第6話 初デート 君と相合傘を
ようやく雨宮さんが登校したのは梅雨明けが発表され、テスト一週間前のことだった。空は久しぶりに晴天で、むしろ少し暑いぐらいだった。
欠伸を噛み殺しながら、教室に向かう。今日もまた明け方近くにハルが逃げてきた。
「怖い、夢見た」
フウカさんに襲われる前からハルは時々悪夢を見ては、うなされることがあった。
最近は落ち着いて、いや、きっとフウカさんのことがあって、それどころではなかったのだろう。
「‥‥‥‥狙ってないよな?」
ハルにあったことは未だにフウカさんに説明はしていない。それでも勘の鋭い彼女はきっと、何かを察している。だから。
そこまで思考を巡らせたところで、普段のフウカさんが脳裏を過ぎった。
「考えすぎか」
まぁ、とにかく。そんなこんなで、寝不足な体を引き摺りながら、廊下を歩いていると、向こうから雨宮さんが歩いてきた。
彼女も私に気づいて、心配そうにこちらに歩み寄ってくる。
「‥‥‥体の方は大丈夫なの?」
恐る恐る。伝わっているのか、確かめるような心配そうな瞳で訴えてくる彼女の言葉に私は言葉を失う。
「何?」
私の表情の変化に彼女は怪訝な表情を浮かべる。
「いえ、会うたびに逃げられていたので、雨宮さんの方からこちらに来てくれることが凄く、新鮮で嬉しくて」
彼女の顔が赤く染まった。
「あ、アホなこと言ってないで!体はどうなの?」
「はい、ご迷惑をおかけしました」
胸を撫で下ろすと、どこか言いづらそうに口籠る。
「その、風上先輩とは親戚だったのね」
フウカさんから病院に付き添ってくれたということは聞いていた。
「ああいう時はこの体質便利なのよね」
なんとこっそり救急車に乗り込んでくれたらしい。
そしてフウカさんが来るまで、ずっといてくれたらしい。
「本当に迷惑をかけてすいません。後、風上先輩との関係のことは」
「大丈夫。先輩にも頼まれたし、第一そんなに言いふらす友達いないし」
「奇遇です。私も雨宮さん含めて友達、三人しかいない」
お互いにクスクスと笑いながら、場の空気が和んだところで、
「ところで、ここ数日間どうしたのですか?雨宮さんも体調を崩していたのですか?」
それを聞いた途端、彼女の顔が曇った。
「少し面倒なことになったの。ここじゃあれなので、また放課後。あの喫茶店で良い?」
ただならぬ雰囲気を感じて、私はこくりと頷いた。
「その話、俺も聞いていいか?」
すぐ傍の窓から外を眺めていた霧雨さん徐にそう言った。
「久しぶりだな。雨宮虹深」
「‥‥‥伽音ちゃん」
「その呼び方はやめろ」
どこか親しげな二人の会話に私は首を傾げる。
「二人は友達なんですか?」
「知りたいか?」
「いえ、別に。言いたくないのなら」
「私は時藤君と伽音ちゃんが知り合いなのが驚きだわ」
「こいつが言っていた三人の友達の一人が俺だ。
ところで、さっきの質問の答えは?」
再び雨宮さんの顔が曇る。
「いいの?また厄介ごとに巻き込むかもよ」
「今更だ」
雨宮さんはどこか嬉しそうな顔を浮かべているような気がしました。
「わかった。じゃあ、放課後に」
去っていく雨宮さんを見送ってから。
「面倒見いいんですね」
「アホか。ただ単なる興味本位。後、今日の放課後バカ馬にしつこく誘われていてな。
お前との約束があると断っていく」
「それ、私が一番面倒な立場になるんじゃ」
案の定昼休みに流鏑馬君が絡んできたが、なんとかそれを説得したのはまた別の話です。
「見えなくなった?」
喫茶店で向かいに座る雨宮さんの言葉を私は反芻する。
雨宮さんはこくりと頷き、机に置いているココアのカップを握りしめ、その水面に移る自分の顔を見つめながら、鎮痛な面持ちで語る。
「公園に行った次の日。学校に着いた時だった。元々雨の屋外じゃ見えなかったから、違和感には気づかなかったけど、廊下を歩いていたら、人にはぶつかるし、みんな無視をしているには全く視線を合わさないの。
でも、それでも半信半疑だった。
だけど、いざホームルームが始まった時にその違和感は徹底的になったわ。
『雨宮は休みか』
担任のその言葉が私の頭に届くまで、理解するまで随分時間がかかった。
それでも私は一拍二拍遅れながらも反論したわ。
私はいるって!
