18

「こんな心、君に見せられないよ」



 

 とうとう私は怒って家を飛び出した。

「香澄っ、どこ行くの?」

 母さんが私を呼び止める声を出がするが私は聞こえないふりをする。運動が得意な私は追いかける母さんより速く走り、そのまま逃げ切った。

 目的地がない。このままどこへ行こうか。とにかく家には帰りたくない。

 私は家出をした。

 母さんがあまりにも酷いから。

 

 母さんは卒業式にすら来なかった。授業参観にもほとんど来なかった。酔っぱらって朝帰りの日もあれば、私に暴力を振るう日もある。暴言を言う日はもっとある。

 父さんが死んでから、母さんが働いて、お金を稼いでくれた。それは感謝している。だけどそれは親として当然のことで、働いたからといって、親の責務を放棄していいわけではない。

 小学校の卒業式を終え、家に帰り、家で寝ていた母を起こして、なぜ卒業式に来てくれなかったのか聞いた。寝過ごしたとか、面倒くさかったとかなら許すつもりだった。私の卒業式を覚えてくれていたから。

 忘れてた、だ。

 酷い。あんまりだ。そんなに私に興味がないのか。

 思い返していると、涙が出てきた。

「なんで……私ばっかり……」

 卒業式には私の親だけが居なかった。皆の親は来ていたのに。

 走る足はいつの間にか止まっていた。道の真ん中で私は泣きだした。

「どうしたんだ?」

 声の主は大滝エイジ、私の一番の友人だ。道のど真ん中で泣いているのだから、誰かに話しかけられるとは思ったが、まさかこいつに話しかけられるとは。

「エイジ……」

「うん、見ての通り俺はエイジだ。こんなところで、香澄はどうしたんだ?」

 優しく話しかけるエイジに私は母さんの愚痴を話した。エイジは「そっか」と軽く言うだけだった。

 それから二人で公園まで行き、ブランコに乗った。

 さっきまで黙っていたエイジは、そこで話し出した。

 話し出したと言っても、私を慰めるための、説教風な言葉ではなく、普段学校で話すようなどうでもいい雑談だった。エイジは東京から来たからか、話が流暢で面白かった。

 しばらく話して、一息吐いた。ふと、エイジは横を向いた。

「知ってるか? 桜の花が落ちる速度は秒速五センチメートルなんだぜ」

 春休みなので公園には桜が咲いていた。その桜を見て、どこぞの映画のタイトルのようなことを言う。

「へえ、そうなんだ。遅いね」

「ああ、遅いな。一秒に五センチしか動かないんだったら、一時間に百八十メートルしか動かないもんな。百八十メートルくらいだったら、俺なら三十秒もあればいけるぜ」

「だれだってけるよそのくらい」

 多分、私もそのくらいで走れるので、自信満々な顔で言ってるエイジに「調子に乗るな」という意味を込めてそう言った。

「でもさ、意味もなく百八十メートル走れって言われたら、俺は走らない」

「え、なになに?」

 急に話の趣旨が変わるので、少し笑った。

「香澄は走れる? 意味もなく百八十メートル」

「やだよ疲れるし」

 そうだよな、と言って、エイジはくすくす笑う。何がしたいんだろうこいつは。

「桜の花びらは、引力っていう逆らえない力があるから、遅い足を動かして頑張って動くけど、俺たちは早い足を持っても、目的がなきゃ動かない。しかもその目的もそこそこ自分にメリットがないと動かない」

「うん、まあ、そうだね」

 難しい話になったので適当に返事をする。そういえばエイジは最近、難しい小説を読むのがマイブームだとか言ってたっけ。だからこんな独特な言い回しになるのか。

 独特で難しい言い方だが、言いたいことは何となくわかる。

 私たちは何か目標がなくちゃ動かないということだろう。勉強だってテスト前にしかしないし、徒競走は隣で走ってる人に負けたくないからだし。

「俺も実は、香澄を見つけて走って来たんだよ。まあ百八十メートルではないにしろ、十八メートルくらいをそこそこの小走りでね」

「へー、じゃあエイジにとって私と会えることは、それなりのメリットなんだ」

「泣いてたみたいだったから。あ! 香澄が泣いてる! 珍しい! からかったろ! と思って走った」

 酷い。最低。

「…………」

「冗談冗談マイケルジョーダン……え、ちょ痛い痛いっ、ごめん、悪かったって、だから殴らないで!」

 謝ったので殴るのは止めてやった。

「……まあ、そんな感じで、俺たちは目標がないと頑張れないわけ。お前も家出するって目標があってここまで走って来たんだよな」

「うん、そうだけど」

「大体お前んちからここまで二キロ未満くらいか……お前走るの好きだな」

「人よりは好きかもだけど、そこまで。私がここまで走ってきたのはもう家に居たくなかったから」

「そうか、じゃあつまり、桜の花びらは無理やり動かされてるから遅く動く。俺はちょっとした面白いことを見つけたから軽く動く。香澄は嫌いなものから逃げるために息を切らさない程度に動く。じゃあ息を切らして、全力で動くのはどんな奴だと思う?」

