第24話 故郷
ロード帝国はその広大な国土ゆえか、様々な由来を持つ人間が身を置いている。リクの生まれ故郷・カザード地区は帝都のはるか北東にある。リードラの何倍も雪深く、春も夏も短い。そこに暮らす人々は、男も女もおどろくほどに白い肌を持ち、血管が透けて見えるようである。そして誰もが皆眠そうな目をしている。対して、リードラの者らの肌は血色がよく、目鼻立ちもはっきりとしていて快活そうだ。そんなロード帝国のなかでも、ホウタツのような南の異国を出身とする者は珍しい。カザードとリードラの違いとはまた別の種類の差異があると、リクは感じる。その差異について詳しく述べられるほど、知識と言葉を持っていないのだが。
「俺は十歳になったとき、行商人であった両親に連れられて故郷を出た。そのとき父に『生まれはどこだ、と尋ねられたら、崙だと言え』と言い含められた」
壁にもたれかかる相変わらずの姿勢で、ホウタツは語り出した。
「え、崙だと言え、って」
「実際の故郷は、厳だ。今は冠虞……、カーング国という名になっているが」
カーング国はロード帝国の南、崙国とロード帝国に挟まれる位置にある。カーング国という名になったのがいつのことかリクにはわからないのだが、いまだ厳の方が通りがよいようである。さらにいうなら、リクにはあまり厳と崙の違いがわかっていない。
「なるほど。そういうことでしたか」
たったあれだけのホウタツの言葉で、ルカはおおよそのことを理解したらしく、ひとりだけ納得したような表情で頷いている。リクとネイが視線だけで解説を求めると、その意図を正しく受け取ったとわかる微笑みを浮かべた。
「七十年ほど前まで、ロード帝国はカーング国と敵対関係にあったのですよ。正しくは、ロードの一部がカーングに支配されていたのです。当時はまだ、カーングではなく厳という名の国家でしたが」
「なーんか、聞いたことあるようなないような。……で?」
ネイが身を乗り出して続きを要求する。聞いたことがあるというだけでも上等だ、とリクは自分の知識水準を棚に上げて思った。
「ロードの国民の中にはカーングを良く思っていない者が少なからずいるのですよ。ご両親は安全性を考えてそう仰ったのでは?」
「おそらくはそうだろう」
ルカは、説明の最後をホウタツへの問いの形にし、ホウタツはそれに頷いた。
「まあ、俺の安全を考慮したというよりは生活全体のことを考えたんだろう。あのころはもう、厳の者を迫害するような過激さはなかっただろうが、それでも商売にはかなり差し障っただろうからな」
「ただでさえ奇異の目で見られるものね、移動し続ける商売っていうのは」
歴史には疎くとも、人々から向けられる視線については実感があるのだろう、ネイは納得したようにぽつりと言った。移動し続ける者は、どこへ行っても余所者だ。
リクは故郷を出るまで、住む土地によって人間の見た目が変わるとは知らなかった。見た目が違うと警戒されるということも。見た目は人間にとって重要な判断要素らしい、ということも同時に学んだ。顔が女のようだ、とバカにされたことは数知れない。リクですらそうであったとすれば、ホウタツはどれほどだったろう。それは想像に難くないし、ホウタツもリクと同じく武芸の腕を磨くことでそれらを黙らせてきたのだろうということも容易に察せられる。それが正しい方法ではないとわかっていつつ、そうするしかなかったのだということも。
「外見を変えることは難しい。だから、名前だけでも変えられないかと思っていた。自分で勝手に名乗ってしまえば良さそうなものだが……、俺にとって名前は、誰かからもらうものだから。そしてそれは、すでに叶えられた。殿下からホウタツ・ジェイドという名を授かったことで」
ホウタツは部屋の戸に目を向けていた。先ほど殿下が出て行った戸だ。
「だから、まあ、欲しいものも叶えたいことも特にはない。剣でも賜っておくか。貴族のように」
本気なのか冗談なのか、ホウタツはようやく壁から身を離し、肩をすくめて微笑んだ。
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