最終章 これからもよろしく
「随分、素敵なメイクだな」
昨日のことが全て嘘のように、よく晴れた空をいつものように廊下の窓から見上げる霧雨さん。
その隣で真っ赤になった頬を私はさする。
「フウカさんに思いっきり殴られました」
雨の中。ショッピングセンターの庭園で叫び続けた私は警備員に通報された。
それまでの諸々もあり、私は警備員のおじさんにこっぴどく叱られて、親に、つまりフウカさんにも連絡がいった。
「どういうことかな?シグちゃんはあれなの?雨の日に傘を挿すって一般教養も知らない子なの?」
その姿は少しも茶化すことができないぐらいに怒っていて、二度と彼女を怒らせないようにしようと決意した。
まぁ、その後「お兄ちゃんをいじめないで」とハルの中でフウカさんの株が一気に下がって。
「ちょっと、どうしてくれるのよ!」
と更に理不尽に怒られ、殴られたのだが、まぁ、それはわざわざ喋る必要はないだろう。
「しかし、キーはやっぱり雨だったんだな」
まだはっきりはしてないのだが、警備員さんにも、他のお客さんにも雨宮さんの姿は屋内ではっきり見えた。
そして屋内に入った瞬間に見えた彼女の姿に誰も驚きはしない。最初からそこにいたように。
「納得いかないんだけど」
見えたのは良かったのだが、最初に受けたのが説教ということもあって、雨宮さんはややご機嫌斜めだったのだが、
「おはようございます」
今朝会った彼女はとても楽しそうだったので、まぁ、大丈夫だろう。
昨日のことを説明したら、霧雨さんは納得したように頷いた。
「雨の日って、どうしても雨越しに人を見るしかないだろう?」
「つまり、雨越しに雨宮さんを見ていたから見えなくて、同じ傘に入ったことで雨越しに見なかったから、しっかり見えるようになったと」
「まぁ、無理矢理理屈をつければな」
「つまり屋内で見えたのも、雨を挟んでなかったから」
「まぁ、そうとも捉えられるが、どっちにせよ、まだ解決したのかも分からないしな」
「大丈夫です。私がこれからも、一緒にいるので」
そう言った私に霧雨さんは納得したのか、してないのか、短く嘆息した。
「まぁ、精々頑張れ」
「はい。ところで、どうしていきなり見えるようになったのでしょうか?」
ただ、無我夢中であの時のように、あのお姉さんに習って、雨と仲良くなったら、こっちの要求も受けていれくれるんじゃないかという、ある意味一番ファンタジーな方法だったので、当然そこになんら根拠はない。
「結局、意識の問題だってことだろ。雨宮虹深の意識が何か変わったんじゃないのか。
例えば、雨の日に何か特別なことが起こるとか。消えている場合じゃないと思うようになったとか」
「なるほど。でも、そればっかりは雨宮さんに聞かないとわからないですね」
また聞いてみよう。
「いや、私はなんとなくわかったよ」
「そうなの?」
霧雨は窓にもたれかかっていた体をゆっくり持ち上げた。
「まぁ、とにかくお疲れ」
「え、うん」
結局、霧雨さんの口からその答えを教えてくれることはなかった。
「あ、雨宮さん」
次の日、スーパーで買い物をしていると、雨宮さんと出会った。
「雨の日じゃなくてもくるんですね」
「なんか、時雨の中で私は雨の日にしか会えない、レアキャラだと思ってない?」
「‥‥‥‥」
「否定しなさいよ!」
確かにそうなったら、本末転倒なのだが、どうしても雨宮さんとの思い出は雨とワンセットになってしまっているのだから、致し方ない。
「全く」
呆れながらも、どこか嬉しそうにしているところをみると、そこまで怒ってないようだ。
その後も野菜の選び方や調理の仕方について話してくれる雨宮さんはどこか楽しそうに見えて、私はその話を、メモを片手に熱心に聞いた。彼女の話はとても勉強になります。
「そういえば、まだちゃんとお礼を言ってなかったわね」
なんのことだろうと小首を傾げる私に、雨宮さんは顔を赤らめながら、呟く。
「ありがとう。時雨のおかげで、これからも雨を怖がらずに、憂鬱に思わずに迎えることができるようになったわ」
いや、それは雨宮さん自身が乗り越えたおかげなのだが。
「うん、私も雨宮さんの一助となれたことを光栄に思うよ」
「フフフ、時雨に助けられたのはこれで、二度目ね」
「二度目?」
小首を傾げる私に雨宮さんはニヤニヤしながらこちらに視線を向けた。
「レイニーマン」
転びかけそうになったところを必死で食い止めた。
「へぇ〜そこまで動揺するんだ。時雨が」
まるで珍獣でも観察するように顎に手を当てながら、こちらに視線を送ってくる。
「あの〜できれば、あの時のことを忘れてもらえれば」
「どうしよっかな。なんか、ずっと時雨にはマウント取られている気がしているから、悩みどころだな」
別にそんなことはないと思うけど。どっちかというと私は振り回されたような。
しばらく考えるようにしていた雨宮さんの表情が破顔した。
「じゃあ、一つ約束して」
「何をでしょうか?」
「いつかでいいからさ話してよ」
「何をでしょうか?」
「雨と戦っていた理由。そしてどうしてそこまで相合傘にこだわっていたのかを。それが条件」
「‥‥いつかでいいのですか?」
「ええ、いつかで」
「わかりました。では雨宮さん。これからもよろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
そして私たちは並んで帰路に着く。
明日は雨だろうか、それとも晴れだろうか。
もし雨なら、私はこういうだけだ。
傘の下の君に告ぐ。私は君と相合傘をしたい。
傘の下の君に告ぐ。私は君と相合傘をしたい。 @esora-0304
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