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朝飯を食べ終わった後、俺の部屋にある少し小さいテレビでテレビゲームを始めた。
最近、俺は、実は意外とゲーマーでインドア派な茜とよくゲームをしているので、俺とカレンには実力差がある。なのでやるゲームはプレイスキルをあまり必要としないパーティーゲームにしようといったのだが、カレンが「格ゲーがやりたい」と言ったので格闘ゲームをやることになった。
こんな島暮らしでも、ゲームという都会人の娯楽が手に入るのは理由がある。
うちの近くの駄菓子屋はテレビゲームも扱ってる。
なんでも、今年で七十五になる駄菓子屋のおばちゃんの娘が、島の外の進学校に進学した時にテレビゲームをやってみたらしいのだが大層気に入り、最終的にゲーム会社に就職したそうな。
足腰を傷めずに、娘と孫と一緒に遊べる素晴らしいものを島のみんなにも分け合いたいと思い、駄菓子屋でテレビゲームを売り始めた。なかなか踏み切った決断だと思うが、こんな海しかない島にわかりやすい娯楽が出ると、みんなこぞって買い漁る。繁盛したので売り続けているといった感じだ。
特に、人気があったこの格闘ゲームは島の子供ならみんな持っているといっても過言じゃない。
茜がこれにはまってたので、付き合う前、茜の気を引くために結構やりこんだ俺はこのゲームが結構強い。なので手を抜かないと一方的な戦いになってしまうだろう。一緒にゲームをするというカジュアルな題目でこういうやり方は正しくないので、俺は手を抜く。
まず一番操作が苦手なキャラを選択し、強い動きを制限した。
カレンも俺や茜ほどではないがこのゲームをやったことがあるカレンならば、きっと勝てるだろう。
対戦開始。やはりカレンもそれなりに強い。縛りをしている以外では手を抜いてはいないのだが、カレンのキャラのヒットポイントを三分の二ほどしか削れなかった。
「いやー、参った参った。強いな。でもまさかあそこでクリティカルヒットが出るとは」
少し苦笑いをしながら、高めのトーン気持ち早めに言う。極めつけは勝敗に全く関係ない言い訳。
これだけやれば、俺が手を抜いたことはバレないだろう。
こんな感じで三回に二回くらい負け続ければ、カレンの気分も良くなるはずだ。昼が近くなれば母さんがそろそろご飯だと言って止めるだろうから、そこら辺で「結構やったし、続きはまた明日にするか、明日は負けないからな」と言って毎日向き合う時間を増やして、少しずつ仲を直していこう。毎日だとうざがられるかもしれないから、一日置きか二日置きくらいにしていこう。
そんで「今日は俺に買った報酬だ。なんでも買い与えよう」とか言って好きなものを聞き出そう。
素晴らしい作戦だ。
「なんで手抜きなの」
作戦失敗。
「別に手なんか抜いてないぞ」
「兄さんは言い訳しようとするときは言葉が詰まって言い訳できないし、というかむしろ、どうでもいい時に限って関係ない言い訳をすらすら言うし」
「……あ、いや」
「それに兄さんのもちキャラじゃないでしょそれ。……真剣勝負って言ったじゃん」
「ご、ごごご、ごめん」
「次、手を抜いたら、怒るからね」
普通、「次やったら怒るからね」と宣言して、次の瞬間「次やったら」に当てはまるここをしても怒る人はそんなにいないのだが、カレンが「怒るからね」といったら本当に怒るのだ。というよりもう既に半ギレなのだ。
まずい。手を抜かずに戦ったらコテンパンにしてしまうかもしれない。そうしたらカレンは起こるかもしれない。だけどこうなってしまった以上仕方ない。手を抜かずに戦おう。
そして戦った結果、やはり俺の圧勝になってしまった。ヒットポイントを全く削らせず勝利してしまうというガチっぷり。これは誇ることでもなんでもなく、ただ単にゲームのやりすぎなだけだが、このくらい完膚なきまでの敗北だとさすがに悔しくてやりたくなくなると普通は思う。
さすがに大人げなかった。そう思いながらカレンの方をちらりと見た。
「え?」
カレンは微笑んでいた。しかもなぜか嬉しそうに。
「そう、それでいい。やっと素直になってくれたね、兄さん」
素直になったねというか、させたられたのだが。
とにかくカレンが笑顔になってくれてよかった。ゲームに負けて機嫌がよくなるなんて聞いたことがないが、とにかくよかった。
俺が不思議そうな顔をしていると、カレンは話し出した。
「ゲームの勝敗なんてね、どうでもいいんだよ」
「どうでもいい?」
「うん、そりゃ勝った方が気持ちがいいけど、そういうことじゃなくてね、兄さんが素直になってくれたってことの方が大事なの」
どういうことだ? 俺が素直になることの方が大事?