半分いや、ほとんど怒鳴り散らすようにしばらく叫び続けたわ。
でも、その言葉は誰にも届かなくて、次第に怖くなってきて、その場から逃げ出した。もちろん誰も追いかけてこなかった。
次の日も学校中の学校外のありとあらゆる人に話しかけたわ。
クラスメイト。先輩。先生。用務員の先生からコンビニ店員や駅員。近所のおばさん。
でも、誰も私の声は聞こえなくて、見えなくて。急に怖くなって、私は部屋に引きこもった。
そして今日、もしかして雨のせいかと思って恐る恐る登校したら、時藤君が話しかけてくれた」
雨宮さんは一口ココアを飲んで、落ち着くように息を吐いた。
なるほど。今日、話しかけた時に彼女が安堵したように見えたのはそういう理由か。
「すいませんでした。問題を一緒に解決すると言ったのに、雨宮さんが大変な時に傍にいてなくて」
頭を下げた私に雨宮さんは首を振った。
「ううん、元はといえば私が最初にあなたの提案を拒否したのがいけなかったのだから」
「でも」
「そうだ。それは単なる傲慢という奴だ」
雨宮さんの隣に座る、終始無言を貫いていた霧雨さんが口を開いた。
「その場にいたところで、何も役に立たなかったかもしれない。
未来を知っているお前だからこそ過去のたら、ればが言えるんだ。
つまりお前の後悔こそ前提条件が間違っている」
そうかもしれないけど。
「それに今考えることは別にある」
「別?」
「ああ、話を聞くと症状が進行していると考えるのが妥当だ。
つまり、今まで見えていた時藤時雨にも雨の日の雨宮虹深が見えなくなっている可能性があるということだ。
そうなるとお前に出来ることは何もなくなる」
何せ雨宮虹深が雨の日には見えないということに違和感をしなくなるのだから。
そう付け足して、霧雨さんは深く息を吐いた。
確かにそうなってくると、もぅ治すとかそんなレベルの話じゃなくなる。関わることができなくなるのだから。
でも。
天気予報アプリを開いた。
「天気予報によれば、ここ数日は雨が降らないみたいです」
つまり、その間になんとかすればいい話だ。
「そんな簡単なものじゃないだろう」
「でも、悪い方向とはいえ、動きがあった。つまり動く何かがあったということだ。それを突き止めれば、まだなんとでもできると思います」
椅子に深く座り腕を組み思考を巡らせていると、二人の視線を感じた。
「どうしました?」
「え、あ、いや。なんでもない。その、ありがとう」
顔を赤くして、雨宮さんはそう言った。
「?言ったじゃないですか。何ができるかわからないけど、一緒に考えるって」
「‥‥‥‥」
俯く雨宮さん。どうしたのだろうか?
