エピローグ 実はあともう1話あります
ここからは後日談になる。
俺は霞ヶ関の夢牢病のせいでしばらく補習をさぼってしまったので、補習期間が終わってから、追加の補習期間がある。俺と同じように補習に言ってなかった霞ヶ関もあるんだろうと思っていたのだが、実は霞ヶ関は自主的に補習に行ってたらしく、わざわざ来なくていいとのことだった。
てことは、補習は俺一人か。なんてこった。と思ってたら、霞ヶ関自身が先生に頼み込んだとかで、補習の参加が承認された。ちなみに、茜は家族で旅行に行くとかで、補習には来ない。
「なんでお前は補習組でもないのに補習に来てたんだ?」
と聞くと、
「お前に会いたかったから」
と答えた。霞ヶ関に顔を隠すのが大変だった。
今日は二時から、追加の補習期間の一日目である。
二時からなら、始まるまで遊ぼうと言われ、今は駄菓子屋で限定かき氷を食っている。
「毎年食べてるけど、やっぱり美味い」
茜みたいなことを言いながら、霞ヶ関はザクザクとかき氷を食べていく。流石運動部。一分と経たずに食べ切ってしまった。
「そういえばお前、水泳部の方は大丈夫なのか? お前全国大会行ったんだろ、補習なんてしてる暇はないんじゃないのか?」
「病み上がりだしいいよ。それに水泳部は基本的に午前中しかないし」
この会話だけ交わすと、俺たちは黙り込んだ。
俺もさっさと食べてしまうかと思い、かき氷をかきこもうとした時、
「ねえ」
「……なに?」
「好き」
告白された。
夢の分と合わせれば二度目の告白だ。
「ごめん、俺には彼女がいる」
「知ってるよ」
そう言うと黙り込んでしまった。明らかに落ち込んでいる。
こういう時、かっこいい主人公は霞ヶ関の肩を寄せたり、頭を撫でたりするんだろうが、かっこよくもなければ主人公って柄でもない俺はそんなことはしない。何もしない。
俺はお前が惚れるような男ではない、お前は勘違いをしているんだと、こういう形で伝える。
勘違いしているといえば、俺も霞ヶ関のことを勘違いしていた。
彼女は何でもできる無敵の天才ではない。
さばさばとしてるわけでもない。
本当はどうしようもない男に、告白一つするのにこんな遠回りをするただの女の子だ。
だからって、俺は霞ヶ関のことを「メンヘラだ」「重い奴だ」と非難しない。なぜなら、人間の心なんて、一切取り繕わなければ、誰しもがああいう心を持っているだろうからだ。
「よくも私のことを振ったなっ」
霞ヶ関は俺のかき氷を取り上げ、ばくばくばくとわずか十秒で食べ切ってしまった。
「ぐわあぁぁぁ」
霞ヶ関は痛そうに頭を押さえている。馬鹿なのだろうか。
「もう終わりっ! しんみりした空気っ! ……私は、エイジのことが……」
霞ヶ関は海に向かって、とんでもない大声で叫んだ。
「好きだああああああああああああああああああああああああ!」
叫び終わった霞ヶ関は力尽きたようにベンチに座り込んだ。
「嬉しいよ。明日からハーレムだな」
「ざけんな。大切にしてやれ、茜のこと」
霞ヶ関がこういってくれたおかげで冗談が言える。
この冗談で俺たちは笑いあう。これまでのように、これからもずっと。
本音を隠すのは防衛本能だ。これを言ったら嫌われるんじゃないかとか、これを言ったら傷つくだろうという考えが、心を透明にして、他人から見えにくいように隠す。
姿は見えている。表情も見えている。関係も目に見える。だけど大事なものだけが透き通る。
人の心――触れてはいけない注釈だけが透き通る。
透明だから、見えにくいことはある。だけど見えないわけではない。そもそも大事なものが目で見えないはずがない。彼女の表情や言葉にもっと耳を傾けるべきだった。
彼女のことを全く知らなかったから、角度を変えて見れなかった。表面の態度と言葉をそのまま鵜呑みにしてしまった。
彼女のことをよく知っていれば、誰よりも理解してあげていれば、夢力なんて使わなくても、彼女の悩みを解決できたのかもしれない。
もっと、もっと、もっと上手くやれていれば……。
「ほらっ、行くよっ」
霞ヶ関は俺に手を差し出す。
――反省すべきことはあるが、それはひとまず置いておこう。
遠回りだったが、今回はハッピーエンドにたどり着いた。それを喜ぼう。
それに、今、霞ヶ関が見せている、屈託のない笑顔に茶々を入れたくない。
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