第2話:『男の娘と自己紹介』

「まぁ、そんな気に止むことないって!」


講堂から教室へと続く廊下で、投げかけられたその声の主にぼくは白い目で返す。


「だって、絶対にみんな誤解してるんですから」


ぼくの顔を見ながら苦笑いを浮かべているこの一見、爽やかなイケメンは二海堂秀寺にかいどうしゅうじ


「ってか、普通に考えて羨ましすぎるだろ。あんな学園内でも有名で屈指の人気を誇る、美少女と言って差し支えない女の子と生徒会で、しかも男一人なんて……他の男連中が聞いたらどんな顔をするか……」


ぼくとは違って男らしくて、入学早々、女の子の話題に上がることも少なくないんだけど……。


「なぁ、そう言えば最近デビューした新人Vtuber知ってるか? いやぁ、見た目も声も可愛くて個人的にドストライクなんだよなぁ」


そう言って、二海堂くんはスマホの画面をまじまじと見せつけてくる。


当の本人は二次元を溺愛していて、三次元の女の子には全く興味を持っていなかったりする。


「ほんと……とことん、残念ですよね……」


「うん? 何の話だ?」


「いえ、人には少なからず欠点があるんだなって話です」


ぼくの言葉に不思議そうに首を傾げる二海堂くん。

だけど、すぐにからかうみたいな意地悪な笑みを浮かべる。


「そういえば、今朝の自己紹介は衝撃だったな」


「ぼ、ぼくだってあれは失敗したなって反省してるんだから……」


言われて、思わず頬がカアッッと火照るように熱くなる。


そして嫌でも今朝のことを思い出してしまう。



今朝の教室は喧騒の中にどことなく宙ぶらりんな緊張感が漂っているそんな感じだった。


皆が皆、それぞれに友達との会話に花を咲かせたり、読書にいそしんだりとしてはいるけれど、いまいち集中できていないような他の何かに気がそがれているようなそんな空気感。


それが何なのか、教室の隅でひとり、自分の席に座っていたぼくもうすうす分かっていた。


これから、高校生活の命運が決まると言ってもいいほどの一大イベントがもうすぐ始まるのだ。


自分から選んだとはいえ、誰も顔見知りがいない環境での学園生活。


他の生徒たちより一層気を引き締めないと……。


緊張をほぐすために深呼吸をしていると、


「うーっし、それじゃあ、出席取るから席につけ~」


開かれた扉から一人の女性が教室へと入ってきた。


その声に蜘蛛の子を散らすように着席するクラスメイトたち。


おそらく、このクラスの担任なのだろうけど……。


そんな曖昧な感想になってしまったのは、その教師の服装があまりにも想像してた教師というイメージからかけ離れていたから。


肩まである、緩いウェーブのかかった、少し茶色っぽい髪。


やる気のかけらも感じられない、ジトッとした瞳。


身に纏っているのは大人よりも大学生が好みそうな、胸元にワンポイントとしてリボンの飾られたシンプルな作りをしたブラウスにチェックのコートを羽織っていて、下はフェミニンでハイウェストなシンプルスカートだ。


教師と言うより、大学生の教育実習生といわれたほうがなんだかしっくりくる、そんな感じ。


「あーっ、私がおまえらのクラスを担当することになった橘浅見たちばなあざみだ」


教卓に立ってダルそうな口調で、そう自己紹介したその女性は、


「正直、生徒間の問題とか面倒なので、私が楽するためにも清く正しい学園生活を送るように」


「担当は現国。以上」


定型文みたいな自己紹介を終わらせると、視線を左端の最前席へと向ける。


「んじゃあ、窓際の生徒から順番に自己紹介よろ」


「は、はいっ! わ、わたしはーー」


そう言って、一番前に座っていた女の子が立ち上がり、簡単な自己紹介をしていく。


しばらくして、その子の自己紹介が終わったのを確認すると、橘先生はその後ろへと視線を移す。


「おっけ~。それじゃ……次」


それから段々とクラスメイトたちが各々、自己紹介を済ませていく。


ほとんどの生徒が自分の名前と、どこの中学から来たのか、所属したいクラブ、趣味など当たり障りのない自己紹介。


そうこうしているうちに、いよいよぼくの順番が回ってきた。


「ん、じゃあ~次のやつ、自己紹介よろ」


「は、はいっ!」


椅子から立ち上がり、ふと考える。


やっぱりここはクラスメイトの印象に残すため、より良い高校生活を送るためにも、何かパンチの効いた自己紹介の方がいいのだろうか……?