ゲームをして疲れたのか、カレンは俺の方に寄っ掛かってきた。
「兄さん、私はとっくに兄さんが私に暴力を振ったことは許してるんだよ。その時は怖かったけど、でも兄妹だからこんなこともあるかって思ってた。それで納得した。ていうか、私だって兄さんのこと叩いたことあるもんね。だからお互い様だよ。だけど兄さんがいつまでも気にしてるみたいだったから」
「別に……そんな」
「その証拠に、ここ一年くらいどこか他人行儀だったでしょ。何となく自分でも理解してるんじゃないの」
その通りだ。
「あー、もう、私ってば恥ずかしいなっ」
カレンは寝起きの頭を自分でぐしゃぐしゃにした。
「この際だから全部言うけどさ、私は頑張ったんだよ。自分で自然にやれる範囲ね」
――それって、私には話せない悩みなの?
思えばカレンは、俺に歩み寄ってくれていた。
「だから、こういう風にゲームしようって言ってくれてうれしいよ。私が言ったからだろうけど本気も出してくれてうれしい。昔に戻ったみたいで楽しい」
カレンは少し恥ずかしそうに、そしてその恥ずかしさを隠すように満面の笑みを見せる。
「そっか」
閉鎖的になっていたのは俺の方だったのか。
「ごめんな」
「だからもう許したって」
「気を遣わせてごめん」
「ああ、そっち? そっちは別に謝んなくていいよ」
「お詫びと言っちゃなんだが」
立ち上がってバックの中からあれを取り出す。
「だからそういうのいいって」
いいとは言うが、これは誕生日プレゼントも兼ねてるのでもらってもらわないと困る。
カレンは俺と同じで、昔に戻りたかったんだ。
なのに、俺だけが閉鎖的になって、気を遣って気を遣われて、それがようやく解決した。
長引いてしまった。主に俺のせいで。
「十四歳の誕生日おめでとう」
駄菓子の詰め合わせだ。
安くて、駄菓子屋に行けばすぐ買えるようなものだ。
それなのに、カレンはそれを見た途端、目を見開いて、そしてそっぽを向いた。
少しだけうるんだ声で言った。
「……だから、そういうのいいって」
その声を聴いたとき、俺はとてもうれしかったが、あえて聞こえないふりをした。
そして俺も、そっぽを向いた。
そんな時、空気を読まないドアがばん!と音を立てて開いた。
「やっほー。カレンちゃん誕生日おめでとー。はいこれ、誕生日プレゼント」
茜だ。こいつ、カレンと二人っきりになることがそのままプレゼントになるとか言っておいて、邪魔しに来やがったな。
茜は新作のパーティーゲームをカレンに渡した。ちゃんと三人で遊べるやつだ。こいつ、今日は居座る気だな。
「わざわざありがとうございます。兄がいつもお世話になってます」
「ううん、こちらこそ、それより今何してたの?」
「兄と格ゲーしてました」
「へー、茜ちゃんもこのゲームやるんだね。ちょっと私ともやろ?」
「いいですよ。かかってこいです」
茜は俺の隣に座ってコントローラーを持つ。
「ちゃんと仲直りできたみたいね」
「そうだよ。まったく、邪魔しに来やがって」
「いいじゃない、私だってカレンちゃんのことは好きなのよ」
カレンには聞こえない声量で囁いた。
そして、カレンの横に置いてある駄菓子の詰め合わせを見て、茜はおかしそうに微笑んだ。
「いいセンスしてるじゃない」
「だろ」
俺たちがこそこそ話していると、カレンは少し大きな声で言った。
「あー、そうだ聞いてくださいよ茜さん。兄さんったら誕生日なのに駄菓子の詰め合わせしかくれないんですよ、これってありえなくないですか」
俺も茜も笑いそうになるのを堪え、
「そうね、それは酷いわね」
「ごめんごめん、今さっきまで忘れてたからさ」
俺の一言で茜は軽く噴き出した。
「酷いよ兄さん、来年はもっといいもの頂戴ね」
「ああ、ごめんごめん」
俺は笑いながら、心のこもってない、幸せな謝罪を繰り返すのだった。
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