「変人だけではなかった。むしろ余程厄介かもな」
何かに納得したように霧雨さんは肩で息を吐く。
「どういう意味です?」
「別に」
彼女の言葉と呆れたように肩で大きく息を吐いた仕草がよくわからず首を傾げる。
「それより。何か霧雨さんから案はありますか?」
「早速人頼みかよ」
「話さずに、人にアドバイスを求めるのは建設的ではない。ということは、最初に意見を求めた方が合理的という捉え方もできませんか?」
「なんだ、その無茶苦茶理論」
そして一つ嘆息した後。
「‥‥‥‥一つある。だが、これは雨の日にしか使えない、博打みたいなものだ。
なんの根拠もない仮定によってな」
そう前置きして、彼女は説明を始める。
「そもそも順番が逆だったんだよ」
「順番が逆?」
小首を傾げる私と雨宮さんに霧雨はさんチョコレートパフェを食べながら語る。
「問題を解決するために、お前ならまず何をする?」
「う〜ん、まず問題を分析する」
「その前にだ」
「その前?」
一瞬逡巡した後に。
「問題の本質を知る」
どこか呆れたような瞳を向けられた。なんだ?変なこと言ったかな。
「問題を自覚することね」
雨宮さんの回答に納得したように霧雨さんは一つ頷く。
「人ってものは、最初は身の周りに起こっている問題に対して、まずは偶然だと思い、そこまで自分の事のように思わない。
病気と一緒だ。最初は軽い症状なら対して気にならない。
ところがそれが頻繁に、もしくは重篤してきたら、病院に行くなり、生活習慣を改善するなり、してその問題を解決しようとする。それに対しての意識の配分がどんどん大きくなる。
さて、お前らに問う。雨宮虹深が消えた前日に何があった?」
「‥‥‥私が、雨宮さんの問題を解決すると言った」
霧雨さんの言いたいことはなんとなくわかった。
ようは姿が見えなくなったわけじゃない。姿が見えないと思い込んだから、見えなくなった。
「で、でも。そんなこと」
俯く私を見かねてか。雨宮さんは辿々しい口調で、問いかける。
だが、霧雨の表情もパフェを食べるペースも変わらない。
「お前が最初に見えた奴が見えなくなった時との徹底的な違いは?
自覚したからだ。理解したからだ。
雨宮虹深が雨の日には見えないと」
なるほど。それで順番が逆。
雨宮さんが雨の日に見えなくなったわけじゃない。周囲が、環境がそして雨宮さん自身が思い込んだのだ。
自分は雨の日には姿が見えないと。
「根本的な理由。最初に何を考えて、何を思って、そのような体質になったのか、俺は雨宮じゃないからわからないし、そもそもなんお理由もない。単なる偶発的なものだったのかもしれない。
だが長いこと続いている間に順応していった。その間に理由が置き換わった可能性は大いにある。
お前の雨男と一緒だ。偶然が偶然を呼んで、それが重なって、いつしか周囲が周りがお前のことを雨男と読んで、そのうちに自分が雨男なんだと受け入れる。そこになんら根拠もないのに」
頬についたチョコレートを霧雨さんは指で拭う。
「片田舎の雨の町で、雨の日に消える少女。
退屈をしていた血気盛んな高校生達のちょっとした娯楽程度なものだったんだろう。そこに悪意はなかった。
だが、人は人を無意識に傷つけることが当たり前の生き物だ」
カランとパフェのグラスにスプーンを放り込み、ナプキンを取り、口を拭った。
雨宮さんは俯き震える。
「でも、そんなのどうしたら」
確かに。意識なんて、はい、やめましたと言って戻るものじゃない。
入口があるわけでも出口があるわけでもない。境界線もなければ、やめますと一筆書いたところで、変わりはしない。
そんなに簡単なら人は苦しまないし、苦労はしない。時間が全てを洗い流してくれないように。一度植え付けられたコンプレックスが消えないみたいに。
でも、だからと言って。
「早く続きを。どうしてそこで止めるんですか?」
外は綺麗に晴れ渡っているのに私たちの周りに暗雲が立ち込めたところで、そう呟いた。
「それで、どうすればいい?」