「う~ん」

 いつももっとふざけてる癖に、真面目に話しているのが気に食わず、ふざけたことを言ってやろうと考えていた。

「好きな女の子を見つけたときとか、あんただったら茜ちゃんとか」

 最近、エイジと仲が良い茜の名前を出した。

「大体正解。でもちょっと惜しい。好き、じゃなくて、愛してるかな。息を切らして、全力で動くとしたら、それは間違いなく、愛してるもののためなんじゃないかな」

 そう言ってエイジはブランコを漕ぎ始めた。普通、人の靴なんてまじまじ見るものではないが、ブランコを漕いだことによって、たまたま太陽の光が強いところに彼の靴と焦点があった。彼の靴は砂でかなり汚れていた。私はドキリとした。こんなに砂で汚れてるってことは、もしかして、本当は十八メートルではなく、もっと遠くから私を見つけて、底から全力で走って来たのでは、と一瞬思った。

 だとしたらエイジは、私のことを愛してるということになる。

 もしかしてこれは彼なりの遠回しなプロポーズだったのかもしれない……と時々思う私が、今でもたまにいる。

「よっと」

 エイジはブランコの遠心力を使ってブランコから飛び降りた。

「じゃあ、俺そろそろ帰るわ。今度遊ぼうぜ!」

「あっ、え、ちょっと!」

 そう言ってエイジは去っていった。追いかけるように公園を出るが、もうそこにエイジはいない。


 代わりに居たのは、

「やっと見つけた……!」

 母さんだった。

 母さんは息を切らして、私の方を向いた。よろよろと近づいて、そして私を抱きしめた。

 逃げようと思った。でもエイジの言葉が耳から離れなかった。

 ――息を切らして、全力で動くとしたら、それは間違いなく、それは愛してるもののためなんじゃないかな。

「ごめんなさいごめんなさい、私はあなたに甘えていたわ。私がどんなにだらしなくても文句を言わなかったから、これが正しいんだって思ってしまった……でも、あなたは嫌だったのね。家を飛び出し手っちゃうくらい嫌だったのね……」

 母さんの声と臭いは湿っている。泣いているのだろうか。

 こうも言われてしまうと私も情けなくなってくる。さっきまで私は母さんが悪いと言っていたが、本当のことを言うと、仕方がない部分もあるのだ。

 昨日は徹夜で仕事をし、夜遅くに島の外から帰ってきて、疲れて明日が娘の卒業式だということを忘れていた。

 私が怒っているのは今までの積み重ねだが、今回はしょうがないかもしれないと思う心がちらりとあった。

 謝ってくれたら、許すつもりだった。謝ったところで、今更許すつもりはなかった。

 今まで家でなんかしたことない良い子の私が、家出をするまで謝らないなら、次も同じだと思ったが、でもなぜか私は、

「明日から、いいお母さんになるから、私を許してくれないかしら」

「うん、約束だからね」

 許してしまった。

 家に帰り、久しぶりに母さんが手の凝ったご飯を作ってくれた。食べ終わった後、夜遅くまで話をした。明日は仕事があるはずなのに、話をしてくれた。

 そこに愛を感じた。

 エイジの言った通り、息を切らした母さんは私を愛していた。


 母親と仲直りし終わり、私は布団に入った。そこで考えた。

 もしかしたら、エイジは私と母さんを仲直りさせる、時間稼ぎのために、あの話をしたんじゃないだろうか。

 確かに事情は話したが、母さんが追いかけてきていることまでは言ってなかったはず……ということは、勘で状況を当てて、最適な行動をしたというのか。

 なんというか、あいつの勘の良さには時々驚くものがある。

 東京はこちらより勉強が進んでいるらしく、エイジは小学二年生の頃に掛け算割り算が出来ていた。なのでこんな島の学校の勉強は楽勝らしく、成績は私と共にトップクラスだった。でも、それとは関係ない頭の良さを時々感じる。


