10
*
夢の中でも死んだら死んだら死ぬ。でもそんな、死ぬようなことが夢の中であるのだろうかと考えながらでも眠れたし夢に入れた。
考え事をしながら寝るとよく眠れないというが、俺の場合すぐ寝れてしまう。
今回もすぐ寝れた。夢の世界に入った。
あたりを見回す。ここは俺の部屋のベッドの上のようだ。
「十一時十五分」
部屋の時計を見た。布団に入った時間が十一時くらいだったので大体十五分くらいで寝れてる計算になる。何ならいつもより早く寝れている。
「あ、お兄ちゃん起きたんだね」
ベッドから起き上がるとカレンが入ってきた。
「ここ最近いつもこっちの世界に来るね」
「自分の意志で来てるっていうか、寝たら自動的にこっちに来ちゃうんだよね」
「え……?」
カレンは首を傾げた。意味が分からないって顔だ。
「まあ……そういうこともあるのかな?」
「こっちが聞きたい」
「ところでお兄ちゃんは何をしに、ああ、自動的に来ちゃうのかー……じゃあ特に目的とかないのか、じゃあ何する? ゲームでもする?」
「いや、今回は目的があるんだよ」
「へぇー、何?」
説明した。
「また女がらみぃぃぃぃ? この女たらし! 出てけ!」
部屋から追い出された。
「夢の中の人って本人の本心が如実に出るから、現実世界の本人が居そうな場所にいるとは限らないんだよね。本心を隠して生きている人がほとんどだからね」
再びドアが開いて、そう言ってすぐに閉じた。
夢の中の霞ヶ関を探しに外へ出た。
カレンはああ言っていたが、まずは霞ヶ関がいそうな場所を探してみる。
霞ヶ関のことだから泳げる場所に居そうな気がする。泳げそうな場所……海かプールか。どちらかといえば海に居そうだ。いつも泳ぐときはプールではなく海で泳いでいるからだ。
それにしてもあの霞ヶ関のストレスか、一体何があったんだろうか。
勉強には困ってないだろうし、部活も楽しそうにしてたし、気が乗らなかったらサボってるし、サボってても強いから許されるし、他に何があるんだろう。
霞ヶ関はよく俺に愚痴を履いてるし、ストレスをため込むような奴じゃないと思う。
「……考えてもわかんねえな」
会って話を聞こうか。幽子さんの話が本当なら、俺の前で嘘は吐けないらしい。
そこでしっかり話を聞いて、現実に戻ってそこで解決……は出来ないな、寝たきりだもんな、じゃあ夢の中で解決しなきゃならないのか。
考えてるうちに海に着いた。
「いねえな……」
俺の気も知らず、海は穏やかだ。
海は静かに波を揺らし、暗い空を映している。奥の方に月が写っている。今夜も雲はない。
霞ヶ関は昔から泳ぐのが得意で、小学生のころからよく友達と一緒に海に行っていた。俺もたまに連れていかれたが、俺が金槌なので泳ぎで競争したりは出来なかった。代わりに霞ヶ関は俺に泳ぎを教えてくれた……が俺の物覚えが悪く、結局クロールすら出来なかった。でも辛うじて犬かきだけはできるようになった。
そういえば俺は霞ヶ関のことについてほとんど知らない。泳ぎが上手くて頭が良くて明るい。両親が居なくて、中学生の頃は東京で過ごした後、島に戻ってきた。近所に住んでいれば勝手に耳に入ってくるようなことしか知らない。
俺はその後、プールや学校やアパートを探し回ったが、やはり霞ヶ関は居なかった。
今日もいなかったと思いながら、家に帰る道中、
「ん?」
ふと横を向く。背の高い草木の中に、頑張れば人一人は入れるくらい……人一人入ったような隙間があった。
ここを俺は知っている。なぜなら昔、俺がこの隙間を作った。
なぜかここに霞ヶ関がいるんじゃないかと思った。
……正直あまり入りたくはないが、確認のために入る。
もしもここに霞ヶ関が居たら、もしかして……いや、変なことを考えるのはよそう。
この先は海面から十五メートル程ある崖になっている。
その崖の先に霞ヶ関が居た。海を眺めながら崖に座っていた。
潮風が強くなり、少し身を屈めながら霞ヶ関に近づく。崖みたいに風邪を遮るものが何もない場所は風が強くなりやすい。
「そんなところにいると危ないぞ」
俺が声を掛けるも反応しない。
「霞ヶ関!」
大声で呼びかける。やはり反応しない。
潮風がだんだん強くなる。もう歩くのも困難だ。でも諦めるわけにはいかない。
霞ヶ関と俺には昔交わしたある約束がある。そのためには霞ヶ関には起きていてもらわないといけない。
「何がそんなにつまらなかったんだ? なんで誰にも話さなかったんだ? 俺には話せないことなのか?」
結局、最後まで霞ヶ関に近づけないまま、俺は風に吹き飛ばされてしまった。
そこで意識が途切れた。
*
「こういう風に夢で意識が途切れたんですが……これ、俺も霞ヶ関から拒絶されてませんか?」
夢から覚めた後、俺は再び村瀬さんの元を訪ねた。病室で話し込むわけにはいかないので、村瀬さんには休憩を取って貰い、病院の客間で相手をしてもらう。
