19

 *


 おぎゃーおぎゃーと、産声が聞こえる。

 白い部屋、数々の医療器具、差し込む日の光、医者と、父さんと……母さんが居た。

「ここは……」

 私はふわふわと天井あたりで浮いていた。

 記憶の中のどの時より若い父さんと母さんがわんわん泣いている。

 悲しくて泣いているわけではないということは、何となく雰囲気でわかった。

 私は母さんの腕の中で静かに眠っていた。

 これは、私が生まれたときだろうか。

「あなた、この子の名前決めてきてくれた?」

「ああ、この子の名前は、香澄。君みたいに、澄んだ香りのするような人になってほしい」

 澄んだ香りのする人になってほしい。

 昔、父さんが生きていた頃に聞かされた、私の名前の由来だ。

 非常に遠回しな言い方だった。

「澄んだ潮の香りがする人は、とても愛情深くて優しいんだ。香澄も、そういう人になってほしい」

 母も学生時代水泳をやっていて、母からはよく塩水のにおいがした。

 当時の母はとても優しかった。私は赤子なので、当然だが。

「この子がランドセルを背負うまでは、生きていたいな……」

 父さんがぽつりとつぶやいた。

 私が生まれた時から父さんはがんを患っていた。言っていなかったが、薬の副作用で髪はほとんどなくなっている。

 体はほとんど弱っていて、がんが治ったとしても、あと十年生きられるか、と言ったところだった。

 私が瞬きをすると、景色が変わっていた。

 これは幼稚園だった。

 そしてこの日は母の日だった。幼稚園に入ったばかりだったが、園の先生から母の日の存在を教えてもらったため、私は何かしようと思って、大きい画用紙の中に、笑顔の絵文字のようなものと、汚い字で『ははのひ』と書いたものを母さんに渡した。母さんは泣いていた。この涙は私が生まれた時に流していた涙と同じものだった。父さんが島の外の病院に緊急入院した時に、トイレで流していたものではない。

