13
気が付くと目が覚めている。
またしても霞ヶ関を救えず夢から覚めてしまった。失敗だ。また失敗してしまった。
「確かに、失敗は失敗だ……が」
最初の夢で俺を吹き飛ばし夢の外へと追いやった風は吹いてこず、霞ヶ関に触れる直前まで近づくことが出来た。これは進歩だろう。
次だ。次の夢だ。
今日で霞ヶ関のことをさらに知り、夢の中で本音を聞く。
俺がそう意気込んでいると、部屋のドアがガチャリと開いてカレンが入ってきた。
「休みだからっていつまでも寝てたら駄目だから……って起きてる、珍しいね……って、え?」
カレンは俺の顔を見るなり、朝とは思えない耳に響く大声を出す。
「どうした?」
「こっちのセリフだよ! どうしたのそのクマ!」
隈?
部屋の鏡で自分の顔を見る。
「うぉ」
ゾンビだ。ゾンビが写っている。
俺の目の周りに真っ黒い隈が出来ていた。それはもう漫画でも中々お目に掛れないような見事な隈で、正直カレンが驚くのも納得だ。死にかけた表情も含めて、ゾンビという形容が一番合っている。
死にかけたさえ表情がなければグリーン・デイという形容でもいいんじゃないだろうか。
「兄さん、昨日何時に寝たの」
「十一時だな」
今は七時半である。がっつり八時間半は寝ている。
「私より寝るの早いじゃん! なんでそんな隈が出来るの!」
「こっちが聞きたいわ」
夜なかなか眠れなかったということも無く、しっかり眠れたはずなのになぜこんなに隈があるのか。
ちなみに今は普通に眠い。もう一度八時間半寝れる。
「……もしかして何かの病気なのかも」
カレンの心配がだんだん本気になってきた。
俺は何とかごまかすために冗談を言う。
「パンダみたいで可愛いだろ」
「やっぱり病気だ……あとどう見てもゾンビだよ……」
自分で言う分にはいいけど、人にゾンビ呼ばわりされると傷つくな……。
ゾンビジョークが通じない。話も逸らせない。どうしたらいいんだ。
仮にこのまま病院に入れられたら、今日手に入れられるはずの霞ヶ関の情報が手に入らなくなるかもしれない、それは避けないと。
でもどうやったら……あっ、そうだ。いいこと思いついた。
「いや……これは呪いだな……」
思いついたいいこととは苦し紛れのでっちあげ話である。なにも良くない。
「呪い……?」
カレンは首を傾げ、呪いと復唱した。
「え」
思ったより食いついている。驚いて声が出てしまった。朝だから寝ぼけてるんだろうか。
「そうだ、呪いだ。これは幽子さんが言ってたんだが……夏の時期に現れる……えーと、歯周病深爪捻挫悪魔(ししゅうびょうふかづめねんざあくま)に呪われかけてるんだ」
「歯周病深爪捻挫悪魔……?」
カレンはさっきと同じアクセントで復唱している。まさか信じているのか?
「そう、その悪魔に呪われると、死や重症には繋がらないものの、日常生活に支障をきたす程度の怪我や病気になってしまうらしい……」
「ずいぶんぬるい悪魔だね……」
「ぬるいが、何度も何度も直させては壊す恐ろしい悪魔なんだぞ」
カレンは大きく頷く。
「確かに、深爪治ったのにまた別の爪が深爪になったら嫌だもんね」
「ああ、この隈はその悪魔の多くの呪いのうちの一つだ。三回呪われたら完璧に呪われたことになるらしい……」
「じゃあ……どうすればいいの?」
どうすればいいんだろう。
まずこれ治るのか? 隈の大きさだけで見たら数日はかかりそうだぞこれ。
「そうだ。夢見神社で見てもらいなよ」
とりあえず行き先が病院ではなくなったことに俺は安堵する。神社なら言ってもすぐ帰ってこれそうだ。それに夢関係で幽子さんに聞きたいことがある。
「そうだな、朝ご飯を食べたら行くよ」
「わかった、夢見神社ね。一人じゃ危ないから私も付いていくからね」
そう言ってカレンは部屋の外に出て行った。
改めて鏡を見る。こりゃあ酷い。じっくり見れば見るほどカレンを騙せた理由がなんとなくわかってくる。
事前の症状無しでここまで酷いと病気に罹ったというより呪いに掛けられたの方がしっくりくる。
「でも私も付いてくは大げさだな」
