第3話:『美少女だらけの生徒会』

あれから一度、教室に戻って終礼を終えた後――親睦会を兼ねてカラオケに行くというクラスメイト達を羨ましげに眺めながら、教室を出て廊下を歩いて三階まで階段を上り、渚は生徒会室の前に訪れていた。


「すぅー、はぁー……すぅー、はぁー……」


ノックはせずに扉の前で、まずは軽く深呼吸。


今から女の子の中に男一人という部屋に入ると考えると、何処となく緊張してしまう。


(よしっ!)


もう一度、深呼吸をして気持ちを整えると、軽く扉をノックした。


「どうぞ~」


しばらくして中から返事があると、「失礼します……」とゆっくり扉を開けて中の様子を確認するように、きょろきょろと室内を見渡しながらおずおずと中へ足を踏み入れる。


広さは八畳ほどだろうか、照明、ソファ、テーブル、奥には仕事用のデスクがあり、部屋の左右にはそれぞれライトノベルや漫画が入った棚に、カップにソーサー、ティーポットが並べられたガラス棚が置かれている。


生徒会室にはすでに二つの人影があった。


そのうちの一人、明るい色合いの髪を後ろ手にポニーテールで縛った少女が、渚が生徒会室に入ってきたのを確認するや、一直線にこちらに向かって歩み寄って来る。そうして渚の手をがしりっと掴むと、その腕が大きく上下に振られる。


「君が一年生で生徒会に入るって言う人だよね!? わたしは竜宮寺明日香りゅうぐうじあすかっていうの。これからよろしくね!」

 

そう言って、大きな瞳でこっちを見て人懐っさそうな笑顔を浮かばせる。


「は、はい。よろしくお願いします。竜宮寺先輩……ぼくは周防渚っていいます」


突然のことに驚きつつも挨拶を返す。

だけど、竜宮寺先輩は不満げにぼくの顔をジーッと見つめる。


「そんな堅苦しい言い方じゃなくて、明日香先輩って呼んでほしいな」


「いえ、でも……」


年上のしかも初対面の女の子をいきなり名前で呼ぶのは気が引ける。


でもそんなこちらの心境など知らないとでもいうように、


「ほら、明日香先輩って言ってみて!」


弾んだ声で期待に満ちた瞳が見つめてくる。


「えっと、その……」


どうするべきか悩んでいると彼女の後ろから声が投げかけられた。


「明日香ちゃん、そんなことをいきなり言われても後輩ちゃんが困ってるじゃない」


「だって~」


ぶうっと不満を主張するように唇をとがらせる竜宮寺先輩。


「ごめんなさいね。明日香ちゃんったら初めて出来た後輩ちゃんだから張り切っちゃって、悪気はないのだけど……もし良ければ明日香先輩って呼んであげてくれないかしら? 私からもお願い」


