第4話 執行開始


「やれやれ」


 俺は後退りしたゲイル・バートリーを見ながら、魔鎌イガリマをヒョイっと肩に抱えた。

 それから子供の方へと振り返る。


「……」


 見ると、痛々しく手の皮が擦りむけていた。

 日々ゲイルから折檻せっかんを受けていたのだろう。体の所々に殴打されたような跡も見受けられる。


 心の中にチリチリとした感情が湧き上がるのを抑え、俺は子供を立ち上がらせると後ろに控えたメイアの方へと送り出した。


「クソ親を持って大変だったな。ほら、あのお姉ちゃんの所に行ってな」

「う、うん」


 メイアとリリーナが他の子供たちを集め、俺の目の前にはゲイルだけが残る。


「こ、黒衣の執行人め。話に聞いたことがあるぞ。どんなジョブ能力の持ち主か知らんが、正義の英雄気取りで暗躍しているらしいな」

「別に俺は正義の英雄なんか気取っちゃいない。周りが勝手に言っているだけだろう。俺は理不尽なことが嫌いなだけだ」


 ゲイルは俺を睨みつけてくるが、足がかすかに震えているようだ。


「それよりアンタ、さっきあの子を本気で殴ろうとしたな?」

「それがどうした? 子は親のものだ。私がどうしつけをしようと勝手だろうが」

「下手すりゃ死んでた」

「だからそれがどうした?」

「……」


 ゲイルは悪びれず、肩をすくめていた。

 倫理観を失った屑に人間の常識を求めるのは無駄かもしれないが、念のため聞いてみる。


「アンタは自分の子供に対する態度を改める気はないか?」

「なるほど。貴様は私の行いが気に食わんらしい。なら王都の自警団にでも突き出してみるか? もっとも、上級王国民である私が罰を受けることなど万が一にも有り得んがな!」

「……そうか。それがアンタの考えなんだな」


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対象:ゲイル・バートリー

執行係数:7,530ポイント

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 執行係数を確認したが下がっていない。

 ゲイルは反省の色なし、改める気もないということを表していた。


 いや、むしろ出発前に見た時より数値が上昇している。

 このままゲイルを放置すればリリーナの弟妹の犠牲は免れないだろう。


 なら、やるべきことは一つか。


「この偽善者が。勝手に我がバートリー家に踏み入ったことを後悔させてくれる!」


 ゲイルは剣を手にこちらへと駆けてくる。

 屑だが、こういう風に動いてくれるとこちらとしてもやりやすい。


「喰らえッ! ゲイル流剣技、風神剣っ――!」


 唱えると、緑の気流がゲイルを包み込む。


「……」

「フハハハ! これが精霊の加護を使いこなす私のジョブ能力だ! 私の動きがあまりに速すぎて驚いたか!」


 違う。

 あまりに遅すぎる・・・・んだ。


 確かに精霊の加護を力にして戦う【聖騎士】というジョブは・・・・強力だ。

 今、ゲイルが風の精霊の加護を受けているのも事実だろう。


 しかし、どんなジョブ能力もそれを扱う者の実力が伴わなくては真価を発揮できないものだ。


 その時、俺の胸の内にあったのはゲイルに対するあざけりなどではない。

 こんな奴のために子供たちが苦しめられていたのかという怒りだった。


「喰らうがいい!!」


 ゲイルは捉えたと思ったのだろう。

 勝ち誇った笑みを浮かべているが、剣は虚しく空を斬る。


「あ、アレ?」

「こっちだこっち」

「……ば、馬鹿な!? 貴様、いつからそこに……」

「アンタの『喰らうがいい!!』の前にはここにいたよ」


「アデル様がとっくに避けたにも関わらず、勝ち誇っているのは実に滑稽でした」

「す、凄い。アデルさんの動き、私も目で追うのがやっとでした。あんなにはやいなんて……」

「ああ、リリーナさん。アデル様は全然本気出してないですよ。ちょっと歩いただけ・・・だけだと思います」

「えっ……?」


 こちらを遠巻きに見ていたメイアとリリーナがそんなやり取りを交わしていた。

 その会話が聞こえたのか、ゲイルは開口したまま硬直している。


「あ、歩いただと? そんな……、そんなことが……」

「理解したか? アンタの編み出した『素晴らしい剣技』とやらが、いかに伝える価値の無いものかってことを」

「み、認めん。認めんぞ! 私は聖騎士という上位ジョブを授かった上級王国民だ。この力があったからこそ私は今の地位を築くことができたのだ!」

「……」

「そうだ。先程の動きは偶然だ! この世界ではジョブの力こそが全てのはず。王家にも認められた私のジョブが遅れを取るはずがない!」


 俺はその言葉を聞いて嘆息しつつもゲイルに問いかけた。


「ジョブの力こそが全て、か。なら俺がジョブの力を使っても文句ないな?」

「クハハッ! 使ってみるがいい! もう二度とマグレは起きんがなぁ!」

「オーケー」


 冷静さを欠いたのか、ゲイルは再び芸もなく突進してきた。

 俺は肩に担いでいたイガリマを眼前に降ろし構える。


 漆黒の大鎌。

 命令に応じて力を発揮するその武器が、黒々とした粒子を纏う。


「《刈り取れ、イガリマ》――」


 俺は漆黒の大鎌に命じ、突っ込んできたゲイルに向けて振り下ろした。


 ――ギシュッ。


 金属をすり潰したような音が響く。

 俺が大鎌を振り終えた後で、ゲイルは無事を確認するかのように体のあちらこちらを手で触っていた。


「ハ、ハハ。脅かしおって。直撃したかと思ったが、何ともないではないか……! その鎌は見かけ倒しのようだな」

「果たしてそうかな?」

「今度こそ貴様の首を斬り落としてくれる! いくぞ、風神剣――!」


 ゲイルは再びジョブ能力を発動しようとして、そこで異変に気付いたようだった。


「風神剣! 風神剣んっ!!! な、何故だ……!? 何故、ジョブ能力が発動しない!?」


 そう。俺のイガリマが斬ったのはゲイルの体などではない。


 ゲイルが神から授かった異能の力。

 即ちジョブ能力の根源を刈り取ったのだ。


「お望み通り、俺も力を使わせてもらった。アンタが自慢気に誇っていたジョブ能力はもう二度と発動しない」

「そ、そんなこと、が……」


 ゲイルはそれから何度もジョブ能力の使用を試みるが、声が虚しく響くだけだった。


「わ、私の……。神に認められたはずのジョブ能力が……? そんな、そんな馬鹿なァああああああああっ!」


 ――ドサッ。


 ゲイルは信じられないという表情を浮かべながら地面に膝をつく。

 焦点の定まらない様子で何事かを呟いていたようだったが、その声は聞き取れなかった。

 自分の拠り所だった力を失って呆けているらしい。


 俺はそんな執行対象に向けて一声かけてやった。


執行完了ざまぁみやがれ――」

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