第3話 【SIDE:ゲイルバートリー】執行対象者の日常


「おい、誰が休んでいいと言った! 剣の素振り残り500回! それが終わるまで寝ることは許さんぞ、お前ら!」


 バートリー家の中庭にて。

 当主であるゲイル・バートリーは不機嫌だった。


 つい先日、バートリー家の長女であったリリーナが剣士系のジョブを授かれなかったからだ。

 自身の編み出した素晴らしい剣技を子供に継がせ、王家とのパイプをより強固なものにしようとしていたのに、リリーナが授かったのは剣を扱うジョブとは無関係のもの。


 時間と金をかけ育ててきてやったのに何という恩知らずだと呪い、ゲイルはリリーナを裏切り者としてバートリー家の屋敷から追放していた。


「どうした! そんなことでは私の編み出した剣技を授かることはできんぞ!」


 手が止まっていた7人の子供たちに向けてゲイルの恫喝が放たれる。


「し、しかし手の皮がけて、もう……」

「父上、せめて水を飲ませてください……」


 子供たちは口々に酌量を求めるが、それがゲイルの逆鱗に触れる。


「ええい、私に口答えをするな! お前らはただ黙って剣を振っていればいいのだ! 私の編み出した素晴らしい剣技を受け継ぐためにな!」


 ゲイルが剣の素振り500回の追加を命じると、子供たちの顔には絶望の二文字が浮かぶ。


 ゲイルは椅子にふんぞり返る。

 そして侍女に用意させた果実酒を片手に、もう一方の手に握っていた獣肉にかぶりつき腹を満たした。

 当然、子供たちには剣の素振りを終えるまで食事が許されていない。


 これがバートリー家の日常だった。


「それにしてもリリーナめ。私の剣技を受け継げないジョブを授かるとは。とんだ期待外れだったわ」


 今度は果実酒を飲み干し、ゲイルは呟く。


 まあいいと、ゲイルは思った。

 神からジョブを授かるための「弾」はまだある、と。


 何としても自分が編み出し《ゲイル流》と名付けた剣技を継がせるのだ。

 そうして王家に人材を提供することができれば、今よりも更に太いパイプを築くことができる。


 そのために子供たちを死なない程度に追い込む。いや、むしろ死んでも弾は新しく作れば良い。

 それは躊躇を挟む余地など無い、ゲイルの中では当然の行いだった。


「あっ……!」


 剣の素振りをしていた者の内、一番幼い子供が思わず声を上げる。

 素振りによってボロボロになってしまった手のあまりの痛みに、握っていた剣を落としてしまった。


 10にも達していない年頃の子供にとって、ゲイルの命じた鍛錬はあまりに過酷すぎたのだ。

 しかしゲイルは、それを気持ちの緩みによるものだと決めつけた。

 椅子から立ち上がり、その子供の元へヅカヅカと歩き出す。


「この軟弱者がぁ!」

「ひっ――!」


 ゲイルは制裁のための拳を勢いよく振り下ろす。

 小さな子供だ。その拳が頭部に当たれば死んでもおかしくなかったが、リリーナの件で苛立っていたゲイルにとってそんなこと・・・・・はどうでも良かった。


 ――ゴッ!


 しかしその振り下ろされた拳は子供には届かず、代わりに別のものを叩く。

 それは、子供とゲイルの拳の間に差し出された漆黒の大鎌だった。


「な、何だ貴様は――!?」

「どーも」


 ゲイルは驚き、目を見開く。

 自分が振り下ろした拳を侵入者に受け止められたから、というだけではない。


 侵入者の少年は片手で差し出しただけの鎌で軽々と、しかも余裕の表情でゲイルの拳を受け止めていたからだ。

 仮にも剣士系の上級ジョブ《聖騎士》を授かる自分の攻撃を受けて、びくともしない。


「ま、まさか、貴様は……」


 ゲイルは思考を巡らせ、黒い衣服を身にまとい漆黒の大鎌を操るその人物について思い当たる。

 噂に聞いたことがある程度だったが、特徴的なシルエットから確かこう呼ばれていたはずだ。


「《黒衣の執行人》……」


 ゲイルが呟いたその言葉には絶望感が漂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る