第4話:『少々、金銭感覚がズレていらっしゃるお嬢様』

それぞれの呼び名を決め合って、一段落した後。


「それでは皆さん集まったことですし、お茶の準備をいたしますね」


そう言うと柚子先輩は立ち上がって、ガラス棚からカップをいくつか取り出し始める。


「何かお手伝いしましょうか」


「いえ、お気になさらずに。お茶請けとしてクッキーやマドレーヌもご用意していますので、渚さんはそちらでも食べながら座って待っていてくださいね。今すぐ美味しい紅茶をご用意しますので」


そう言うと、柚子先輩は「ふん、ふん、ふふ~ん」と上機嫌に鼻歌を歌いながらキッチンに移動して準備に取りかかる。



それが数分前。

生徒会室に備えられたキッチンでは現在、柚子先輩が水の張ったポットを火にかけながら、人数分のティーカップを温めて紅茶を注ぐ準備をしている。


後ろから眺めているだけでも気品の良さに溢れている。本当にどこか良いところのお嬢様だったりして……。


「いやぁ、成績優秀で生徒以外にも他の教師からの信頼もあって本当に非の打ち所のないお嬢様だよなぁ。私の家に来て部屋の掃除とかしてくんねぇかな……」


橘先生が柚子先輩用意してくれたクッキーを口に運びながら、感嘆したようにうんうん頷く。


「先生はもう立派な大人なんですから自分の部屋の片付けくらい一人でなさってください……って、さっきのことって本当なんですか!?」


「花風が成績優秀ってことか?」


「いえ、そこではなく。本当に柚子先輩っていいとこのお嬢様なんですか」


「ああ、詳しくは私も知らないが花風の家は結構なお金持ちらしいぞ」


その事実にぼくはしばらく目を瞬かせた後、橘先生とキッチンで茶葉を蒸らしている柚子先輩の方を交互に見やる。


「そんなに驚くようなことか?」


「確かに柚子先輩っていかにも大和撫子って感じの人だなーとは思ってはいましたが、そういう人ってもっとお嬢様学校のような格式の高いところに通うものだとばかり……」


ぼくみたいな人種には関わる機会のない遠い存在だと思っていた。


「確かに私の身の回りだと、そういった高校に進学する方々が多かったですね」


と、キッチンの方から追加のお茶菓子と紅茶の注がれたティーカップをお盆にのせた柚子先輩が戻ってくる。


「先生方や親御さんには何も言われなかったんですか?」


「進学する際にそういった高校に行ってはどうかと先生方からも進められましたが、憧れ……と言いますか、一度普通の高校生活というものも送ってみたいと思っていましたし。それに両親にも相談したところ、そういったものに触れておくのも良い経験になるだろうと、この学校に通うことを許していただきました」


恥ずかしそうに笑いながら、テーブルに置かれたお盆からそれぞれの前にカップを配ってくれる。


「ありがとうございます」


お礼を言って、カップに口を付ける。


「あっ、いい香り……」


バラのようなさわやかな香りの中にほのかに甘い香りが鼻腔をくすぐる。


そうして、まずは一口。


口に入れた瞬間、芳醇で深い味わいが口いっぱいに広がる。その中にもどこかキレのある渋み。

ゆっくりと呑み込むと同時に先ほどの香りがやさしく鼻へ抜けていく。


「その……紅茶についてはよく知らないですし、なんて言えば良いか分からないですけど……。でも、すごく美味しいです」


「そういっていただけて安心しました」


その言葉を聞いて、柚子はほっと安心したように笑顔を浮かべる。


「クオリティシーズンにはまだ少し早いですが、今日は良い品質のウバが手に入ったので皆さんに飲んでもらおうと思いまして」


それから「でも……」と言葉を続ける。


「渚さんが紅茶を好きかどうか分からなかったので、比較的癖の少ないバランスの良い茶葉を用意したのですが、気に入っていただけたのでしたら良かったです」


「柚子先輩、紅茶を淹れるのは上手なんだからもっと自信を持てば良いのに」


「んむんむ。ホントに上手いから安心しろ」


呆れたように苦笑いする明日香先輩と遠慮なくクッキーに手を伸ばす橘先生。


兎亜さんはというと、床にうつ伏せに寝転がりながら、たまにテーブルに並べられたお菓子へ手を伸ばして口に運びながら無言で自前のゲーム機でモンスターをハントするゲームに勤しんでいる。


「そういえば、先生はいつまでここにいらっしゃるおつもりなんですか?」


「んだよ、私がここにいちゃいけないって言うのかよ」


「いえ、決してそういうわけでは」


それにしてもいささか、くつろぎ過ぎだとは思うけど。


「まぁ、口うるさい教頭から身を隠すためってのはあるけどな。これもちゃんとした仕事だからいいんだよ」


生徒会室で生徒が用意したお菓子を食べるのが?


