先に喫茶店の中にいた茜はこちらを見ながら足を組んで待っていた。俺が「よ」と声を掛けると「ん」と返事をした。少しラフな格好だ。いつも服には気を遣っている彼女にしては珍しい。

 カレンの誕生日プレゼントが何がいいかは茜にも聞いた。

「え、あなたまだ妹に誕生日プレゼントとかあげてるの?」

「なんだ、悪いかよ」

「いや、素敵だなって」

 引かれたと思ったら褒められた。下げて上げるというアニメの中だったらツンデレという部類に入りそうな魅力の出し方だが、最近の茜の場合、ツンの後のデレが、プロボクサーのジョブからの右ストレート並に速くてツンデレと言い切れない感じである。

 そんな中途半端なツンデレだが、茜の見た目はそのツンデレのテンプレートそのもので、金髪のツインテール、笑った時に見える八重歯、長いまつ毛、少し釣り目で二重、少し幼い顔立ち、身長の割に凹凸の多い体、俺にはもったいない恋人だなとつくづく思う。

「高校生になっても妹にプレゼントを渡せるくらい仲が良いって凄いと思うわよ。あたしは一人っ子だから分からないけど、美香(みか)が弟と昔みたいに仲良くできないって嘆いてたわ」

 美香は茜の友達で、小学生の頃クラスが一緒だった。

 眼鏡をかけていて、月に一回は東京の秋葉原に行く熱心なアニメファンだ。俺も茜も彼女の影響でそういう二次元的なものを見るようになった。ものの魅力を伝えるのが上手い奴で、俺達はまんまと彼女の術中にはまった。

 そんな美香も俺と同じ悩みを抱えているらしい。

「いや別に俺はカレンと仲がいいわけじゃないんだよ。むしろ仲を修復したいからプレゼントしようと思ってるんだ」

「ああ……じゃああなたも美香とおんなじってわけね」

「やっぱり美香も俺と同じことお前に相談してたのか」

「どうしてこう、弟か妹の居る人ってのは一人っ子の私に相談するのかしら」

 そりゃあ……話しやすいから?

 それとも私じゃ解決できないこと話すなってことだろうか。

「羨ましいったらありゃしない……私も妹として生まれたかったもしくは弟が欲しい……」

 ツンデレだった。

「いや、でもいいことばかりじゃないぞ」

「昔からあなたとカレンちゃんを見てるけど、その度私がお母さんに妹をねだってたことを知らないからそんなことを言えるのよ」

 そんなことしてたのかお前は。

 可愛いなおい。

「いやでも、マジでデメリットもあるから」

「そこまで言うなら聞いてあげるけど……どうせエロ本が見つかっちゃうーとかなんでしょ」

「…………」

「え、なんで黙るの」

 エロ本ならまだましな方である。

「…………」

「ごめん。私が悪かった。今日は奢るから」

 茜がこっち側の席にまわり、優しく背中をさする。

「……いや、相談に乗ってもらってるんだからこっちが払うよ」

「私はそういうの気にしないからね、理解した上で付き合ってるんだから」

 優しくするな。涙が出る。

「とにかく! いいことばかりじゃないんだ。色々気を遣わなきゃいけないしね」

「でもやっぱり、あなたたちを見てるとメリットが多い気がするわね」

「そうだな、お互い小学生くらいまでは金曜日に二人で徹夜でゲームしたり、安い駄菓子を買い占めて総取りブラックジャックとかやったりしてだな」

「なにそれ、凄く楽しそうじゃない」

「ああ、今思えばめちゃくちゃ楽しかった。あの頃に戻りたい」

「そんなに仲良かったんのね」

「どうしてこうなっちゃったんだろう……」

「そこまで嘆くほどじゃないと思うわよ」

「え?」

「多分、カレンちゃんはまだあなたのこと好きなのよ。だけど彼女も出来て、中学二年生にもなって、兄に甘えるのが怖いんじゃないのかしら。……言いにくいけど、中学二年生の頃のあなたはちょっと荒れてたし、そういう意味でも怖がってるのかもね」

 確かに、中二の俺はかなり荒れていた。そんな自暴自棄になった俺を助けてくれたのが茜なのだ。

 ずっと前から惚れてたけど、さらに惚れたね。

「じゃあ……どうすればいいんだ?」

「時間よ」

 時間?

「一緒にいる時間を作ってあげればいいの。それがプレゼントでいいじゃない」

「そんなんでいいのかな」

「そんなんでいいのよ。プラスアルファでなにかあげてもいいけど、私はカレンちゃんの好みなんて知らないから、それはあなたの方が知ってるんじゃない?」


 確かに時間を作るのはとても大事なことではあるが、それだけじゃやっぱり味気ない気がする。

 でもそれ以外のことは自分で考えろと言われてしまったし、確かにカレンの好みなら俺の方が良く知ってるけれど……それじゃ今年も駄菓子詰め合わせになっちまうぞ?