 母さんはあの日から、本当に良い母親になった。

 私が家出したせいで、見せ損ねた小学生時代最後の通知表を見せた。いつもみたいに、「前と同じね」と言うだけではなく、私の頭を撫でてくれた。

「あんまり褒めると、これ以上伸びなくなっちゃうと思ってたのよ。でも、そんなことしなくても、香澄なら大丈夫よね」

 父さんが生きていた頃もあまり褒めてくれなかった。でもそれには少なからず理由があり、心では褒めていたことを知ると、私の目には自然と涙が浮かんで落ちた。

 要は認められたかったのだ。他に居ない、ただ一人の親に認められているということをわかりたかった。

 認められているということをわかった私は、心の底から嬉しかった。

「これだけいい成績を取ったのなら、誕生日もお祝いしなきゃね」

 母さんはそう言って微笑んだ。私は苦い顔をした。

 母さんが私を喜ばせようと思って言っているのはわかるが、その日だけは無理なことを私は知っている。

 その日は京都まで出張なのだ。夢見島から京都まで、片道三時間以上掛かる。

「絶対早く帰って来るから、今まで冷たくした分も、一緒にお祝いしましょう」

 無理だと思っていたけど、その時の私は、母さんがそう言ってくれたことが嬉しくて、ただ喜んでいた。


 その日、母さんは出張のため本当に朝早く外に出たとのに、おまけに私は春休みで暇だったのに、母さんは私の朝ご飯の作り置きをしておいてくれた。

 具も塩も入っていない、米を丸めて海苔を巻いただけの簡単に作れるおにぎりだったが、私の人生の中で何よりもしょっぱく、そして満足感のあったものだと記憶している。

 母さんは私の誕生日を毎年祝ってくれていたが、年齢を重ねる度に祝い方が雑になっていった。どこの家庭もそんなものだと思う。そんなことはわかっているが、私は母さんに、大げさに誕生日を祝って欲しい。どこの家庭も、とかではなく、私の本音だ。

 私の例年通りの誕生日は、友達を家に呼んで誕生日パーティーをする。今回も例年通り、母さんが返ってくるまでパーティーをした。

 十二時を過ぎた頃、男子と女子が三人ずつ遊びに来た。ちなみにその中には茜が居た。今でこそ髪を金に染めて、派手な格好をしているが、当時の茜は地味目で、こういうパーティーの雰囲気での居心地が悪そうだった。多分苦手だったんだろう。