「んだよ、その明らかに疑っているような視線は」


「……疑ってしまう気持ちも分かりますが渚さん。橘先生がおっしゃっていることは本当ですからあまり先生をいじめないで差し上げて下さい」


「柚子先輩がそう言うなら、本当なんですね……」


「おいっ、なんで花風の言うことはそう簡単に信じるんだよ!」


「強いて言えば、生徒会室で誰よりもくつろいでいらっしゃる教師よりも柚子先輩のほうが信用出来るから、でしょうか……ところで先生のお仕事とは?」


「何って、ここの顧問だよ」


その言葉に目を瞬かせる。


「なんだ、また疑ってるのか?」


「いえ、めんどくさがりの先生が生徒会の顧問を引き受けるなんてちょっと意外と言いますか」


「いくら生徒が優秀だからっていっても、学内の大事な資料まで生徒に触らせるわけにはいかないからな」


めんどくさそうに頭を掻きながら橘先生は「それに――」と言葉を続ける。


「問題児の身内の面倒も見なきゃいけないし」


ため息を吐いて橘先生が見つめるその視線の先。


そこには何食わぬ顔で黙々とゲームに勤しんでいらっしゃる兎亜さんがいる。


「身内って、ま、まさか……先生のこ、こど――」


「アホか。そんなわけないだろ。いとこだよ、従姉妹」


「なんだ……そうでしたか。それにしても橘先生と兎亜さんが従姉妹同士だったなんて」


改めて二人の顔を見比べるように交互に見る。


めんどくさがりの橘先生と、とことんマイペースな兎亜さん。


うーん、そう言われれば二人とも性格的に似ている気もする。


「あっ」


テーブルに手を伸ばし紅茶を飲もうとして――ふと、もうすでにカップの中が空になっていたことに気付く。


「おかわり、お注ぎしましょうか?」


紅茶の入ったポットを手にした柚子先輩がやわらかく微笑みながら尋ねてくれる。


「それでは、お言葉に甘えて」


手元のカップをお渡しして、柚子先輩が紅茶を注いでいる姿をしばしの間眺める。


「んふふっ、紅茶本当に気に入って頂けたようでなによりです」


「はい。とっても美味しかったです」


「まだ少し在庫はありますし、よろしければお譲りしましょうか?」


「いいんですか!?」


こんなに美味しい紅茶が家でも飲めると考えるとご厚意に甘えたくなる。

だが……。


「あの、少しお尋ねしたいんですがその紅茶っていくらくらいするものなんですか」


「心配なさらなくてもそれほど高くはありませんよ?」


その言葉を聞いて、ほっと胸をなで下ろす。


どうやら余計な心配だったみたいだ。


「もちろん茶葉の善し悪しはありますけど、今渚さんがお飲みになっているものだと……だいたい六千円くらいでしょうか」


「ぶっ!?」


思わず紅茶を吹き出しそうになる。


「あのー、柚子さん? 本気でおっしゃってます?」


「はい……。別にそれほど高くありませんよね?」


まるで「何もおかしなことは言ってないですよ?」とでも言いたげに、こてんと首を傾げて朗らかに微笑む柚子先輩。


「高くない――ってそんなわけないじゃないですか! この紅茶、ぼくが普段飲んでるモノの十倍以上のお値段しますよ!?」


「はあ……」


そう言われても柚子先輩はあまりピンときていない様子。


ぼくは呆れてため息を落とした。


「それで、どうしますか? 紅茶お持ち帰りになります?」


「いえ、遠慮しておきます」


ぼくは勢いよく首を横に振る。


そんな高級な紅茶を日頃から飲んでいたら、もう前までの紅茶(お得パック358円税込み)なんて飲めなくなりそうだ。


「そうですか……おいしいんですけど……」


どこか、しゅんとうなだれるようにして落ち込む柚子先輩。


悪いことしちゃったかなと思いつつ、改めて柚子先輩が本当にお嬢様なんだなと実感させられるのだった。

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男の娘でも恋愛対象にふくまれますか?〜男の娘だって女の子と一般的な恋がしたい!〜 都日 @amahiki-maturi

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