そう言って立ち上がる。
「んぐっ?」
うまく立ち上がれずに左膝と両手を地面に着けてしまった。
「……」
体が重い。体調が良くない。視界も安定しない。
付いていくって言ってくれて本当に良かった。この体調ならもしかして一人じゃ神社にたどり着けなかったかもしれない。
俺がゲームで手を抜いた時にもカレンはすぐ気づいていたし、案外、馬鹿な兄の考えることなんて、賢い妹からすれば手に取るようにわかってしまうのかもしれない。
本人でもわからないことを察して手を回せるなんて本当に賢い。そして優しい。俺がカレンだったら、霞ヶ関は夢牢病になんてかかってなかっただろうに。
夢見神社に着いた。
俺は基本的に健康体なのであまり体調を崩したことがなく、体調を崩した状態で外に出歩いたことはない。
微熱を出して一人で病院に行ったことはあるが、あれは体調を崩したというほどではなかったのでカウントしない。なぜなら一人で病院に行けるし、日常生活に支障が出るほどではないからだ。
もちろん少しでも体に不安を感じたら休むのが正しいのだが、微熱程度では体の調子を崩したとは、もう言えない。
体の調子を崩すといえば、よく体調を崩したので休みます、と詳しく病名を言わず学校を休む教師がうちの学校に入るのだが、俺はその教師に対して、少し熱が出たくらいで休むなんて根性ねえなあと明治昭和平成初期の考え方をしていたが、今はもうそうは思わない。というより思えない。
詳しい病名を知らされてないので体調を崩したということを微熱程度のことだと思っており、教師が学校を休むということのことの重大さに気付いていなかった。
つまり何が言いたいかというと、体調が悪いと訴えた相手には優しく接してほしい。
本当の意味で体調を崩した俺は、カレンの手助けがないと夢見神社にたどり着けなかった。
「ねえ、本当に大丈夫?」
歩くたびに姿勢が崩れてしまうそうになるので、カレンに手を引いてもらいながら歩いている。
ただ手を掴むだけでは倒れそうになるので、カレンには俺の片腕を抱きかかえるようにして引っ張ってもらっている。
いやぁー傍から見たら俺とカレンはカップルに見えるんじゃないのかあ~、茜に怒られちゃうなぁー、がはは。という糞つまらない冗談を言えるほど俺の体力は残っていない。
くそ、なんで今は夏なんだ。せめて秋みたいな過ごしやすい季節なら必要以上に体力を使わないで済むのに……。
正直なところ、傍から見たら、自分のジジイを病院に連れてく孫にしか見えない気がする。少なくともカップルには見えないだろう。
「体は大丈夫なんだけど……なんか視界がふらついて……」
そう、意外と体は大丈夫なのだ。怠いが歩けないほどではない。でも視界がふらついてまっすぐに歩けない。薬物乱用者ってきっとこんな感じの道を歩いてるんだろうな。
こんな感じで、ふらふらへとへとだが、何とか夢見神社にたどり着いた。
たまたま神社の階段の下で掃除をしていた幽子さんは、カレンの肩を借りて歩く俺を見て、神社の中までおんぶで連れてってくれた(いつもの蹴りの威力もそうなんだが、幽子さんは意外と力がある。学生の頃、剣道と居合をやっていたとか)。
それにしても、幽子さんが出合い頭に飛び蹴りをしてこないなんて、傍から見た俺はそんなに、やばそうなのか。
「いや、確かにやばそうだけど、でも君の隣に茜ちゃんがいないときは流石に蹴らないよ、だって警察呼ばれちゃう」
あとで聞いてみたらそんなことを言われた。
今度から警察呼んでやろう。
「はあ……なるほどねえ、事情は分かったよ」
俺が説明する前にカレンがしっかり全て説明してしまった。その中には俺の嘘も混じっているので、というか嘘だけなので、何も知らない幽子さんが聞いたら混乱してしまうと思ったのだが、彼女は全てを察し、上手いこと空気を読んでくれた。
「私に任せて」
こういうふとした笑みの美しさや、いざという時に頼りになる態度で村瀬さんを騙したんだろうな。
「その、えーと、歯周病深爪捻挫悪魔の呪いを解くために、エイジ君には一回横になってもらおうか」
