第1話:『ぼく、男なんですけど……』

ぼくが初めて告白されたのは中学に上がってしばらく経った頃だった。


朝早くに登校して、下駄箱を開けてみると一通の手紙が風にのって足元に舞い降ちてきた。


手紙には――『初めてあなたを見た時から、ずっと気になっていました。時間があれば、今日の放課後に体育館裏まで来てください』というメッセージだけ。


差し出し者の名前などは書かれていなかったけど、ついにぼくにも春が来たのだ。


その日は一日中そわそわしながら授業を受け。一体、手紙の差出人はどんな子なのだろうかとか、同級生か先輩か、はたまた後輩の子なのかなとか気になりすぎて、先生の話や授業内容など全く耳に入ってこなかった。


そしてやっと迎えた放課後。


スキップなんかして上機嫌に手紙に書かれていた場所に行ってみると、何故かそこにはもう一人、男子生徒の姿があった。


まさか、この人も誰かに呼び出されたのだろうか。


同じ場所、同じタイミングで一緒に告白されるなんて、そんな偶然もあるんだなぁ……とか、他人に告白されているのを見られるなんて何だか少し気恥ずかしいな、なんて思っていたら。


「あ、あの……」


何故かその男子生徒が緊張気味に、ぼくに声をかけてきた。


初めて見る顔だ。


ぼくよりも一回りくらい背が高く、スポーツでもしているのか、ガタイもしっかりとしている。そこそこ顔も整っていて女子からもモテそうな印象を受ける。


それがぼくの彼に対する第一印象だった。


上履きの色から察するに先輩だろう。


そんな先輩がぼくなんかに何の用だろうか?


「どうかされましたか?」


疑問に首を傾げながら男子生徒へと身体を向けると――


「初めて見た時からあなたのことが好きでした! お、俺と付き合って下さい!!」


頭をきれいに90度下げながら、右手を差し出された。


「???」


一体、この先輩は何を言っているのか。


しばらくの間、ぼくは目をぱちぱちと瞬かせながら、理解するのに数秒かかった。


「あ、あの……大変言いにくいんですが、もしかして……人違いじゃ、ないですかね……」


あの手紙から男子に告白されるなんて、微塵も想像してなかったんだけど……。


きっと緊張しすぎて、ぼくを他の生徒と見間違えたり、思ってもない言葉が口からつい出てしまったとか、そんなとこだろう。


しかし、


「いや! 俺は君のことが……渚ちゃんのことが好きなんだっ!」


「----っ!」


その言葉にぼくの表情がまるで石化でもしたようにピシッと固まる。


「言いにくいんですが、何か壮大な勘違いをしているかと……」


じゃっかん引きつった笑みを顔に浮かべながら、先輩を見下ろす。


ぼくの言葉に不思議そうに先輩が顔を上げた。


「勘違いって?」


「だって、ぼく。女の子ではなくて……男の子ですよ?」


「は……?」


今度は相手が目を瞬かせる番だった。


「いや、でもどこからどう見ても女の子にしか……」


困惑した表情を浮かべて疑いの視線を向けてくる。


(うん、確かにそういう反応になるよね……)


確かに男にしては髪も長いし、昔から周りにも『渚ちゃんは女の子みたいなきれいな顔付きだよね』とか、『俺、お前なら抱けるかも……』とか言われたことだってあるけど……。


「それにほら、ズボンだって吐いてるじゃないですか」


「女の子でも制服のスカートをズボンにしている子だっているだろ」


「いえ、正直あまり見かけないかと思うのですが……」


「それに、休み時間はよく女の子と話してるじゃないか」


「確かにそうかもしれませんが――って、なんで知ってるんですか!?」


「頻繁に君のクラスへは足を運んでいるからな」


「まさかのストーカー!? 先輩、クラスも学年も違いますよね!?」


男が男にストーカーされるなんて……最悪だ。それに、何で少し胸を逸らして自慢げなのだろう。


「と、とにかく。ぼくは男ですし、そっちの毛もありませんので、お引き取り下さい」


「ま、まだ君が誤魔化している可能性も――」


「誤魔化してませんッ! そ、それにちゃんと……つ、ついてますから……」


「付いてるって?」


「だから……その、お……ち……っ」


視線を泳がせながら、ごにょごにょと恥ずかしさで言葉が尻すぼみになってしまう。


「だからなにが付いてるんだよ?」


先輩は訝しそうに眉を顰めながら再度、聞いてくる。


もう、はっきり言わないとこの状況から逃げられる気がしない。


「はぁ…………っ」


ぼくは深くため息を吐く。


それから覚悟を決めて、小さく息を吸い込む。


「あーもうっ!! だから、ぼくにもちゃんと先輩と同じように、お◯んちんがついてるんですよぉぉぉぉぉぉ!」


そうして、ぼくの初めてされた告白は悲惨な形で終わりを迎えたのだった。



それからも何故か、女の子よりもむしろ男子に告白される回数の方が圧倒的に多かった。


いや、女の子から告白されることなんてなかったのだけれども……。


兎にも角にもそんな中学時代だった。


だからぼくは決めたのだ。


高校生になったら、今の自分から脱却して、もっと男らしくなって……女の子から告白される、そんな男になってみせると!


そうして、ぼくの中学からは誰も受験していないこの学園に進学した訳なのだけれど……。


「…………」


回想という名の現実逃避から返ってくると、改めて自分の現状を叩きつけられる。


「……はぁ……」


本当にぼくはこの学園でやっていくことが出来るのだろうか?


早くも、これからの高校生活へ不安が募ってゆく。


いや、ネガティブな考え方は止そう。


中学時代のぼくとは違うのだ。


なにせ高校生活を成功させるために、春休みの間に男性向けティーンズ雑誌やメンズファッション雑誌などを買い漁り、深夜遅くまで読みふけったのだ! 今のぼくには前後左右どこにも死角はないのである! ……たぶん。きっと。いや、おそらく……。


ぼくは気を引き締めるために身体の前でぐっと、両手を握り締める。


それから、生徒会メンバーそれぞれの役員紹介が無事終わると、壇上で新生徒会会長の挨拶を聞いたのち、生徒会選挙は幕を閉じたのだった。

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