花楓かふう先輩にまで言われたら断れないですよ……」


ため息交じりにしぶしぶ了解するぼくに、彼女が不思議そうに首をかしげる。


「君って新入生よね? 私の名前を知ってるみたいだけど?」


「どうしてと言われましても、生徒会の選挙時に舞台上でスピーチしていたじゃないですか」


「ふふっ。そう言えばそうだったわね」


花風先輩は恥ずかしそうに笑うと、ゆっくりと手元の紅茶をすする。


花風先輩もとい、本名を花風柚子かふうゆず


生徒会の会長で学園の三年生。


学内や街中ですれ違えば、つい振り返ってしまうような整った顔立ちに、枝毛の一切無い手入れの行き届いた艶のある長い黒髪。そして優しげに垂れた瞳。


カップに口を付けるまでの一つ一つの所作も上品で、お嬢様のように気品があって、まるで大和撫子という言葉が彼女にとってあるのだと思わされる。


それに何より、少し大きめのダボ着いた服の上からでも分かるほどの豊かな膨らみが彼女の魅力をより主張している。


生徒会の投票でも男性からの支持を多く獲得していた。


と、そこであることに気付く。


「そういえば、もう一人の方が見当たらないようですが」


確か、壇上では明日香先輩と花風先輩の他にもう一人、生徒会メンバーがいた気がする。


「ああ、その子でしたら――」


花風先輩がつぶやいた瞬間、


「はなせーーーーーっ! 放課後のプライベートな余暇を邪魔するなーーーー!!」


「はいはい……ったく、生徒会メンバーは放課後に生徒会室へ集まるように放送があっただろ……めんどいから余計な業務を増やさないでほしいんだけど……」


そんな反抗する声とどこかめどくさそうな口調が廊下から響いてくる。


その声はだんだんと大きくなり、程なくして生徒会室の前で止まると、


「ん、はいるぞ~」


軽いノックの後、言葉を最後まで言い終える前に開かれた扉から――橘先生と、その脇に抱えられるようにして一人の少女が入ってきた。


「う~っし、これで全員そろってるみたいだな」


何事もなく話を進めようとする橘先生とその脇に抱えられている少女に戸惑いの視線を向ける。


「あの、そちらの女の子は?」


「先ほどおっしゃっていた残る一人の生徒会メンバーです」


先生に代わって花風先輩がどこか呆れた表情をしながら説明する。


「なんだ、周防も壇上にいたんだから顔ぐらいは覚えてるもんだと思ってたんだが」


「そう言われましても……」


微笑を浮かべながら、スイーッと視線を先生から逸らす。


先生に後ろ向きに担がれているため、顔どころか先ほどから少女のお尻しか見えていない。


しかも拘束から逃れようと足をばたつかせて暴れるものだから、時たま勢いでスカートの裾がめくれ上がって中まで見えそうになってしまう。


担がれていた少女がうめくように声を上げる。


「わかったよぉ……。もう今日は逃げないからそろそろ下ろしてくれない?」


「できれば私に余計な業務を増やさないよう、これからもと言ってほしいが……まぁ、言ったところで聞きやしないか」


小さく嘆息して、先生は少女を床に下ろす。


「あはは、兎亜ちゃんはまーたサボってたんですか」


明日香先輩がおかしそうに声を上げる。


兎亜と呼ばれた少女は悔しそうに視線を向ける。


「むうっ……今度は絶対、見つからない場所を発見したと思ったのに……」


「校内にいる限り、必ず見つけ出してやるから安心しろ」


「そうなれば、今度からは学外に隠れるしか……」


「ははは。実際にそんなことしたら平常点からさっ引くからな?」


「さ、さすがにそんなことされたら、ただでさえ低い兎亜の平常点がなくなってしまう」


「真面目に授業を受けるって選択肢はないのな……」


頬を引きつらせながら、橘先生は乾いた笑いをこぼす。


「あの……それで、なんとお呼びすればいいでしょうか」


「ん~? 兎亜のこと?」


どこか眠たそうな口調でぼんやりした瞳がこちらを見上げる。


小学生と言われても納得してしまえるくらいに低い背丈に小さな輪郭、ゆらゆらと揺れる身体に合わせて動く頭上のくせっ毛。


全体的にスレンダーな身体付きも彼女をより幼く見えさせる要因の一つになっているのだろう。


聞いたところ一年生は自分だけみたいだし、明日香が親しそうに話していたことから、おそらく二年生の先輩だろうか……。


もしかしたら、本当に飛び級小学生で年下という可能性も……。


「キミ、さては失礼なこと考えてるよね」


少女はこちらを訝るようにジトッとした視線でぼくを見つめる。


「い、いえ、別にそういうつもりで見ていたわけでは」


「別に、そういう風に見られるのは慣れてるし。あ、一応言っておくけど兎亜は柚子と同じ三年生だから」


「え、それじゃあ……」


「いや~、先輩ってことは分かってるんだけど……兎亜ちゃんを先輩呼びするのってなんか違和感っていうか、どこからどう見ても年下にしか見えないし」


た、確かに……。


「そういうことだから。今更後輩に敬われてもちっとも嬉しくないので、キミも好きに呼んでくれてかまわないよ」


「そういうことでしたら、兎亜さんと呼ばせていただきます。ですので、ぼくのことも好きに呼んでください」


「ならこれからは渚って呼ぶ」


「はい、よろしくお願いします」


お互いの呼び方を決め合って振り返ると、花風先輩がどこか不満げな視線でぼくの顔を見つめている。


「ど、どうかしました?」


不思議に首をかしげると、花風先輩はぷくっと頬を膨らませた。


「みなさん酷いです! 私をおいて直ぐに周防さんと親しくなってしまわれて」


そのまま、ぷいっと顔をそらす。


「えっと? 一体どういう……」


何が何だか訳が分からず困惑していると、明日香先輩がボソッと耳打ちしてくれる。


「柚子先輩は自分だけ名前呼びじゃないのが不満なんじゃないかな?」


「えっと……それはつまり、自分だけ仲間はずれにされて拗ねている、ということですか?」


「ああ見えて柚子先輩、意外と子供っぽい一面もあるからね……」


「はぁ……」


それにしてもあまりにも理由が子供っぽいというか。


けれど、みんなが親しくしている中で自分一人だけ他の人と比べて距離を感じるというのは少し居心地が悪さや、変な気持ち悪さみたいなものがあるかもしれない。


んんっ、と軽く喉を鳴らして――改めて、花風先輩に向き直る。


そうしてなるべく自然な口ぶりで。


「ところで、花風先輩はどうお呼びすれば良いでしょう--」


「柚子、柚子でお願いします!」


若干食い気味に柚子先輩が反応を示す。


「そ、それじゃあ柚子先輩で」


「はいっ、よろしくお願いしますね。渚さん」


柚子先輩は柔らかな笑みを形づくる。


こうしてぼくはとりあえず、生徒会のメンバーと打ち解けることが出来たのだった。

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