「はい、わかりました」
こちらに乗ってくれている幽子さんに俺も乗る。
「あの……私にも何かお手伝いできることとかありますか」
カレンがおずおずと言う。
幽子さんは「う~ん」と唸り「あるよ」と言った。
「エイジ君を寝かす場所だけど、見ての通り床だと彼が痛いよね」
「はい」
俺としては別に床でも大丈夫なんだが、幽子さんとカレンがそう言ってくれているので何も言わない。
「だからと言って、昨日干したばっかりのお布団にこんな汗だくの男の子はおけないよね」
それはそうだ。お邪魔してるのに布団まで使うことは出来ない。
「確かに……はい」
カレンも頷く。
「じゃあ残りは膝枕の上しか残ってないんだけど、でも私、もうすぐ三十代だし、高校生に膝枕するのは気が引けるんだよね」
もうすぐじゃなくてもう三十路超えてるだろ。なに鯖読みしてんだ。
とはいうものの、幽子さんは見た目が若すぎるので、すんなりと嘘が入ってきてしまう。もう三十路越えしているという正しい知識が間違っているのではないかという気がしてくる。
「そうですね」
「だからカレンちゃんがエイジ君に膝枕をしてあげてくれない?」
「え」
カレンはあんぐりと口を開けて固まった。ついでに俺も固まった。
え? 妹に膝枕してもらうの俺? この前仲直りしたばっかりの妹に?
気まず過ぎるだろ!
俺はしばらく(多分みっともなく)あたふたしていたが、カレンはすぐに切り替え、
「兄さん、早く寝て」
と言い素早く正座なり、俺を急かしてきた。
恐らく一番嫌なのはカレンなので、そこで俺が渋るわけにもいかず、カレンの膝枕に頭を置いた。
カレンの太ももって柔らかいんだな、しかも今日カレンはショートパンツを履いてるので頭が直である。なんていうか、凄くすべすべしている……って俺は何を考えているんだっ! 本当に茜に怒られるぞ! 霞ヶ関には引かれるぞ……いや、笑うな、あいつは笑いそうだ。
「よし、じゃあ今から呪いを解くための下準備、夢見式疲労回復の術をするよ」
そう言って幽子さんは俺の頭皮に触れ、揉みまくった。
「はうあうっ!」
「ちょっと兄さん変な声出さないで」
気持ちいい。すごく気持ちいい。
でもこれ術でもなんでもねえ、ただのヘッドスパだ。
「ほれほれー、ここかここか」
「あぶっ、くっ、ぜにっ」
泡銭?
泡銭とは正しくない方法で手に入れた金額のことだ。
そしてこのヘッドスパは恐らく正しくない方法で入れた快楽だ。
……正しくない方法で手に入れた快楽ってなんだ?
「だから兄さん……」
幽子さんのマッサージテクで気持ちよくなり、変な声を出すなとカレンに咎められる。
どんな状況やねん。
可愛い妹に嫌な顔されながら膝枕をしてもらい、頭のおかしい人妻からヘッドスパをされている。
本当にどういう状況やねん。
「ああああぁ……」
だんだん気持ちよさのベクトルがマッサージの快楽から眠気に変わって来た。
そういえばヘッドスパは眠気を誘う効果もあるんだとか。
「しばらく寝てな、君は疲れてるんだよ」
幽子さんがそう言ったのを境に俺は眠りに落ちた。
眠ったのに、なぜか夢の世界には入らなかった。
そのおかげかわからないが、久しぶりに安眠できた気がした。
その後、やはり俺は眠ってしまったようで、起きると三十分くらい経っていた。
体の疲れや眩暈はすっかり良くなっており、とても気分が良くなった。
「すいません、眠っちゃいました……」
眠ってしまったことへの謝辞を述べるが、幽子さんは笑顔で「いいのいいの、寝かすためにヘッドスパしたんだから」と言った。やっぱヘッドスパだったんですか。
「兄さん、起きたなら早く頭どけて。足痺れちゃった……」
「あ。ごめん」
足の痺れを訴えるカレンから俺はすぐに頭を退けた。
カレンは正座を崩して「いてて……」と苦い顔をしていた。足が痺れてしまったのだろう。
「ところでエイジ君、体の疲れはどう?」
「すっかり楽になりました、ありがとうございます」
幽子さんは大きく頷き、
「うん。君が言うなら大丈夫そうだね。目の隈も取れたみたいだし」