「どーした?」


立ったまま何も話そうとしないぼくに、橘先生は不審そうに眉をしかめる。


「いえ、すみません」


軽く会釈してから、こほんと咳払いを落とす。


「ぼくの名前は周防渚といいます。同じ中学からの知り合いがいないので少し高校生活が心配ではありますが、こんな見た目ですけど女の子ではなく正真正銘の男ですので、よろしければみなさん気軽に接してくださいね」


『えっ、男!?』

『嘘だろ、女の子だと思ってた』

『そういう、ネタとか?』

『いや、どこからどー見ても女の子だろ……』

『でも、ズボン履いてるし……』


ざわざわざわ。


クラスが騒めき始める。


あ、あれ? 自分的にはそれなりに良い自己紹介だと思ったんだけど……、なんだか思っていた反応と違う。


すると、その場の空気を沈めるように先生がパンパンと手を叩いた。


「みんなが疑問に思う気持ちもわかるが、そーゆうのは休み時間に直接本人に聞くように。今は自己紹介の時間だかんなー」


クラスの喧噪が次第に静まっていく。


「で? 自己紹介は以上か?」


クラスメイトの反応を呆然と、突っ立ったままの状態で聞いていたぼくに橘先生が視線を向ける。


「あ、はい。なんだかお騒がせしてしまってすみません」


軽く頭を下げて、自分の席へ座りなおす。


それから自己紹介の時間が終わって、先生は始業式の準備があるとか言ってめんどくさそうに教室を出て行った。


(はぁ…………もしかして、自己紹介のやり方、失敗してしまったかな……)


なんて、自分の席に座って若干落ち込みながら肩を落としていたら。


急に視界に影が差した。


ふと、顔を上げると。


『ねぇねぇ~。周防さんって本当に男の子ってマジ?』

『この至近距離で見ても男だなんて信じらんないよね』

『普通に肌とかきれいだし……むしろ私より、きれいじゃない!?』

『俺らにも周防と話させろよ』

『はいはい。今は私たちが周防君と話してるんだから、男子は後にしてよね』


何故かぼくの席がクラスメイトの女子たちに囲まれてしまっていた。


「え、ええっと……。ぼくは正真正銘、男ですよ……。生徒手帳にも性別の欄に書いてありますし」


『ほんとーだ! 男って書いてある』

『ここまで可愛かったら女の子って言われてもわかんないよね』

『これが俗にいう男の娘ってやつか~。あれって空想上の存在だと思ってたよね』


楽しげにきゃいきゃいと会話に花を咲かせるクラスメイトの女の子たち。


『それにしてもここまで可愛かったら、人気投票でも結構いいところまでいきそうだよね』

『一年生にして上位に選ばれたり!?』

『それじゃあ……私、周防君に投票してみよっかなー』

『わたしもわたしも!』


「あの……投票って、一体何の話ですか?」


すると、女の子の中の一人、黒髪でゆるふわボブの少女が不思議そうに首をかしげる。


「知らないの? この学園の生徒会って全学年の中から一番得票数の高かった子から順番に選ばれるんだよ。ほらここ、今日のプログラミングにも三時限目に生徒会役員選挙って書いてあるでしょ」


(あ、ほんとだ)


言われて入学前に配られたガイダンスに目をやると、本当に書かれていた。


「この学園の特徴の一つでもあるから、周防君も知ってるものと思ってたんだけど……」


「あはは……」


そこそこの進学校で、しかも同じ中学から誰も進学していないところという箇所ばかりに抽出して進学先を調べていたせいで、実はそういった学校独自の校風とか行事にはあまり無頓着だったり……。


「でもそれって、新入生は明らかに不利なんじゃ……」


「まあそうだろうけど、私たちからしても上級生の先輩はあまりよく知らないわけだし……それに上級生は色んな人に票が分散しやすいだろうから、ワンチャンあるんじゃないかな?」