私は知っている。彼女の語る言葉はナイフのように鋭利に尖っているが、無闇に振り回したりしない。そこに明確な理由があることを。
私の鋭い視線を受け、霧雨さんは一瞬目を見開き、肩で息を吐く。
「意識を変えるんだ。雨宮虹深が雨の日に見えないという意識を。
こいつから追い払い、周囲の意識を変えるんだよ」
なるほど。実にシンプルな回答だ。
「それって、なんの回答にもなってないような」
呆れたような雨宮さんと違い、私はまっすぐ彼女を見つめる。
「ようは私が見つければいい。見つけ続ければいい。そして一緒にいればいい。雨の日に。雨宮さんと」
聞いたことがある。
人は人に見られて、観測された時点で初めてその姿が存在すると。
なら、私がその観測者になればいい。
「雨の日。雨宮さんを絶対一人にさせない!」
その一言に雨宮さんは俯き、霧雨はクスクス笑う。
「思ったより。お前って熱い男なんだな」
「いや、そうでもないと思います。ただ単に私は自分の目的の為に素直に行動しているだけです」
「目的?」
「ああ、僕は雨宮さんと相合傘がしたいんだ」
その一言に周りの空気が変わったことを読み取れなかったのはどうやら僕だけだったらしく。
「今日はこれにて失礼する」
突然立ち上がって、逃げるように去って行く雨宮さん。
その姿を何があったのか、よく分からず唖然として見送る私。
「純度100%の天然程、厄介なものはないな」
何を言っているのか分からない霧雨さんの言葉に、橘さんも大きく頷いていた。
「おはようございます」
「お、おはよう」
二日後の雨の日。私は登校途中の雨宮さんに声をかけた。
以前よりもかなり透けていて、もはや透明に近いのだが、視認はできた。
とはいえ、あまり時間はないようだ。
「じゃあ、行きましょうか」
「え、ええ」
気を引き締めるように、力強い一歩を踏み出す私。雨宮さんも緊張しているのか、どこか動きが辿々しい。
無理もない。いつ自分が見えなくなるのかわからないのだから。タイムリミットは刻一刻と近づいている。
「雨宮さん!」
「は、はい!」
「大丈夫。私が必ず見つけ出しますので」
彼女の中で自分はちゃんと雨の日だろうが、見えるということを意識させる。そのために雨の日に彼女を一人にさせない。それしか今の私に出来る方法はない。
「あくまで俺の根拠のない推測だということを忘れるなよ」
帰り際に霧雨さんに言われたことだ。
解決策が正しいどころか、根本的に問題へのアプローチが間違っているかもしれない。博打みたいなものだ。
それでも、やるしかない。
彼女を助けるために。雨宮さんを助けるために。
「どうしたの?体調悪い?」
雨の日に雨宮さんがちゃんと見えることを周囲にアピールする。そのためには彼女の存在感を強くしないといけないのだが、先ほどから彼女は顔を赤くして俯いている。これじゃ、アピールするどころか、かえって目立たない。
とはいえ、もしかしたら雨宮さんは内気な性格でそういうのが苦手な人なのかもしれない。無理矢理強要したらかえって逆効果になるかもしれない。
何か良い方法はないものか。
そんなことを考えている私の耳に隣を歩く女子二人組の会話が聞こえてくる。
「テストだるいね〜」
「たまには息抜きしたいよね」
「よっしゃ!じゃあ、テスト終わったら遊びに行こう!」
「おお、いいね!」
これだ!
「時藤君?」
不意に立ち止まった私を不思議そうに振り返る。
「雨宮さん。今日午前授業ですよね!」
「え、あ、うん。そうだけど」
当たり前のことを確認する私に、困惑の色を隠せない。
「今日、放課後。遊びに行きましょう!」
「え!いや、それって」
わかっている。確かにテスト前に遊びに行くなんて、ダメなことだ。今日の半ドン授業もテスト勉強をするためのものだ。
でも。
「テストも大切だと思うけど。今は雨宮さんの問題を解決する方が大切だよ!」
テストに自信があるわけではないのだが、問題優先順位はどう考えても、雨宮さんの問題の方が上だ。
「お願いします。今日の放課後。私に付き合ってください」
「つ、付き合うって。あ、うん。わかったから。だから頭を上げて!」
