第2話 執行人アデル・ヴァンダール


「実は先日、生まれ育った実家を追放されてしまって……」

「……なるほど」


 今回話を持ちかけてきた依頼人、リリーナは神妙な様子で話を続けていた。


 まあ、よくある話だ。

 それが第一印象だった。


 「冒険者パーティーから追放された」「所属していたギルドから解雇された」「実家から追い出された」等々。


 「誰それに理不尽な理由で追放されて困っている」というたぐいの話は俺の元に寄せられる依頼の中でも特に多いものだ。

 この世界が腐っている、とまでは思わないが、こういう話を生み出す奴らは腐っていると思う。


「リリーナさんが実家から追放された、というのはどうしてなのでしょう?」


 俺の横に控えていた侍女のメイアがリリーナに向けて尋ねる。


「それは、私の授かったジョブが【テイマー】だったからです」

「テイマー? あの動物や魔物を使役するジョブか?」

「はい。ジョブを授かった当日に追放されました。そんなジョブなど授かる裏切り者は出ていけ、と」

「……」


 何だか身に覚えのある話だ。


「でも、テイマーと言えばそこまで不遇な扱いを受けるジョブだとは思えませんが?」

「メイアの言う通りだ。何故テイマーを授かったからといってリリーナは追放されたんだ?」

「父は自分の子供が剣士系のジョブを授かることを期待していたんです。そのため過度な鍛錬を課されることも多く……」

「それは何故?」

「自分の編み出した素晴らしい剣技を継がせたいからと」

「要はリリーナが父親にとって理想のジョブを授かれなかったと。そんな理由で追放されたのか?」

「はい……」


 俺は心の中で舌打ちする。

 クソ親が。子供は自分の理想を叶えるための道具だとでも思ってるのか。


「その父親、腐ってますね。アデル様」


 メイアも同じ憤りを感じたのか、俺の隣でそんな言葉を漏らす。


 話を掘り下げて聞いたところ、リリーナには7人の弟や妹がいるらしい。

 だいぶ数が多いなと思ったがリリーナの話を聞いて察した。


 リリーナの父親は発明した剣技を自分の子供に継がせるため、剣士系のジョブを求めている。

 神から授かるジョブについては、その人間がどのようなことを行ってきたかという後天的な要素も影響すると言われているが、基本的には運だ。


 要するに、神からジョブを授かるというのはある種のくじ引きに近い。


 だから、手数をなるべく増やしたかったのだろう。

 リリーナの父親にとって子供はくじを引くための引換券というわけだ。何だか考えていて吐き気がしてくる。


「このままでは――」


 リリーナが伝えようとした言葉を遮ったのは、彼女自身の涙だった。


「うっ……、くっ」


 メイアが心配してリリーナの側に寄り添うが、それでも彼女の瞳からは涙がこぼれ続ける。

 その姿から、リリーナ自身が追放されたこと以上に深刻な事情があるように思えた。


「ご、ごめんなさい。私……」

「気にするな。話せるようになったらで構わない」


 リリーナは俺の言葉を受け取ると、首だけを縦に振って息を整える。

 そうして、リリーナは自身が抱える問題を吐露とろしてくれた。


「お願いします! このままでは、弟や妹たちの命が危ないんです!」

「命が? どういうことだ?」

「父は、私を追放する時に言ったんです。『やり方が生ぬるかった。今度は命を賭けてもらわなければな』と……」

「……なるほど」

「父が本当にその気なら、死んでも構わないという考えで鍛錬を課すはずです。そんなものに、まだ幼いあの子たちが耐えられるとは思えない。だから……」


 リリーナはその言葉の後に「父を止めて欲しい」と続けた。

 俺はその想いを咀嚼そしゃくして、リリーナに問いかける。


「一つ確認したい。仮に俺がリリーナの父親をどうにかしたとして、君は弟や妹たちの将来に責任が持てるか?」

「はい。誓って」

「……分かった。何とかする」

「あ、ありがとうございます……!」


 リリーナの真っ直ぐな眼を見て、俺はこの依頼を引き受けることにする。

 俺の執行人のジョブ能力もリリーナには反応しないようだし、信じるには値するだろう。


 隣でメイアが微笑んでいるのが目に入る。


「でも、アデルさん。具体的にどうするんですか?」

「ああ。今回の話はリリーナの父親が元凶だ。そしてどうやら自分の力に心酔しているらしい。ならばその拠り所を破壊して屈服させるのが一番てっとり早い」