霞ヶ関に近づこうとしたら風が吹いて夢から飛ばされた。これは十分拒絶されているのではないのだろうかと村瀬さんに聞いている。
「そんなことはない。エイジ君は十分受け入れられているよ。僕なんか夢に入って霞ヶ関さんのことを意識しただけで体が動かなくなった」
「じゃあ……やっぱり俺しか霞ヶ関を助けれないってことですか?」
「そういうことだよ。力になれなくて大人として申し訳ない」
村瀬さんがそう言って頭を下げるので、俺は慌てて「村瀬さんは悪くないですよ」と定番且つひねりも何もないことを言った。我ながらもうちょっと気の利いたことは言えんのかと思った。
「せめてもの償いとして、僕と幽子がエイジ君をこちら側からカバーするよ」
「ありがとうございます」
悪いとは思いながらも、俺一人では解決できなそうなので二人には手を貸して頂く。
「まず例の風のことだけど、あれは霞ヶ関さんとエイジ君の間にある心の遮蔽物だ」
「心の壁……ってことですか」
壁ではなく、風だけど。
「そうだね。その表現が適切だ」
「……」
黙り込む俺に村瀬さんは「どうしたんだ?」と優しく問いかける。
「……霞ヶ関とは小学生の頃から仲が良かったんです。取っ組み合いの喧嘩になっても十五分後には仲直りしてるくらい。踏み込んだことも言える中だと思ってたんですけど……」
心の壁を俺に出すということは、やはり霞ヶ関の心に俺に踏み込んでほしくない場所があるということだろう。
「……俺、嫌われてるのかな」
「嫌われている? とんでもない、君は何か勘違いをしていないか?」
「勘違い……ってなんのですか?」
「仲のいい間柄には何も隠し事はないっていう勘違いだよ」
「確かにある程度はそうかもしれませんが……寝込むまで悩みを誰にも話さないって……」
「うん」と一息置いて、村瀬さんが言う。
「なあエイジ君、悩みってなんで悩みなんだと思う?」
「なんでって……嫌なことがあったのに誰にも話せないから……」
村瀬さんは「そうだね」と頷いた。
「誰にも話せないから悩みになるんだ。誰かに話せていたら悩みになる前に解決しているはずだよ。だから君は悪くない」
「いやそういうことじゃなくて、俺くらいになら話してくれたって……」
言っているうちに声がすぼんでいった。
俺くらいになら話してもいいじゃないか、親友なんだから。それは霞ヶ関にとって特別な一人だと言っているようなもので、その言い方はあまりに傲慢だと思ったからだ。
すると村瀬さんが「ごめん、言い方が悪かったね」と急に誤った。
「誰にも言えないから悩みになるんだ。嫌なことがあったからじゃない」
「どういうことですか」
「例えば、僕と幽子が付き合って一年目、僕には大きな悩みがあった」
「勉強と恋愛の両立……みたいな感じですか?」
「いいや」と村瀬さんは首を振る。
「僕がギャルゲーをやっていることをどうやって幽子に隠すかだ」
「え、隠してたんですか?」
意外過ぎる悩みだった。
村瀬さんと俺が知り合いここまで仲良くなったきっかけは、間違いなくゲーム売り場でよく出くわすからだ。
「高校時代、僕はエイジ君みたいに友達が沢山いるわけではなかったから、暇なときは勉強するか、息抜きにギャルゲーするしかなかったんだよ……」
「いや……あの、俺が言うのもあれなんですけど……めちゃくちゃ陰キャですね」
「ああ、友達がいないことは明らかだったが、陰キャラだということは隠したかった僕は必死にギャルゲーを隠した。正直、これが高校生時代一番の悩みだったといっても過言じゃないかもしれない」
村瀬さんがオタクで陰キャなのはわかったが、何が言いたいのかがわからない。
「つまり……どういうことですか?」
「これは別に嫌なことが原因じゃない。本当の自分を知られて失望されることが嫌で、つまり他人から受けたことじゃなくて、自分から出てしまったものが自分でも嫌いでそれが悩みになってしまうってことだ。こういう悩みも結構あるんじゃないのか」
村瀬さんは「ふふ」微笑んだ。
「大事な人にほど言えないものだよ。少なくとも彼女には言えなかった」
納得した俺は「ありがとうございます」と言って会話を終わらせた。
俺のことを励ますために言ってくれてることだとわかってはいたが、それでも合点がいく内容だった。
「いいかい、君のやることは後悔して落ち込むことじゃなくて霞ヶ関さんを助けて喜ぶことだろう」
「はい、そうです」
そのために俺は霞ヶ関のことをよく知る必要がある。
意気込んで病院の客間を出ようとした時、「そういえば今日、エイジ君に会いたいって人がいるんだよ」と村瀬さんが言った。
「俺に会いたい人?」
村瀬さんを通して? 一体誰だろう」
「霞ヶ関さんの叔父さん、彼女の保護者だ」
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