顔を真っ赤にして、慌てて両手で大きく手を振る。雨宮さん。中々良い反応です。頭を下げた甲斐がありました。流鏑馬君のアドバイスも馬鹿にならないです。
でも。
「何してんの」
「変人」
「気持ちわる〜」
どうやら私の姿しか彼女達には見えてないようで、本当に雨宮さんが見えてなことを改めて自覚して無性に悲しくなってきました。
「いい加減頭を上げて!」
そんな言葉も聞こえないぐらいに、私は握り拳を握りしめ、決意を新たにした。
もちろん、頭を抱えてその場で立ち尽くしている、雨宮さんの姿は私の目には入っていなかった。
電車に揺られること三〇分辿り着いたのは、大型複合施設『宮の北ガーデンズ』
いくつものショップが立ち並び、映画館や巨大フードコートに大型スーパーや百貨店まで入ったここら辺じゃ一番大きな商業施設らしい。
「こんなところがあったんだ」
「私も初めてきたわ」
ここを教えてくれたのは雨宮さん。いざ一緒に出かけることになったのだが、友達と遊びに行った記憶がない私にとって、どこにいけばいいのかわからない。
雨の日だから遊園地などの屋外施設はだめ。映画なんて今回の目的とは全く不向きだし、カラオケなど歌える曲はないし、ボーリングに行ったら、明日動ける気がしない。
フウカさんに相談したら、またいらぬ詮索を受けそうで、下手したら尾行されかねない。霧雨さんに相談しても『専門外だ』と一蹴された。
だから素直に雨宮さんに相談したところ、ショッピングが良いと提案してくれた。
でも、特に買う物はないし、所持金もあまりないというと。
「別にいいと思うわ。本とか文房具とか小物とかぶらぶら見て回るだけでも結構楽しいものよ」
人が多いところをうろつき回る。確かに今回の目的の趣旨と合致している。
「すごい雨宮さん。完璧だ。それじゃ、早速行こうか!」
「だ、だからそんなに大声で言わないでよ」
わざとなのだが、言うまい。多少、大袈裟な方が効果はありそうだ。
「見えてないんだから。堂々とすればいいのに」
しばらく施設内を探索したところで、雨宮さんは疲れたようだったので、フードコートで休憩することにした。私はファーストフード店で買ったジュースを二つ買って、一つを雨宮さんの前においてそういったが。
「できるわけがないでしょ!」
雨宮さんはヒステリックにそう叫んだ。
「何か私、雨宮さんに怒られるようにしましたか?」
「なんなのよ。あなたの、あのショップで立ち振る舞い。明らかに精神異常者じゃない」
どうやらショップに入る度に、雨宮さんのことをアピールしたことがあまり気に入らないらしかった。
「彼女に似合うアクセサリーはありますか?」
「雨宮さん、見てください。この文房具面白いですよ」
「あ、その試食のコーヒー二つください。二人いるので」
その度に困惑や奇怪な目で見られたが、あまり私は気にしてない。
やると決めたらとことんしなければ、いつ彼女の姿が見えなくなるのかもわからないし。
なのに、見えてないはずの雨宮さんの方が慌てふためいていた。
「ちょっと、時藤君やめて!」
「もうちょっと声絞って!」
「ああ、店員さんごめんなさい。私はいらないから!」
そんな感じで、今私の目の前に座る雨宮さんはぐったりだ。
「あ〜きっと、色々な店で時藤君の噂されているよ」
「そう?そんなに変なこと言った?」
「‥‥‥本当に伽音の言う通り変人なんだね」
雨宮さん。君もか。
「そんなに変かな?」
「それを自覚してないのが、ある意味重症だと思うわ。大体今も周りには変に思われているのよ。
周りには一人にしか見えないのに、ジュースを二つ置いているんだから」
そうか周囲にはそう見えるのか。
「そういえば、今、雨宮さんが持っているカップは周りにはどう見えるんですか?」
「‥‥‥メンタルバグっているの?」
なんのことやらさっぱりだ。
雨宮さんは深く息を吐いて、顔を上げた。
「私が身につけているバックや服や傘と一緒。私が持ったら消えて、離したら見えるの」
「ってことは他の人には消えたり、見えたりしていると」
