という方が強く反対してくれたらしく、私の母が営んでいたお店を救ってくれたのだ。


 実際にお会いしたことはないけれど、王家の計画が修正された時、母も私も泣いて喜び第七王子様に深く感謝したのは言うまでもない。

 いつか第七王子様にお会いできたら感謝の言葉を伝えたいと、そう思っていた。


 なのに……。


 聞いた話によると、そのすぐ後に第七王子様は授かったジョブ能力が原因で王家を追放されてしまったらしい。

 今ではどうしているのか、そもそも生死すら定かではない。

 彼も理不尽の波には勝てなかったと、そういうことなのだろうか?


「とにかく、今日またマリーさんのところにもヤツらがやってくるかもしれない。くれぐれも無茶するんじゃないぞ」

「……はい」


 力になってやれず本当にすまない、と言い残して行商人さんは去っていった。

 その後、花屋の前に一人残された私はこれからのことに思いを巡らせる。


 ――もしこのままローエンタール商会の人たちが来たら、立ち退けと実力行使に出られたら、私はどうすればいいのだろう?

 ――どうすれば、母から譲り受け、第七王子様に救ってもらったこの店を守ることができるのだろう?


「誰か……、誰か助けて……」


 不安に押しつぶされ、涙が溢れる。


 そうして、私の手には《黒衣の執行人》について書かれた号外文書だけが残った――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る