「なるほど……。しかし大丈夫でしょうか? 話を持ちかけた私が言うのもなんですが、父は剣士の中でも上級ジョブである《聖騎士》を授かっていて……」

「ふふ。大丈夫ですよ、リリーナさん。アデル様にとっては造作もないことですから」


 リリーナの問いに答えたのはメイアだった。

 メイアは自信満々の笑みをリリーナに向けている。


「と言っても依頼人に安心してもらうのも大事なことだからな。見てもらうとするか」

「見るって、何をですか?」

「リリーナ。君の父親の名前を教えてくれるか?」

「え? えっと、ゲイル・バートリーです」


 困惑しているリリーナをよそに立ち上がり、俺は右腕を前方へと突き出した。

 そして念じると、そこには青白い文字列が表示される。


====================

対象:ゲイル・バートリー

執行係数:7,023ポイント

====================


 ――執行係数7000オーバーか。やっぱり今回の相手は中々のクソ野郎だな。


 俺の前に表示された《執行係数》は「対象を見る」もしくは「名前を念じる」ことで表示されるものだ。


 過去の経験から、執行係数の数値が高い者ほど悪行を重ねてきた傾向にある。

 反面、悪行と縁のない者に俺の執行人の能力は反応しない。


 かつて俺が王国兵との模擬戦でジョブ能力を使用しても何も起こらなかったのはそのためだ。


 神経を集中させると、俺の右腕は黒い気流に包まれる。

 この世のものとは思えない禍々しいまでの力。

 そんな力が集約されていく。


 そして――、


「なっ……」


 俺の右腕に握られた大鎌を目にして、リリーナが驚愕の表情を浮かべる。


 《魔鎌まれん・イガリマ》――。


 俺の授かったジョブ能力によって生み出される漆黒の鎌。


 対象の執行係数に応じて力を発揮する俺の愛用武器だ。

 今回の対象はそれなりに執行係数が高く、イガリマは黒々とした粒子を纏っていた。


「す、凄い……。これがアデルさんの扱う武器……」

「ふふ。リリーナさんも彗眼けいがんでいらっしゃいますね。アデル様の武器をひと目見て、その凄さを感じ取るとは」

「ええ……。こんな武器を見たのは初めてです。それでも、この武器が普通じゃないってことは分かります。私、幼い頃に勇者様の扱う聖剣を見たことがありますが、それすらも比べ物にならない。それを無から生み出すなんて……」

「まあ、アデル様の能力はこんなものじゃないんですが」

「え……」


 さて、依頼人に信頼してもらうためのお披露目はこのくらいでいいだろう。


 俺がジョブ能力を解くと大鎌は消失する。


「ということで、今からリリーナの父親の所へ乗り込もうと思うんだが、いいかな? あ、別に殺すとかはしないから」

「は、はい! お願いします!」

「それじゃメイアも準備してくれ」

「はい。アデル様の仰せのままに」


 メイアは俺の呼びかけに応じ、スカートの裾をちょこんと摘んでお辞儀する。


「え、メイアさんも行くんですか? 危険では……?」

「心配には及びません。私もアデル様ほどじゃないですが戦闘に使えるジョブ能力を持ってますから。それに、私はアデル様のためなら何だってやります」

「……す、凄いですね」

「私はかつてアデル様に命を救っていただいた身です。だからアデル様に全てを捧げようと、そう決めたのです」

「そう、ですか……」


 メイアは実ににこやかな笑みを浮かべている。

 そう言われるとくすぐったいが。


 今ここで俺とメイアの関係全てを語る必要は無いだろう。


 まずはリリーナの依頼を完遂するために動こうと、俺は執行時に身につける衣服を引っ張り出した。


 ――ああ、それから念のための確認なんだが。

 と前置きして、俺はリリーナに尋ねる。


「リリーナの家名……、『バートリー』で間違いないな?」

「え? ええ……」

「そうか。分かった」


 ――あのバートリー家か。なら今回の話は俺にとっても無関係じゃないな。


 俺は心の中で呟き、傍らに置いてあった籠から林檎を取り出して口を付ける。


 バートリー家。

 それは、かつて俺が追放された、ヴァンダール王家と親しくする貴族の名だった――。

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