「そうなるけど。驚かれたり、騒ぎになったりしたことはないの」
「それは驚きですね」
「‥‥多分、人ってそこまで他人に興味がないんじゃない。
それに消えるなんて、簡単に信じられることでもないし」
確かに。人は人を気にしすぎる達があるな。まぁ、周りの人の意見に流されて、雨男になった私が言える義理じゃないですけど。
「じゃあ、さっきも気にしなければいいのに」
「あれは度が越えてる!」
難しいな。雨宮さんの基準は。
私は一口ジュースを飲んだところで、不意に思い出す。
「そういえば、雨宮さんはあまりこの体質を積極的に直したいと思わなかったんですよね?」
「‥‥ええ、まぁ」
バツが悪そうに頷く。別に責めているわけじゃ。こうなったのも結果論なわけだし。
「じゃあ、どうしてあんな真っ赤な傘を?」
まるで自分がここにいることを主張しているみたいに思えたのだ。
すると雨宮さんはふっと息を吐いて、ジュースの氷をかき混ぜるように、ストローを遊ばせる。
「まぁ、初期の諦めなかった時からずっと、続けていたからというのもあるけど。
もう一つは雨と戦っていたの?」
「雨と戦う?」
「うん、小学生の頃ね。真っ赤なレインコートを着た男の子と会ったの。
その子は踊るように、ステップを踏むように、雨の中を動き回っていた。
何しているのか聞いたら、雨と戦っているって」
そこで雨宮さんは破顔する。
「随分ばかなことをするなと思ったけど、この体質になったばかりで凄く落ち込んでいた時期だから、なんか凄く救われたの。
だから、彼に見習って雨と戦うために赤い傘にしたってわけ。
ばかな話でしょ?」
同意を求めるようにこちらを見た雨宮さんだったが。
「さぁ、そろそろ行こうか」
私は誤魔化すように、立ち上がった。
そりゃそうでしょ。そんな馬鹿なことをやっている奴なんて、中々いないのですから。
「なんか、おかしくない?」
ジト目で睨みつけられたが、それ以上追求はしてこなかった。
「まぁ、いいわ。じゃあ、どこ行こうか。時藤君行きたいとこない?」
「そうですね。じゃあ」
向かった先は施設の中にあるスーパーマーケットだった。
「今日の買い出しがまだだったので」
生肉や生魚は無理だろうが、野菜とかは買えるだろうし。
雨宮さんも特に嫌がった様子はない。むしろ、どのショップを回った時よりもウキウキしてる。
「なるほど。じゃあ、私も買っていこうかな。
あ、でもまた駅前のスーパー、セールしているかもしれないし」
「雨宮さんもよく買い物を?」
「ええ、私一人暮らしだから。家事全般嫌いじゃないし」
「じゃあ、今度料理教えてもらっていいですか?」
苦手なわけじゃないのだが、あまりレパートリーがないので、応用が効かないのだ。とは言っても、アプリで見た料理を突然作って、不評だったら、フウカさん達に迷惑がかかるし。
「ええ。それぐらいなら」
「はい、お願いします」
そう言って伸ばした手を雨宮さんは驚いたような表情でじっと見つめた後に、私の手に手を伸ばした。
だが、その手が握られることはなかった。
握ろうとした瞬間、彼女の姿が消えてしまったのだ。
「雨宮さん?」
当たりをキョロキョロ見回す。だが、彼女の姿も声も聞こえない。
「嘘ですよね」
一気に頭の中に靄がかかったように真っ白になるが、すぐに深呼吸して頭に酸素を回し、冷静さを取り戻す。
見えてないだけで、彼女は必ずここにいる。なら。
「雨宮さん。とにかく移動しますので、ついてきてください」
突然発した叫び声に、周りの人が何事かとこちらを奇異な目で見つけてくるが、そんなこと気にしている暇はない。
私はできるだけ人のいないところに向かって移動した。
とはいえ、外に出ただけで、本当に逸れてしまう。土地勘のないところで、ウロウロするのは得策じゃない。
そんな私の目に映ったフロアマップに映ったのは四階にあった天空広場と書かれた庭。晴れた日にはイベントや子供の遊び場となっているが、今日は雨。
「ここだな」
幸い扉に鍵はかかってなかったので、扉を開けて、屋根のある場所で立ちどまる。