そう言って、俺に鏡を渡した。
「え、ほんとだ。隈が取れてる……」
俺はめちゃくちゃ驚いた。
ゾンビ、と言う形容が当てはまるくらい大きい目の隈とやつれて老け込んだ顔が、見る影もなく治っている。
確かに熟睡できたが、たった三十分で治るものだったんだろうかこれは。
「脳に癒しの念を頭蓋骨の薄いところから指から送って、通常の睡眠より何倍も良い質の睡眠が出来る、夢見神社の巫女に代々伝わる疲労回復の術は気に入ってくれたかな?」
「え、ヘッドスパじゃなかったんですか」
「眠っててくれた方が術を掛けやすいからね。マッサージは眠ら得るためにやったことだよ」
ただのヘッドスパかと思ったら異能力だった。しかも夢力とは比べ物にならないほど稀有いし便利な能力だ。
「そんな凄い能力があるならそれでお客さん呼べばいいのに、きっと儲かりますよ」
俺がそう提案するも、幽子さんは首を振る。
「あーだめだめ。これは他人の疲れを癒す代わりに自分が結構疲れちゃうの。念を使うのって結構難しくてさ……あ、そうだ。肩揉んでよエイジ君」
さっきまでふらふらだった人の扱いが雑じゃないすかねえ……。まあ、疲れを癒してもらったのでそれくらいいいですけど。
俺が幽子さんの肩をもみ始めると、
「はうっ、あうっ、あぁあぁあああ」
大きめの声で喘ぎ始めた。
「変な声出さないで下さい」
「最近幹人とご無沙汰なんだよね……」
「余計なことも言わないで下さい」
怖くて振り向けないが、カレンのいる方向からねめつけるような鋭い視線を感じる。
「んぁーそこそこ……いいねぇいいねぇ」
幽子さんの肩は結構凝っていた。それなりに力を込めないと思ったように揉めない。
「最近何か重いものとか運びました?」
幽子さんの肩こりの原因を探った。普段重いものとか持たなさそうな幽子さんが肩凝ったのはもしかしたら、さっきの疲労回復の術が原因かもしれないからだ。
「いーや何も。箒より重いものは持ってない」
「じゃあこの肩の原因はやっぱり今の術が……」
「そんなことないよ。術で疲れるのは精神だけだから」
「じゃあなんでこんなに肩凝ってるんですか」
「うーん、これかな」
と言って幽子さんは自らの欧風巨乳を鷲掴みにした。思わず凝視してしまったが、まずいと思った俺は天を仰いだ。目線の近くににあった窓の先から見える青々と茂った大きな木が見えた。まるで胸のように豊かな自然だ。
「おや。おやおや」
急に視線を変えた俺に気付き、にちゃにちゃと汚い笑みを浮かべる幽子さん(でも幽子さんは美人過ぎて、せいぜいにやにやという表情にまでしか気持ち悪さが届かなかった。ずるい)。
「ごめんね、肩なんか揉ませて。本当に揉みたいのはこっちだったね」
「やめてください幽子さん。あなた既婚者でしょう」
「幹人はどうせ今日も疲れてすぐ寝ちゃいそうだし、暇でも最近抱いてくれないし」
だから知らんて。夫婦間のセックスレスなんか知らんし聞きたくないって。
「男は三十超えると性欲消えるっていうけど、本当だったのねー……、逆に女は三十くらいから性欲強くなるっていうけど、これも本当なのよね~」
未成年二人(しかも片方中学生)の前で何言ってんだこの三十路は。
真面目にやべえぞ。
「だからまあ、ちょっとくらいわからせてもいいかなって、夫婦の状態は当たり前ではないって」
じろり、じろり、と焦らすように近づいてくる。俺は思わず声を荒げる。
「え、ちょ、やめてくださいよ? また疲れちゃいますから……あ! 俺、彼女います! だから駄目です! はい、おしまい!」
俺の声は空しくも届かず、のそのそと四つん這いで俺に近づいていく幽子さん。その時胸元が見えて、ブラジャーの上、大体鎖骨と乳房の間くらいの場所に噛み後が見えた。
……村瀬さん、噛むんだ。
あわあわとなす術のない俺と、ぺろりと舌なめずりをして近づいていく幽子さん。
このまま身を委ねてしまっては、茜に対して浮気をすることになる。でもなぜか蛇ににらまれたカエルのように動けない。これは恐怖か……考えたくはないが、男の本能か……。