 また景色が変わる。

 私が幼稚園の年長くらいの頃だろうか。

 母は電卓を片手に頭を抱えていた。私の小学校の入学費と父さんの入院費が払えなくて困っているようだった。

 幼い私が母に駆けよって来た。ぴょんぴょんと飛び跳ねながら私は言った。

「お母さん、ケーキ食べたい」

 この日は私の誕生日だった。

「いいわよ、どんなケーキが食べたいの?」

 母は笑顔で言った。

 景色が変わる。

 小学校入学前だった。

「明日から香澄ちゃんも小学生だね」

「うん!」

 赤いランドセルを背負いながら、私は大きく頷く。少しやつれた母さんはころころと微笑んだ。

 ちなみに父さんはいない。二か月前に死んだ。

 がんの調子が良くなり、一時退院となったものの、階段に躓き、頭から落ちてしまい、死んでしまった。

 死に化粧をした父さんを見て、「雪みたいだね」と言うと、母さんは泣いた。

 悲しそうな母さんの顔を見た私は、ついそんなことを言った。冗談を言って場を和ませたかった。

 泣いている母さんを見ているとだんだん私も不安になってきた。

「お父さん起きないね」

「そうね、しばらく起きないわ」

「いつ起きるの?」

「わからないけど……香澄が小学生を卒業するくらいには起きるんじゃないかしら」

 結局、父さんは卒業式を迎えても起きることがなかった。

 母さんが言ったこの嘘の意味は、少なくとも私が小学校を卒業する頃には、父が死んだということが理解できるという意味だったのだろう。

 私はもう一度父を見た。

 その日、降り注いだ二月の雪より白かった。

 母さんは、当時の私でもわかる作り笑いを浮かべた。


 私の記憶の中の母さんは嫌な記憶ばかりだ。だと言うのに、なんだ、この記憶は。

 良い記憶はすぐ忘れてしまうとでもいうのか、嫌な記憶ばかりが残ってしまうというのか……。

 嫌な記憶ばかりと言っても、私がさっと思い出せる嫌なことは両手で数えられた。でも、幸せなことは思い出せなかった。

 多すぎて、思い出せなかった。

 母さんは改心していた。良い母親になると言っていた。

 だから私は期待した。母さんが死んだあの日、八時半に帰ってくることを。

 私が、そんなのは良いから、ゆっくり帰ってきていいよと強くしつこく言えば、母は自身に突っ込んできた車をかわすくらいの余裕は持てたのだろうか。


 *


 朝から何も食べていない空腹で、目を覚ます。

「あ、やっと起きた」

 エイジがいた。

「……コントローラー」

 エイジが来た理由は考えなくてもわかっている。昨日間違えて持って行ったコントローラーを返しに来たのだろう。

「うん。間違えて持って帰ってごめんな、返したから」

 私は、そう言って帰ろうとするエイジの服の裾を掴んでいた。

「……どうした?」

「帰らないで」

「ええ?」

「一緒に遊ぼう」

 一人は寂しい。

 十秒ほど時間が止まった。その間私はエイジを見続けた。すると彼は黙って座り、「何する?」と言った。


 昨日と同じパーティーゲームのソフトをゲーム機本体に入れ、横に座って起動するのを待った。

 外は大分強い雨が降り始めた。エイジが帰ると言い出した時、どうやって引き留めようかと考えていたが、この雨ならどのみちエイジは帰れないので、考える必要はなくなった。

「ねえ、母さんが死んだの」

 エイジがいつもしてくれる笑える話を期待してたのだが、今日の彼は調子が悪いのか、何も話してくれなかったので、私が話題を提供した。

「…………」

 母さんの葬式にはエイジと彼の母親も来ていた。そうでなくとも、この島で誰かが死ねばすぐ噂になる。

 エイジは黙り込んで、気まずそうな顔をしている。言葉を選んでいるのだろう。

 なんて声を掛ければいいのか、どうすれば私を傷つけないでいられるか。

 そんなエイジの心の声を無視して、私は言う。

「私はね、母さんが死んだって聞いた時、驚きこそしたけど、悲しまなかったんだ」

「…………」

「酷い母親だから、死んで当然だって。母さんは私を愛してなかったから、私も母さんを愛していない。だから何とも思わない」

「…………」

「でもさ、それは嘘だったんだよ。私は母さんのことを酷い母親だなんて、一度たりとも思ってなかった。ましてや私はちゃんと愛されてた。態度は冷たかったかもしれないけど。母さんの葬式を終えて、夜眠って、朝起きて、また眠るとさ、わかったんだよ」

「…………」

「朝ご飯を食べてないから、凄くお腹が減るんだ」

 母さんはどんな時でも朝ご飯だけは作ってくれた。

 簡素なもので、たまにカップラーメンの時もあったが、母さんは私の朝ご飯を用意してくれていた。

「あんまり多くない給料で、ゲームも買ってくれた。私に痛いことや酷いことを言う時はあっても、私のことを放棄したりはしなかった。私は子供だからわかんないけど、お金をもらうことってすごく疲れることなんだと思う。

 母さんは私の分まで余分にお金を稼がなきゃいけなかった。だから出張ばかりの会社に勤めなきゃいけなかった。

 母さん一人だけだったら、島の中で知っている人のお店で、楽なアルバイトをしてるだけでも良かった。なのにわざわざ知らないところへ行って、こんな生意気な子供のために働いて……頑張ってくれた。要は、何が言いたいかって言うと」