「流石に駄菓子詰め合わせじゃあなあ」

 下手したら怒る気がする。「中学生になってまでこんなのいらないから!」って。

 でも俺知ってるよ。帰り道に毎日駄菓子屋に寄っては近所の小学生とベーゴマしてること。

 そしてそのベーゴマしてる小学生達に「私に勝てたらお菓子をあげるよ」って言ってること。最近一回だけ負けたのも知ってるよ。

「あ、兄さん帰ったんだ」

「ん、ああ」

 カレンに話しかけられた。

 長いまつ毛のついた大きい目が俺を見る。

「どこ行ってたの?」

「ちょっと茜と会って来た」

「また茜さん? もう付き合って二年も経つのにずいぶん仲良しなんだね」

「コツはすぐにキスとかしないことだ。性的なことばっかりやってるカップルはすぐ別れる」

 嘘である。

 そういうことをやり続けた方が関係が続くと、大学の研究結果で出ている。

「いや別に長続きのコツとか聞いてないから」

 カレンと話すときはいつもこんなテンションだ。俺がちょっとボケると欠かさずツッコミを入れて来る……と思っているのは俺だけのようで、カレンの目はどうやら俺に呆れているようだ。

 はぁー……と大きくため息を吐くと、俺の隣に座った。

「ねえ、兄さん」

「どした」

「茜さんのどこを気に入ったの?」

「それは茜に聞いて欲しいな、どうして俺なんかと付き合ってくれるのって」

「そういうのいいから、はやく答えて」

「ごめんごめん、……悩み事を言いやすい所かな。顔も体形も性格も好みだけど、やっぱり一番はそこだな」

 杞憂から冗談半分の悩みまで、何でも相談できる相手っていうのが、落ち込みやすい俺には本当にありがたい。

「ふーん、悩みねー」

「まあ、どれもこれも杞憂みたいなもんだけどな」

「それってさ、私には話せない悩みなの?」

「妹に悩みを相談するのは良くないだろ」

「なんで?」

「かっこ悪いからだ」

「別に……そんなことないと思うけどね」

「逆に、お前は何か悩みとかないのか?」

「ないことはないけど……」

「話しにくいだろ。そういうことだ」

「……そっか」

 適当な詭弁で取り纏めた。

 そう言って長い髪をかき上げながら、カレンは立ち上がった。

 こんなに話したのは三日ぶりくらいだが、そんなに嫌われてる感じじゃなかった。

 茜の言っていたことは結構正しいのかもしれない。


 そんなこんなで夏休み一日目はこれで終わった。

 毎年同じことを言っているんだが、夏休みの中で一番楽しい期間は夏休みに入る一日前から一週間くらいじゃないだろうか。

 学生の夏休みは長すぎて、受験生でもない限り基本的にやることがない。俺みたいな島暮らしなら特に。

 俺たちが住んでいる島、夢見島(ゆめみじま)は基本的になんもない。海と駄菓子屋と神社があるくらいだ。デパートなんかに行くときは、島を一日十五回往復するボートで島を出て、そこから二十分くらい歩く。カレンなんかはよく中学の友達と島を出て遊びに行ってるらしい。

 だから誕生日も島を出てデパートに行くと思っていたんだが、どうやら行かないらしい。

「いや、みんなにこいつ誕生日だから、なんかしてあげないとって気を遣わせちゃうじゃん」

 カレンはそう言っていた。

 年に一度の誕生日くらい、気を遣わせてもいいんじゃないだろうかと思うのだが、それは男の感覚で女子だとそういう感覚が違ってくるのかもしれない。

 こういうところで考え方の差が出てくる。

 やっぱり俺とカレンでは考えていることが違うんだな、まあ、当然だけど。

 俺がこんなにもカレンのことを大切にしたいと思っているのに、それも片思いで終わるのか寂しいななんていう気持ちは、カレンからすれば知らないし知るかということだろう。だって考えていることが違うのだから。

 ああ、心が読めたらいいのに。

 心が読めれば全てが上手く行く。仮にカレンの心が俺への罵詈雑言まみれであっても俺は受け入れる。

 なんてね。

 心を読んで相手を思い通りにするなんてどこの三流官能小説だよ。

 やれやれ。

 そんなことを考えて俺は布団の中で眠りにつき、どうせ暇な明日に向けて備えるのであった。

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