 みんなで持ち合わせたお菓子を食べて、おしゃべりをして、ゲームをして、プレゼントを貰って、皆で掃除をして、五時になったら解散。

 ここにいたみんなは今でも仲が良いし、会えるだけで嬉しい。でも一つだけ、心から残念なことがあった。この六人の中に大滝エイジが居なかったのだ。

 エイジは私の中で、少し特別な存在だった。

 彼は、学校の先生とか村瀬幹人さんみたいな、年齢や経験、立場が違う人以外で、私よりも頭が良いかもしれないと思った人である。

 エイジと話していると、いつの間にか手玉に取られているような感覚があるのだ。恐らく本人は手玉に取ってるつもりはないし、きっと気のせいだと思うのだけれど。

「今年は来てくれなかったな……」

 思えば声に出ていた。ああ、エイジにも来て欲しかったな。

 ――とそんな時、インターホンが鳴った。

 もしやと思い、私は玄関まで少し慌てて駆けていく。

「ごめん。遅くなった」

 ドアをガチャリと開けると、エイジが居た。

「母さんと喧嘩しちゃってさ、気付いたらこんな時間になってたよ。あ、これ誕生日プレゼントね。おめでとう」

 そう言って渡されたのはピンクのタオルだった。ウサギがプリントされている、学校とかに持っていくのには少し恥ずかしいくらい可愛らしいタオルだった。

「ありがとう。でもこれ持って行くにはちょっと恥ずかしいかも」

「ああ、だからお前の家に雨宿りしに行く日に俺に出してくれ」

「お前用かい」

 もちろん冗談だということはわかった上で言った。これはツッコミだ。

 タオルを受け取り、「寄ってく?」と聞くと頷いたので、中へ入れた。

「実は母さんと喧嘩しちゃってさ、耐えきれなくて逃げてきた感じなんだ。ごめん、すぐ帰るから」

「私も退屈してたところだから、全然いいよ」

 中学受験を落ちてから、エイジは母と揉めることが多いらしい。落ちたとはいえ、エイジは頑張ったんだから誉めてあげればいいのにと、エイジの母に思う。

 エイジの父親は弁護士をしていて、私立中学に通っていたらしい。父の跡を継がせたいという母のエゴが他人の目からでも見える。

 私はエイジの母が嫌いだ。以前の母さんのような雰囲気があるから。

 そんなエイジにシンパシーを感じている部分があり、彼はいくら一緒に入れも気まずく無ければ嫌でもない。要は好きなのだ。愚かな私は気付けなかったが。

「母さんがケーキを買ってくるはずだから、一緒に食べよう」

「いやそれは悪いから、帰ってくる前に帰るよ。いつ帰ってくんの?」

「八時半って言ってた」

「じゃあまだまだだな」

 時計は五時半を差していた。約束の時間まで三時間ある。

 母とケーキを楽しみに待ちながら、気付かず片思いをしている相手とただ話す。

 私の人生の中で最も尊い時間だった。


「とりあえずゲームでもしようか」

 当時のエイジは基本的に何でもできるタイプだったが、ゲームはあまり得意じゃなかった。中学受験だなんだと忙しかったからあまり遊ぶ暇がなかったのかもしれない。

 なので遊ぶゲームは簡単なパーティーゲームにした。

 すごろく式のゲームで、幸福度と言う数値を沢山上げてゴールした人の勝ちというルールだ。

 幸福度は、お金を稼いだり、結婚したり、困っている人を助けたりしていくと増えていく。

 運要素が強く、勝敗に実力があまり関係ないゲームで、家族用のパーティーゲームとして人気だ。

 運要素があり実力があまり関係ないと言っていたが、このゲームをやりこんでいる人によると、意外と戦略があって奥深いらしい。

 そんな運ゲーでもエイジはしっかり負けた。

 エイジが本当に弱すぎるので、いったん止めて何か食べることにした。ポテチの袋を開けて、皿の上に出す。

「そういえばさ」

「うん、なに?」

 ポテチをバリバリと食べながらエイジが聞いてくる。

「うん。おかげさまで」

「ならよかった」

 答えた瞬間、「あ」と漏らし、そっぽを向いた。

「エイジのおかげで仲直りできたよ」

「なんのことだか……」

 とぼけているようだがバレバレだ。赤面している。やっぱりあの時わざと話を長くして、母さんが私に追いつくまで時間を稼いでたんだ。

 このことをもっと突いて恥ずかしがらせてやろうと思ったが、今回は恩があるので止めておいた。

「それにしても、エイジゲーム弱すぎだよね」

「しばらくやる時間なかったからね。腕が落ちた」

「いや、前から弱かったよ」

「そんな」

 なんのゲームでも基本的に弱いエイジだが、格ゲーは特に弱い。妹のカレンちゃんも弱い。

 そのエイジが、今ゲーマーなのは彼の彼女である茜の影響が大きいのだろう。

「まあ、でもこれからは暇だし、ゲームばっかやると思うから、その内強くなってくんじゃね」

 受験に落ちてやることがなくなった。私や茜や、この島でできた友人が沢山いるにも関わらず、つまらないとでも言いたげだった。

 この時のエイジは酷く落ち込んでいたことを後で茜から聞いた。適当に話す奴だが意外と繊細で病みやすいのだこいつは。

 当時、人の内面まで見抜けなかった私は、つまらなそうな顔をするエイジのことが癪だったし、腹が立った。

「さあ、どうだろうね。ゲームってつまり遊びの一つでしょ?」

「そうだけど、どういうこと?」

 自分の言ったことに対しての返しにしては適切ではなく、脈絡のないことを言った私に対し、エイジは眉をひそめて言った。

「中学生になったら、勉強も大変になるだろうし、部活も入るし、遊ぶ時間は限られてくるよね」

「確かに、そうだな」

「その空いた時間をゲームだけに費やすのはもったいないと思わない? 中学生になったら、親の同伴なしでも島の外に行ける船に乗れるし、門限だって緩くなるだろうし、楽しそうなことがいっぱいできるじゃない」

