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「んで、私のところに来た目的は別にあるんでしょう? まあ予想はついてるけどね、だからカレンちゃんには帰ってもらったわけだけど」

 実際に異能の術を操る巫女の勘の良さは流石である。

 神社の中に戻り、幽子さんは俺にお茶を出して、そのままぺたんと床に正座する。

「話が早くて助かります」

「まあね、その隈を見れば大方分かったよ。かなり強引な方法で夢から追い出されたみたいだね。夢の世界でできた隈は薬じゃ治せないから、私の方に来たのは正解だよ」

 勘の良さ、というよりも洞察力が凄かった。一言も言わずここまで状況を理解してくれるなんて、普通はできない。時々俺は幽子さんのことを村瀬さんと同等の天才だと思ってしまい、その度に間違いだと決めつけてしまうが、そんなことはないのかもしれない。

「幽子さんの言う通り、夢の世界についての話をしに来ました」

「まあ、それ以外君が私のところに来る理由が思い当たらないんだけどね~。ていうか、幹人からほとんど聞いてるしね。君のことよろしくとも言ってたよ」

 このアマ、泳がせやがったな。

 尊敬した瞬間すぐこれだ。少しは自重してほしい。

「聞きたいことは何? 追い出されたけど以前よりは香澄ちゃんの本心に近づけてるのかとか?」

「それです。あともう一つあるんですけどそれはまた後で」

「わかった」

 幽子さんはこくんと頷いた。

「でもまずは、君が今、以前と比べてどういう状況になったのかを話してくれないかな」

「あ、はい。すいません」

「いやいや別に謝ることじゃないよ」

 さっきから幽子さんの勘が良すぎて、何も言わなくても自分の考えていることがわかるんじゃないかと思ってしまっていた。

 こう思えるくらい勘が良いのだから、間違いなく幽子さんは何かの天才だが、それを認めたくはなかった。癪なので。

 幽子さんに夢であった出来事を話した。

 昨日から霞ヶ関が俺を近くの崖までは寄せ付けるものの、それ以上近づけば夢から追い出されること。

 幽子さんは「ふむふむ、なるほど」と考えた後、考えを俺に言う。

「少なくとも君は進歩しているよ。香澄ちゃんの心に近づいている。それは間違いない」

 まずその言葉を聞けて安堵した。安堵の息を吐くと言うが、本当に息を吐くまで安心したいのはこれが人生初だろう。

 少なくとも俺のやっていることは無駄ではない。

「でも、夢の世界から追い出されてしまったってことは、やっぱりまだ彼女のことを知り切れていないんだ」

 それは何となく自分でもわかっている。でも隈が治って冷静になってきた俺は以前考えていたことと違う考え方になってきた。

「でもそれって、彼女のことを何から何まで知る必要があるわけではないんですよね」

 俺は今日の朝、霞ヶ関に夢に追い出された時、あろうことか彼女の心を開くために彼女のことを何から何まで全て知る必要があると思ってしまったのである。寝起きは隈が出来るほど疲れていたから正常な判断が出来なかった。

「うん? そりゃそうだけど……まさか香澄ちゃんの足のほくろの数から脇のほくろの数とかまで調べようととしてたの?」

 なんてこと言うんだ。それも真顔で。

 素か。素なのか。

「今日の朝、これでも駄目だったから何から何まで調べようと思ってはいましたけど……もうちょっと言葉を選んでください」

「ちょっと勘違いしちゃってたみたいだから言うけど、何となく一連に関連してそうなことに関する香澄ちゃんの感情、挙動を知っていることが大切だよ。ごめんね、説明が足らなかったね」

 幽子さんに悪意があるとはいえ、俺の察しが悪すぎる。

「いえ、これは僕が間抜けすぎました」

「そうだね」

 首肯して肯定しやがった。

 でもこれが分かったおかげで聞けたおかげで大分心が軽くなった。

 恐らく、初めて風が吹いた時にもあの見えない壁(張ったゴムのような何か。もしかしたら念能力か何かかもしれない)はあったと思う。今回のことに関係する霞ヶ関の過去を聞けたから霞ヶ関の防御が薄くなったと考えていいようだ。