 あんな、卒業式に来ないような親でも、

「私は、母さんのことが、大好きだった……」

 母さんは私のことを愛してくれていた。私は母さんのことを愛せていただろうか。

「口喧嘩した後、家出しなきゃわからないほど、母さんは頑固だったけど、私の不満を受け入れてくれた」

 受け入れる心と書いて愛と読む。

 私の心を受け入れてくれた母さんは私のことを愛している。

「でも私は母さんを受け入れていなかった。母さんが私のことを愛していたとわかっても、酷く悲しいと思っても、涙が出ない。私は最低だ」

 そう言い切ってしまうと、私の心は軽くなった。余分なものが抜けた気がした。葉が枯葉になった。心から倫理が消えた。道徳が消えた。自尊心も消えた。心は死んだ。


 私は立ち上がり、玄関の方に歩いて行った。

「どこ行くんだ」

 エイジは久しぶりに喋った。言い方は少しきつかった。こんな病んだ話を聞かせたからだろう。

 外はまだ雨が降っている。降り始めた時より明らかに強くなっている。雷の音がした。

「海」

「そこで何するんだ」

「死ぬ」

 エイジの答えを聞く前に玄関を開けて外に出る。


 地面を打ち付ける雨音は思ったより大きかった。だだだだだと地面に向かって、天が銃を打ち付けていく。

 なんでこうも、いつも上手く行かないのか。人生最後の日くらい、快晴であって欲しかった。

 私は走り出した。この町で、一番海が近くて、一番高い場所に。

 雨で道が滑りやすくても関係なく全力で走った。すぐに息が切れた。それでも走った。走れた。エイジが言ったあの時の言葉は嘘なんだとわかった。愛する者のためでなくとも息を切らして走れるじゃん。

 決して幸せではなかったが、私の体は軽かった。


 それでも体には限界がある。

 立ち止って、膝に手を着いて細かく呼吸する。

 目の前は行き止まりだった。木々が生い茂り、蔦とフェンスで先に進めなくなっている。フェンスは錆びて壊れかけている。

「ここでいいか」

 高所を目指すために何回か坂道を上ったから、これ以上走る気にならなくなった。

 蹴ってフェンスを破壊し、蔦はフェンスの破片で切った。するとそこに人一人くらい入れる穴が出来た。

 私はその穴を潜った。出る途中、少し服と皮が切れて少し血が出た。けっこう深く切ってしまい、かなり痛かった。これから海水の中に入るのが鬱だった。

 穴の先は崖になっていて、下は十五メートルくらいありそうだった。

 ここから落ちれば、即死とはいかないものの、死ねるだろう。


 自殺する人間は基本的に人生に未練がある。まあ、当然だろう。そもそも自殺する人間と言うのは、人生をどうにもできなくて死んでしまう人がほとんどだから。私も例に漏れず、自分の人生に未練があった。だから崖に来たからといって、すぐに自殺しようと思わなかった。

