第22話 適度な自由

 遠乗りに出た日の空によく似た色のドレスを身に纏った殿下は、膝を折って出迎えたリクたちに苦笑を向けた。

「いいから、楽にしなさい。全員、椅子に座って」

 その声は妃殿下としてのものではなく皇子殿下としてのもので、ルカやネイは少し戸惑ったような色をその顔に浮かべていた。

「ガイ・オニキスのことだけれど」

 殿下は、この場の全員が着席したのを確認すると、自らも天鵞絨張りの椅子に身を沈めて一同を見回し、ゆっくりと口を開いた。

「行方については、私が知っている」

「えっ」

「殿下!?」

 落ち着けたばかりの腰を浮かしかけた宝石たちを、殿下が目で制す。

「彼は、軍に入った。閣下直属の部隊で、任務内容は主に諜報とのこと。リードラ領に限らず、各地を巡るらしい。どこを、どのような道筋で移動しているのかは機密にあたるので私も知らないのだけれど……、だから、まあ、行方を知っている、というのは正確な言い方ではなかったかもしれないな」

「……お尋ねしても?」

 ルカが小さく挙手をし、殿下は頷くことでそれに応じた。

「それは、殿下の命なのですか?」

「いいや。彼の希望だ。正しくは、彼の望みを聞いて、それを叶えられそうな方法を提案した」

「望み?」

「うん。皆に約束したろう? 諸君が望むものはなんでも与えよう、と」

 そんなこともあったろうか、という表情を誰もがしていた。殿下は宝石たちを見回してころころと笑う。

「私が王都を出てリードラへ来られたら、望むものは何でも与える、とそういう約束でそなたらは私の嫁入り道具になったのではないか。それについて、ガイ・オニキスはね、適度な自由と旅を求めたんだ」

「適度な自由と旅」

 リクは、つい復唱してしまった。それはガイにしてはずいぶんと配慮のある願望であるように思われたのだ。

「うん。ここの暮らしも悪くはないけれど、いささか俺向きではない。……と、言っていた」

「それで、お許しになったのですか、殿下!」

「許した、というか、先ほど言った通りなのだけれど」

 ハンナがまなじりを吊り上げるのに、殿下は苦笑を交えて答える。

「どこへなりとも好きに、というわけにはゆかぬのはわかっている、とオニキスは言った。だから、閣下に相談して部隊に入れていただいたのだ」

「閣下に、相談を?」

 なぜか苦し気な目をしていたのはジークで、殿下はそれに気がついているのか、いないのか、さらりと言葉を続けた。

「もちろん。私がリードラの軍の人事を自由に扱えるわけがないだろう」

「それは、そうですが……、なぜ……、いえ、なんでもありません」

「ジーク、ハンナ。そなたらの心配はもっともであると思う。私の秘密が流出しないよう、そなたらがどれだけ心を砕いてくれているのかも知っている。だからこそ、その努力が活きるよう、私も力を尽くしたいのだ。オニキスは、大丈夫だ」

「……はい」

「勿体ないお言葉でございます」

 ジークとハンナが頭を下げるのを眺めながら、このふたりがいたからこそ、ガイは直接殿下に話を持っていたのだろうな、とリクは考えていた。そもそも、殿下にすら話を通さず出奔していてもおかしくはなかった。殿下だけにでも相談をしただけ上出来だ。

「さて、それで、だ」

 話には続きがあるらしく、殿下は再び全員の顔を見回した。

「そなたらは、どうする?」

「……どうする、とは?」

「だから、望むもの、だよ。私はそなたらに、望むものはなんでも与えよう、と約束をした。ガイ・オニキスは自由と旅を求めた。……そなたらは何を望むのだ?」

 リクは何度もまばたきをしてしまった。考えてもいなかった、というのが、正直なところだった。

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