「いますか雨宮さん?」
返答はなし。いや、きっといる。
でも、見えない。聞こえない。徐に伸ばした手は呆気なく空を切る。
「どうすれば」
これで終わりなのか。やがて私も皆と一緒で、雨宮さんが雨の日に見えないことが当たり前になって、なんの疑問も抱かなくなるのだろうか。
自分が雨男になったように。
受け入れたくなくても、勝手に定義されて、納得されて、不名誉な名前をつけられる。そして最後には自分もそのことに抵抗しなくなる。
当たり前だ受けれいた方が楽なのだから、それで平穏無事な生活を遅れるなら。
でも、彼女は違う。これから人生の中で何回も繰り返される雨の日を一人孤独に暮らすことになる。
ふざけるな。
そんな理不尽なことがあってたまるか。
「でも、どうしたら」
『少年はどうして、雨が嫌い?』
『私は好きだけどな』
『だって、好きな人と相合傘が出来るじゃない』
そう言って、まるで雨と手を繋ぐように、雨と踊るようにした彼女。
その瞬間、僅かに照らされた太陽が雨に乱反射して、まるで光の粒子のように彼女を引き立たせる。
雨に祝福されるように、本当に友達のように。
「‥‥‥よし!」
私は庭園の真ん中に飛び出した。
そして真ん中に立つと大声で叫ぶ。
「おい雨!聞け!私は雨が大好きだ!」
本当は大嫌いだった。
母の命を奪い。
「多くの生命の一助となり」
妹から自信と居場所を奪い。
「いくら憎まれても、嫌な奴扱いされても。人の役に立ち」
イベント毎にはことごとく降りやがって。
「雨がなかったら人は生きていけない」
それでも。それでも。
「一人の女の子を雨の日に消すなんて酷すぎるだろ!
だから頼みます。どうか雨の日の彼女を返してください!」
いや、違うな。
大きく息を吸い込み、両手を天に広げ、雨パワーを吸収。
「どうか、お願いします!
私を雨宮さんと相合傘をさしてください!」
雨は降り続く。もはや痛いぐらいだ。
不意に下を向いたら、水溜りができていた。水面に浮かぶ濡れ鼠の顔はとてもじゃないが、良い顔には見えない。
「ははは、なんとも情けない顔ですね」
「本当にそう」
不意に止んだ雨。項垂れた顔を上げると、そこにいた彼女の姿を見て、私は目を見開く。
赤い傘の下にいる彼女の姿は透けてなくて、はっきり、くっきり見えていた。そして笑えた。
「なんで、傘を持っているの?」
「後、二本、バックに入っている」
すごいです。
「‥‥‥嘘つき」
「え?」
「いつでも見つけるって言ったくせして」
私は罰が悪そうに、目を逸らす。
「すいません」
「それよりも、その、なんで」
「何がでしょう?」
辿々しい口調で、か細い声で彼女はいった。
「その、なんで、私と相合傘をしたいの?」
なんでと言われましても。
「したかったので」
「だから、その」
「雨宮さんと相合傘をしたかったので」
「だから。いや、いいや」
何かを諦めたように、雨宮さんは深く息を吐いた。
「時雨はそういう奴なのね」
「よくわかりませんが、名前呼び」
「良いでしょ?その方が友達っぽくて」
「あ、はい。ありがとうございます」
「なんなら、時雨も下の名前で」
「すいません。それはまだしばらくは」
少し残念そうにしていますが、どうやらまだその距離感に私は慣れてないようです。
「まぁ、良いわ。ありがとう。見つけてくれて!」
「いや、私はただ自分の利益の為にやっただけですので」
「本当にあなた変わっている」
最近雨男よりも、変人と言われている気がする。
「まぁ、とにかく。これからもよろしく」
「はい、よろしくお願いします」
いまだに雨は降り続いている。あの時みたいに雨が祝福してくれているとは思えない。
「ところで、感想は?」
「え?」
「私と相合傘をした気分は?」
「そうですね。とっても不思議な感じです」
「何、それ」
「後、雨宮さんの顔がとてもよく見えます」
そう言った途端に雨宮さんは俯き、その顔はしばらくあがることはなかった。
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