 私は崖の端に座って、雨に打たれながら海を見つめていた。人生を見つめ直していた。

 どうすればもっとましになれたかばかり考えていた。行きつく答えは後悔ばかりで、それこそましなものはなかった。

 短い人生だったが、長い時間座っていた。

「よう」

 この気持ちが過去のものとなった、今の私だからこそ言えるけれど、来てくれて嬉しかった。

「なに? 付いてきたの?」

 自分でもわからなかった透明な本心とは裏腹に、私は来てくれたエイジに向けて邪険な声を出した。

「ああ、傘を忘れったみたいだからな」

 そう言うエイジはびしょ濡れで、傘なんか持っていなかった。服は少し切れて草がついている。急いで来てくれたんだろう。

「嘘吐き、傘なんて持ってないじゃん。何しに来たの」

 エイジは両手をぶらっとと持ち上げ、「バレちゃったか」と言った。

「一言いいに来たんだ」

「なんだよ」

「海底には、お前の母さんは居ないと思うぞ」

「どうせこの世にはいないよ」

「わからないぞ? 実は生きててドッキリでしたみたいなのもあるかもしれない」

 冗談を言っているが、彼の目は真剣だった。いつの間にか、私を見る目が変わっていた。

「そうだったら、恥ずかしくて死ぬ」

「なあ、なんでお前は死ぬんだ?」

「言ってもわからないよ」

 嘘だ。

 言ってしまえば陳腐な私の死因を「こんなもんか」や「こんなもので」と軽く思われたくなかったから、話さなかっただけだ。

「寂しいからだろ。お前は言っていたよな、あんな母親でも好きだったって」

 エイジは私の死にたい理由をぴたりと当いてた。正直、私の中でもまとまっていなかったから、心を読まれたのかと思ってどきりとした。

「さあ、どうだろ。父親に立て続いて母親まで死んでしまった私の人生をやり直そううとしてるだけかもよ」

「お前の人生ってそんなに不幸なのか?」

「……は?」

「だから、お前の人生ってそんなに不幸なのか?」

 親が二人とも居て、その親と喧嘩していたお前が言うのか。私は家出するまで逆らったことがなかったのに。

「ふざけんなッ! エイジに何がわかるんだよッ!」

 冷めきっていた情が再び燃え上がり、私は激高した。

「お前は可愛いから男に困らないし、頭がいいから成績にも困らないし、俺と違って泳げるし、しかも県大会まで出たんだろ? すごいじゃねーか、一つくらいわけてくれよ」

「これが私の努力の賜物とは思わないの?」

 正直、当時小学生だったので、努力と言う努力をしなくても、優秀な成績を収めることができていた。図星を突かれたが、私の能力が、実力ではなく運だと言われているみたいで悔しかったので、反論した。