「島の外に出かけてみるのも面白そうだな。まあ、そういうとこに着いて行ってくれる相手が居ればの話だけど」

 何を言っているんだ、こいつは。

 今、私は、その相手がいるという話をしているのに。

「目の前にいるでしょうが」

 エイジは仲の良い友達が多いくせに、その友達に対してどこか引っ込み思案な所がある。東京から来たことを気にしているのだろうか。

 私は私で、他の人がどう思っているかは知らないが、もしエイジが東京から来ていることが気に入ってなかったら、こんなに多くの友達は出来ないと思う。

「エイジは一生ゲームなんか上手くならないよ。ゲームする暇がないくらい楽しい中学校生活を送るんだから」

 私と一緒に。

 と言えれば百点だったのだが、恋愛感情を抜きにしても恥ずかしかった。

「はは、ありがと。香澄って結構恥ずかしいこと言うんだな」

 そういうエイジの顔は少し赤面していた。私の発言による共感性羞恥によるものには見えなかった。

 恥ずかしさを避けるためにエイジは違う話題を始める。

「そういえば、香澄のお母さん遅いな」

 私は時計を見た。時計は八時十七分を指していた。

「うん、でもそろそろ帰ってくると思う」

「そっか、じゃあ俺はここらで帰ろうかな」

「もう帰っちゃうの?」

 エイジには母と一緒に、私の誕生日を祝って欲しかった。なので今帰ってほしくなかった。

「多分、香澄のお母さんも俺のこと心配しちゃうと思うからさ、そしたらせっかくの誕生日が台無しじゃん」

「そういえばお前家出してたんだっけ」

「そうそう、帰ったら謝んないとなー、めんどくせー」

「仲直りできるといいね」

「お前みたいにな」

 エイジの言い方には大分余裕があったが、彼の親との仲が修復するのには三年を必要とした。中学生時代のほとんどである。

 自分だけ助けてもらって、私は彼に何もしなかった。

 エイジは急いで帰っていった。

「あ」

 あいつが使ってたコントローラー、私のなのに持って行きやがった。

 急ぎすぎだ、ばか。


 仕方ないので後日、取りに行くことにした。今すぐ取りに行ってもいいが、その間に母さんが帰ってきたら色々面倒なことになるので、エイジのことは追いかけない。

 誰かと遊んだ後の寂しさを紛らわすために、一人なのにも関わらず、ソフトを変えず、パーティーゲームをしていた。大勢でやるゲームだが、一人でも楽しめるモードがある。

 一人でやるパーティーゲームはあまり愉快ではなく、時間が経つのが遅く感じた。

 早く母さん帰ってこないかな、そう思っているとインターホンが鳴った。

 ――母さんが帰って来た!

 急いで玄関へ向かい、鍵を開けて、戸を開けたところで、気付いた。

 なんで、家の鍵を持っているお母さんがインターホンを押したんだろう。

 理由は簡単、インターホンを押した人物は母親じゃなかったから。

「君は、霞ヶ関詩織さんの娘さんかな」

 警察の制服を着た男の人がいた。

「はい……そうですけど」

「落ち着いて聞いて欲しい」

 その時、聡い私はすべてを悟った。

「君の、お母さんは、交通事故で、亡くなりました」


 母さんの葬式が終わった。殺した犯人も捕まった。両親が居なくなった私は叔父さんの明也さんが引き取ってくれることになった。明也さんとは仲が良かったので、引き取ってもらえて嬉しかった。

 私は母さんが死んだというのに、悲しくなかった。

 母さんが燃えて、遺骨を拾って、土に埋まっても涙が出なかった。

 涙を流すどころか、私を引き取ってくれる明也さんに笑顔を見せた。あの時の明也さんの気まずそうな顔は忘れられない。

 私が悲しまないのは当然だ。あんなにひどい母親だったのだから。

 明也さんが私を迎えに来るのは三日後、それまでに荷物をまとめておけとのことだった。

 母さんが死んだ次の日の朝は、昨日となんら変わらなかった。

 爽やかで、心地よくて、母が居ない。

 母さんは仕事で朝早くから家を出ていくので、どちらにしろ朝には居ない。

「暇だなあ」

 荷物を整理しろって言ったって、別にそれほど大事なものはもうないんだから。

 どうだっていい、この家にあるものなんて。

 でもある程度、着替えとかを持って行かないといけないので、その辺の荷物の整理は必要だった。

 でも三日も必要ない。昨日のうちに終わらせた。

 だから暇だ。暇で暇でしょうがない。何しろ私は一人なのだ。

「エイジでも来ないかな……」

 あー、一人じゃ寂しいなー。

 ぼーっと空を見つめていると、そのまま眠ってしまった。

 起きたばかりなのに、退屈で眠ってしまった。

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