第6話 【SIDE:シャルル・ヴァンダール】狂い始める歯車


「ほ、報告します! ゲイル殿が何者かに討ち倒された模様です!」

「何だと……?」


 ヴァンダール王宮、王の間にて。

 機嫌よく酒をあおっていたシャルルの手が、家臣からの報告を受けて止まる。


 続けられた家臣からの報告に耳を傾けるシャルル。

 しかしその内容はにわかに信じがたいものだった。


「ゲイル殿は昨夜、バートリー家の中庭で侵入者に襲撃された模様。決闘で圧倒された後、家督を長女のリリーナ・バートリーに譲ったということです」

「あのゲイルを決闘で打ち負かした? 何者だ、そいつは」

「正体の詳細は不明ですが、その外見から最近話題になっている《黒衣の執行人》ではないかと……」

「黒衣の執行人か。最近よく聞く名前だな……」


 シャルルは苛立たしげに舌打ちし、手にしていた酒を飲み干す。


「しかしあのゲイルだぞ? かつてその戦いぶりを見た際、見事なジョブ能力を発揮していたと記憶しているが……」


 過去に行われた御前試合でシャルルはゲイルの強さを見極めていた。

 精霊の加護を利用する聖騎士という上級ジョブを持ち、確かな腕を持っていると。


 だからシャルルはゲイルに後継を育てるよう指示し、王家に人材を提供するよう求めた上で上級王国民と認めたのだ。

 それからは王家と蜜月の関係を築いてきたというのに……。


「ゲイルはどうしている? まさか無様にも殺されたか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

「何だ。早く申せ」


 歯切れの悪い様子の家臣にシャルルは苛立たしさをぶつける。


「それが……、もう王家には関わらない、と。王家に関われば、あの悪魔の怒りを買うから、と」

「何を腑抜けたことを。奴の聖騎士のジョブが強力であることに変わりはない。その力でまた王家に手を貸せば良かろうが。」

「それが、もうジョブ能力が使えないのだとか……」

「ジョブ能力が使えない……?」


 妙なことを言う、とシャルルは思った。

 ジョブ能力は一度授かれば死ぬまで変わることも失うこともない。それがもう使用できないとはどういうことだ? と。


 ――ゲイルは神の逆鱗に触れてジョブ能力を取り上げられたとでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい。


 どうせ決闘に負けたことで自信喪失しているだけだろうと、シャルルは決めつける。


「とにかく、ゲイル殿は憔悴しきっていて、もはや廃人同様です。新しく当主となったリリーナ・バートリーも王家と関わる意思は示しておらず――」

「もうよい。バートリー家は放っておけ。必要な人材は他でも調達可能だろう。第一、たかだか爵位持ちの貴族風情に目の色を変えるなど、余の沽券に関わる」

「は、はい……」

「それより、《黒衣の執行人》とは何者なのだ?」

「分かりません……。しかし、あのゲイル殿を討ち倒したとなると相当な強さを持った人物かと」


 シャルルはその言葉を聞いて面白くなさそうに鼻を鳴らす。


 その黒衣の執行人とやらがどのようなジョブ能力を持っているかは知らないが、まさか自分の授かった【白銀の剣聖】に匹敵するジョブなどということはあるまい。

 それでも、王家が秘密裏に進めている「計画」が得体の知れない輩に狂わされたことは、シャルルにとって憤慨に値するものだった。


 と同時に、その屈辱にも似た感情からか、シャルルは二年前に追放したある人物の名を思い出す。


 ――アデル・ヴァンダール。


 かつて不名誉なジョブを授かり、王家の名に泥を塗った息子の名を。


「フン、まあ良い。この程度、計画の大筋に支障は無いわ。他に問題は起きていまいな?」

「は、はい。ローエンタール商会からの資金調達も順調に進んでおります。それから領主ダーナ・テンペラー殿からも同様に――」


 その後も家臣の報告を受けて、シャルルは努めて冷静に振る舞っていた。

 内心では、はらわたが煮えくり返る思いであることを隠しつつ。


 それが黒衣の執行人という謎の人物の暗躍を知ったためなのか、それとも過去の不出来な息子を思い出してしまったためなのか。

 いや、その両方だろうとシャルルは認める。


 そして――、


「いや、いまさら野垂れ死んだであろうアデルのことなどどうでも良い。余の進めている計画により王家は輝かしい未来を歩むことになるのだ。その栄光の汚点となる泥を削ぎ落としておいたのは、我ながら英断だったわ」


 シャルルが呟いた言葉は、決定的に間違っていた。

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