「努力出来んのも才能だし、ここまで育てたお前をリセットすんのはもったいないと思うな」

 エイジはそんな惨めな私を丁寧に扱う。

 私が傷つかないように論点をずらしながら優しい言葉を選んでくれた。走りながら言葉を選んでいたんだろう。

「そんなの私の勝手でしょ、私はちょうどいいって思ってんの。今、死ぬ理由があっても生きる理由がないんだから」

 ぶっきらぼうに言い返す。するとエイジは私の目をじっと見た。さっきから彼の目は真剣だったが、この瞬間でさらに鋭くなった。

「あのさ、俺らじゃ足りないかな」

「何がよ」

 エイジの眼光に少し怖気づいた私の心は少し後退りしていた。今からどんな正論が飛んでくるのだろうかと、少し怖かった。

 その時、一応、確立していた私の意見である、死ぬ理由を否定する気なのではないかと。

 生きる理由を否定されるのと同じくらい死ぬ理由は否定されたくない。私の人生を安っぽくてぬるま湯のようだと言われた気になってしまうからだ。

 少し卑屈な気がするが……死にたい人間は誰しもが卑屈だ。卑屈なのが正しい。

 だから死ぬ理由を否定されたくなかった。

「生きる理由だよ」

「え」

 逆だった。

 エイジの言ったことは私の考えていたことと真逆だった。

「お前は友達が多いだろ? 俺、茜、赤津……まあ要は俺らだよ。俺らが居ることがお前の生きる理由にはならないの?」

「何うぬぼれて――」

 真剣な目で言われると、エイジの言っている馬鹿な発言が余計際立つ。私が第三者だったら臭いって思うんだろう。

 そういう冷めた感覚を持つ私だけど、その時すでに心は動いていた。

「俺らと居て、楽しくなかったか? 少なくともお前が居て俺は楽しかった」

「……」

 家庭環境だけを見れば、恵まれていたとはとても言えないかもしれない。でも、交友関係には、私は恵まれていた。

「おいおい、黙り込むなよ。恥ずかしいだろうが」

「…………」

 これは正論ではない。あれがなくてもこれがあるからいいじゃないと言っているようなもので、同情や憐憫のような慰めの類だ。

「そんな、嘘言わないでよ」

 私の口から語彙が消えていった。走るのを止めるみたいに言葉がさらさらと消えていく。

「嘘じゃない、詭弁と建前だ。詭弁と建前は使い分けろって、村瀬さんが言ってたんだ」

「それ、どっちも嘘じゃない」

「あの人は嘘つきだからな、でも頭の良い嘘つきなんだ。だから嘘を使い分けれる。けど、俺はそうはいかなかった。正直に言うよ」

 今までの言葉は詭弁か建前だったとエイジが言い、私の激情は冷ややかになった。

「じゃあなんで、私に死んでほしくないの?」

 と、冷たく言う。

 きっと複雑でどうでもいい理由があるんだろうなと思った。

「友達が死んだら嫌だからだ」

 これも逆だった。

 そして至極簡単な理由だった。

「別にお前が可愛いから止めてるわけじゃない。茜たちに頼まれたわけでもない。俺が、お前の友達だから今こうやって自殺を止めようとしている」

「……」

「そして俺は結構焦っている。お前の口から死ぬと言う言葉が出てきたときは手汗がヤバかったし、居ても立っても居られなかった」

「…………」

「多分俺じゃなくてもこうしてる。茜だったら多分泣きついて止めるぞ」

「………………」

「なんで俺がこんなことをしたかっていうとな、それはやっぱりお前といて楽しかったからだ」

「……嘘じゃないじゃん」

「言っただろ、詭弁と建前を使うって、詭弁も建前も、嘘は混じっているが、本音が半分は言ってんだよ」

「……」

「俺らがお前の生きる理由になって見せる。だから時間をくれ、そうだな、三年だ、三年、死ぬのを待ってくれ」

「この苦しみを三年も抱えろっていうの?」

「死ぬ方が痛いかもしれんぞ」

「酷いね」

「酷くて結構、これは俺のエゴだからな。お前にエゴを押し付けているだけだ。ちなみに、お前が本当に海に飛び込んだ場合、俺が助けに向かうからな」

「ぷっ、あはは、何言ってんの、君泳げないじゃん」

 可笑しくて笑ってしまった。エイジは泳げないのに、泳げる私を海で救出するらしい。

「奇跡が起きて、俺達が急に魚になるかもしれない」

「なら死んだほうがましだよ、あははは」

「どうだ? 死ぬのを待ってくれそうか?」

「どの道、自殺なんていう空気じゃなくなっちゃったからね、うん、死ぬのは止めてあげる」

「そっか、じゃあ帰ったらゲームだ」

「今日は夜通しやろうね、君が先に寝たら死んでやるから」

 ごろんと地面に寝ころんだ。雨はまだ降っていた。雨が目の中に入り、反射的に涙が出る。

「うっ、うううぅ……!」

 それがきっかけで、私の目から止めどなく涙が出てきた。

 ――私は母さんをちゃんと愛せてた。死ぬ前からずっと。その証拠に私は寂しいと思えた。だから死にたくなった。だけど、エイジが、私のそばにいるって言ってくれた――

 その日、私の体は海に落ちなかった。

 代わりに、恋に落ちた。

 愚かにも、その時はまだ、気付いてなかったけど。


 こんな風に、少し臭いくらいにかっこよく私を助けてくれたエイジだが、彼は中学二年生の頃、気を病んで、私ですら飛び込まなかった海へここから飛び込んだ。

 その時、その場にいた茜が一緒に飛び込んだらしい。茜は一応、プールの五十メートルは泳げるが、特別泳げるわけではない。服を着たまま人を救出するのは無理だろう。

 私の予想通り、海からエイジたちを助けたのは、村瀬さんの妻である村瀬幽子さんだった。

 幽子さんは珍しくエイジに怒ったらしい。エイジ曰く、幽子さんは怒ったら泣くそうだ。

 その後、さらに茜に泣きながら殴られ、付き合ったらしい。

 私はこの時に自分の恋心に気が付いた。

 奪われて初めて、無くなってようやくわかった。

 私は両親の死から、大切な人は丁重に扱わないと、死んだときに後悔するということを学んだ。

 言い訳だが、自分の恋心で関係を壊したくないと、無意識に思っていたのかもしれない。

 私は薄々、エイジが茜に思いを寄せていることを気付いていた。

 そして、茜がエイジのことを愛していたのは、ずっと前から、本人から聞いていた。

 私はエイジのことが好きだ。

 あの時ですら、エイジの心は私に寄っていなかったと思うと、エイジに二年経っても仲の良い彼女がいると思うと、死にたくなった。

 たったそんなことで。

 自分の矮小さに驚いた。

「こんな心、君に見せられないよ。君に見られるくらいだったら、その時こそ本当に死ぬ」

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