「そうですかね……」


「……それに」


何故か苦笑いして女の子は廊下の方へと目を向ける。


不思議に思ってぼくもその視線の先を追いかけると、


『あっ、こっち向いたよ!』

『あれで男子ってマジか。顔も可愛いし女の子みたいだよなー』

『俺、新しい性癖に目覚めそうだわ』


がやがやがやと、廊下の窓から他のクラスの生徒が大勢、興味津々といった様子でこちらの教室を覗き込んでいた。


「…………」


まるで動物園のパンダ状態である。


「入学早々、こんなに注目を集めてるんだもん……」


「そ、そうですね」


その光景に苦笑いして女の子に向き直る。


「色々、教えてもらってありがとうございます。ええっと…………」


「わたし、飯塚舞いいづかまいって言うの。よろしくね」


「はい。これから仲良くしていただけると助かります」


そう言って頭を下げて再び顔を上げると、何故か不満そうな顔をした飯塚さんがズビシっと、ぼくの顔に指を突き付けた。


「同い年なんだから敬語禁止! わかった?」


「は、はい。わかりました」



それからしばらくして、ようやっと人から解放されたぼくは力尽きるように机にぐったりと突っ伏した。


女の子からの質問攻めが終わったかと思えば、次は男子から質問攻めと相成った。


まだ入学式も始まっていないのにひどく疲れた気がする。


興味をもってくれて話しかけてくれること自体は嬉しいんだけど、友達になれた人と言えば未だに飯塚さんくらい。


一人一人と話せる時間が短いから、仕方ないと言えばそうなんだけど。


中学でも男子よりも何故か女の子の友達の方が多かったし、これから不安だ……。


「お疲れって感じだな」


頭上からかけられた声に顔を上げると、一人の男子生徒がこちらを見下ろしていた。


「女子と男子からも質問攻めだったもんな。大丈夫か?」


そう言って、肩をすくめて呆れてみせる。


「ええっと…」


改めて顔を確認するけれど、さっきの質問してきた人たちの中にはいなかった気がする。


そう思えるのは、彼の見た目が他の男子生徒よりも目を引くからかもしれない。


シュッとした輪郭の整った顔立ちにオオカミみたいに鋭い瞳。


少しパーマの入った毛先を遊ばせた短髪。


ぼくなんかよりもはるかに高身長で、運動が得意そうながっしりとした身体付きで。


さぞ、女の子におモテになることだろう。


でも、そんな彼を羨ましく思えないのは。


手にしている、色んなキャラクターのキーホルダーがじゃらじゃらと付いたスマートフォンが彼の見た目や雰囲気を台無しにしているからでもあって……。


残念な人だなー。


それがぼくの第一印象だった。


「そう言えば、自己紹介がまだだったよな。俺は二海堂秀寺、よろしくな」


「はい、よろしくお願いします。それで、何か質問でしょうか?」


クラスメイトの人だかりが落ち着いた頃合いを見計らって、二海堂くんも質問をしに来たのかと思ったのだけど。


「うん? いや、質問って訳じゃないんだけどな。自己紹介を聞いて面白そうな奴だと思ってよ」


「あはは……個人的には失敗したなって思ってるんですけどね」


「それでなんだけどよ……よかったら俺と友達になってくんね?」


「友達に……ですか?」


「周防といたら何かと退屈しなさそうだと思ってな」


「それってぼくがトラブルメーカーみたいに聞こえるんですが……」


まぁ、実際にさっきのことを思い返すと否定は出来そうにないんだけど。


でも、この人といればぼくも少しは男らしくなれるかもしれない。それに高校生活初めての男友達でもあるわけだし。


ぼくは小さく息を吸と、


「それじゃあ、よろしくお願いします。二海堂くん」


「おう、こっちこそよろしくな」



それが今朝の出来事で、ぼくと二海堂くんが友達になった経緯だったりする。


「それでこれからどうするよ?」


「どうするとは?」


「もう授業もないわけだし、この後みんなで親睦会の意味合いも兼ねてカラオケに行かないかって話になってるんんだけどよ」


「行く! 行きたいです!!」


自己紹介は失敗してしまったから、このカラオケでどうにかして巻き返しを図らなければ。


二海堂くんに見えないように背を背けて、グッと拳を握り締めて堅い決心を胸に秘める。


「おう……そっか、じゃなみんなにもそう伝えとく――」


その時、二海堂くんの言葉を遮るように機械を通した穏やかな声音が廊下に響く。


「先ほどの選挙で生徒会役員に選ばれた生徒は、今日の放課後に生徒会室にて顔合わせもふまえた生徒会会議を行いますので、生徒会室にお越しください」


そう言い残して、無慈悲にも放送が途切れる。


「…………」


「その、なんだ……」


同情を含んだ声でさりげなく視線を逸らしながら、ぽんっとぼくの肩に優しく手がおかれる。


「今日は無理でも俺で良ければ放課後にでも付き合ってやるから、そう気を落とすなって」


「……はい、ありがとうございます」


若干涙目になりながら、ぼくは頷いたのだった……。

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