このまま……俺たちは……
何も起こるわけがなかった。
なぜなら俺の横にはカレンがいたからである。カレンが俺と幽子さんのことを殺すのかという勢いで殴ってきたため何にも起こらなかった。
「いててぇ……冗談に決まってるじゃん! エイジ君なんか襲うわけないでしょ!」
一番最初にぶん殴られた幽子さんがカレンに苦言を呈した。
「なんかってなんすか! 三十路の癖に高校生を誘惑できると思わないで下さい!」
「は?」
「あ。やべ」
なんかと言われたので反論したら、過去一低いマジトーンでお怒りボイスだった(恐怖で日本語がおかしくなっている。こっちは間違いなく恐怖の本能だ)。
言い合う俺と幽子さんの間にカレンがぬっと割って入った。そしてこう言った。
「お互いのパートナーに言いますよ?」
「「すいませんでしたっ! お見苦しいものをお見せいたしましたっ!」」
カレンに向けて俺たちは同時に土下座した。カレンは土下座するくらいならやるんじゃねえよとでも言いたげなため息を吐いた。
俺の場合は妹に、幽子さんの場合は中学生に土下座をする、とんでもなく情けない図が出来上がってしまったが、どこの時代でも立場に年齢は関係ないのでご愛嬌。
「全く……本当に……」
何かうまい言葉でまとめようとしていたが、言葉が出てこなかったのか、「呆れた」と言って再度ため息を吐いた(多分呆れすぎて他の言葉が出てこなかったんだと思う)。
「兄さんが元気になったんなら私帰りますね? 二人とも末永く」
「それはちょうどよかった」
幽子さんはカレンの煽りをものともせず、笑顔で受け流す。
なんだこの茶番まだ続けるのかと思ったら、
「今から呪いを完全に排除するから、カレンちゃんはここにいると危険かも」
と言った。
「え、なんですか? 兄さんの呪いはまだ解けてなかったんですか?」
呪いのこととなるとさっきの呆れた表情とは打って変わって、真剣な表情になるカレン。
嘘を吐いている背徳感で胸が縮みそうだ。
「うん、でも大分弱まったよ。あとは排除するだけ。呪いと戦う時は出来るだけ他の人はいない方がいいかな」
「そう、ですか……でも」
カレンは涙目になって言う。
「それって危険なんですよね? もし、兄に何かあったら……」
俺は涙が出た。感動の涙ではなく、罪悪の涙である。
今なら罪悪感で死ねる。涙で三途の川を作れる。
呪いと戦う巫女らしく、と言うのが適切だろうか(呪いと戦う巫女が一般にはいないと思うので表現に困る)、幽子さんはカレンの肩に手を置き、優しく言った。
「君のお兄ちゃんの呪いは私が責任を持って解いてみせる。だから君には離れてて欲しい。呪いを解くときに誰か近くに居たら、その人に呪いが写っちゃうかもしれないんだ」
優しい言葉に掴まれた肩を震わせるカレン。
「でも……でもっ」
「だぁいじょうぶだよ」
幽子さんは優しい巫女の笑みから頼りになる子供っぽい大人の笑みに顔を変えた。
「私を信じて」
一抹の不安もなく、一滴の迷いもなく、一陣の風のように透き通った発音で繰り出されるそれらの言葉を聞いていると、俺、実は今とんでもねえ病気で、成功率の低い手術を担当してくれる頼りになる医者が目の前にいるのかと思ってしまった。
居るのは三十路の変な巫女である。
「私は……私はどうしたら……」
「君は家で待っていればいいよ」
震えるカレンに優しく言う幽子さん。今気づいてんだが、また優しい笑みをする巫女モードになっている。
「……わかりました」
納得したカレンは神社を出て行った。
しばらく、俺の手を黙って握ってから鳥居を潜った。
「……幽子さん」
「なあに?」
あくびしながら聞く幽子さんに言う。
「役者向いてますよ」
「君がつまんない嘘吐くからでしょーが」
「いでっ」
頭を小突かれた。
詐欺師に向いているという言葉を隠したんだから、小突かなくたっていいじゃないかと思う俺であった。
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