「君を夢から追い出している力についてだけど、あれは心の枝って言ってね。まあ、名前はどうだっていいんだけど、いわゆる心の壁みたいな防衛本能があるのよ。本心を知られたくない時に探偵タイプの夢力を持つ人が自分の元へ来ると、そういう風にして自分の身を守るの」

「なるほど……でも」

「今は夢の世界にエイジ君しか入れないんだよね? 幹人から聞いたよ」

 正確にはカレンも入れるんだが……でも入ってる間の記憶はなさそうだし、霞ヶ関のことにあまり関係しないし、まあいいか。

「はい。そうらしいです」

「これは香澄ちゃんの力だね。夢見島全体に影響を与えるなんてとんでもない子だ。軍人タイプとしてなら超一流だよ」

 幽子さんは俺、と言うよりは自分に語り掛けるような言葉を小さめの声で言った。

「なんで俺だけは夢の世界に入れるんでしょうか」

「う~ん、考えられるとことしては香澄ちゃんが君だけ入れるようにしてるってとこだよね」

「だとしたら、なんで心の壁なんて張るんでしょうか。俺に近づいてほしくないなら俺も入れないようにすればいいのに」

「それは多分、君に何かを伝えようとする気持ちと、やっぱり伝えたくないという気持ちがせめぎあってるんじゃないかな。それがストレスになって夢牢病に罹ったみたいな」

「なんすかそれ……」

 告白でもするのかあいつは。

「香澄さんは恋の告白をしたいのかしらね」

「絶対にないと思いますよ。あるにしても、あいつだったら堂々と言ってきますよ。妙に男気ありますからね」

「とにかく、これは君にしか解決できないこと。それを頭に入れておくことだよ」

「はい。わかりました」

 一通り話し終え、俺はぬるくなったお茶をずずずっと飲み干した。

「他に何かある?」

 何にもないので、終わりにしようと思った時、俺はある名前を思い出した。

 ここは神社で彼女は巫女なので知らないわけがないと思い、聞いてみることにした。

「あります」

「ふーん、なあに?」

「幽子さん、夢見様って知ってますか?」

 あくまで軽く質問したつもりだった。

 その質問をして、夢見様をしっかりと認知しまったことで、俺は後に村瀬幹人並みの天才と呼ばれるはめになるが、それはまた別の話。


 あー、知ってる知ってる。夢見様だよねー。うちで祭ってんだ~。くらいの軽い答えが笑顔と共に返ってくると思ったのだが、裏腹にしかめた顔と「……」無言の圧力が返ってきた。

 幽子さんがしかめた顔をするのはとても珍しいというか見たことがない。初めてだ。

「どこでその名前を?」

「前、夢に出てきて」

 ただ事じゃないかもしれないと思った俺は嘘を吐く。前と俺が言うと、夢の能力が開花して、普通の夢が見られなくなったので、大分前、少なくとも数年前ほどを差しているように聞こえるだろう。実際には昨晩のことだが。

「…………」

 香澄さんは黙っていたが、しばらくした後、「はぁ」とため息を吐き話し出した。

「夢見様はこの神社で祭ってる神様だよ。島の名前とまんま同じで驚いたでしょ」

 戯言っぽく話す話し方は変わっていないが、話すトーンがあきらかに変わっている。

「説明するとややこしくなるから言わなかったんだけど、私たちが使う夢力は夢見様が選んだ人が使えるようになるんだよ」

 使おうと思えばだれでも使えると夢カレンは言っていたが、それとはまた別なのだろうか。

「巫女の私が言うのもあれだけど、夢見様はろくでもない神様だから、知ってても何の得にもならないよ」

 有無を言わせないその言い方に俺は負け、それ以上何も言えなかった。

 幽子さんがここまで強くものを言うのも初めてだった。

 仮に俺が言い方に負けていなくても、なんとなく幽子さんは夢見様のことを話したくない気がしたので、俺は聞かなかっただろう。

 その後、少し雑談して夢見神社から帰った。

「今日はありがとうございました」

「これくらい全然大丈夫だよ。また来てね!」

 なんだかんだ言って、幽子さんは普通に優しい。

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