第21話 居場所

 部屋がもぬけの殻になっていたことに気がついたのは、ルカだった。朝食の時間になっても姿を見せないのを気にかけ、呼びに行ったのである。何度呼びかけても叩いても反応がなく、扉を開けるとそこには空っぽの寝台だけがあったという。

「ねえ、ガーネット、あんたなんか聞いてないの?」

 暖炉のある部屋の、座り心地のよい椅子に身を沈めているリクを、ネイが睨む。

「その質問、お前で四人目」

 リクのうんざりとした顔をさすがに気の毒に思ったらしく、ネイはそれ以上を尋ねてはこなかった。なお、ネイの前に質問をしてきたのはハンナ、ジーク、ルカの順に三人である。ハンナとジークは、リクが何も知らないとわかるや否や血相を変えてとび出して行った。ガイの行方を追うためであろう。リクも一応、周囲を探しはしたものの、端から見つかるとは思っておらず、早々に宝石箱に戻って来ていた。

「まあ、見つかるまい」

 ホウタツもリクと同じ考えらしく、部屋の隅に身を預けて腕を組んでいた。

「あたしもそう思うけど。サファイアとオパールは何が何でも見つけたいみたいね」

「そのようだな。ふたりの懸念もわからなくはないが」

「殿下の秘密をバラされたら困る、ってことでしょ? それはそうだけど、オニキスひとりがバラしたところで、みたいなとこあるじゃない」

 ネイの言う通りだ、とリクは内心で頷いた。ガイがどこへ行って何をするつもりなのかはわからない。だが、皇子宮にいたころならばともかく、今、殿下の秘密をバラすことで何か得られるものがあるとは考えにくい。そもそも、信じてもらえる可能性が低すぎる。ガイは殿下の従者であったことを示す証拠を何も持っていないのだから。

「なんで出て行っちゃったのかしらね」

「さてな」

 独り言のようなネイの問いに、ホウタツが律義に返答をし、ちらりとリクを見た。目が合ってしまって、リクは小さく肩をすくめる。

「飽きたんじゃない? たぶんだけど」

「飽きたぁ?」

 ネイの声が裏返った。リクは顔をしかめて、言い訳のように付け足す。

「もともとひとつのところにじっとしているようなヤツじゃないんだよ。仕事がひとつ終わったら次へ移って違う仕事をする……、そういう生活をしてきたんだからさ」

「まあ、それは、わかるけど……。あたしだって一座にいたときには、ひとつのところに留まるなんてことはなかったし」

「ホウタツは?」

 話のついでに、とリクが水を向けると、似たようなものだ、と簡素な答えが返ってきた。

「俺の仕事は用心棒が多かったから、雇い主に気に入られれば留まることもあったが。それでもまあ、三年程度がいいところだな」

「そんなもんだよな」

 リクが頷くと、ネイがふと真顔になって顎を引いた。

「そう考えるとさ、生まれてからずっとあの王宮にいるしかなかった殿下とは真逆なのね、あたしたち」

「まあ、居場所や移動のことだけを取り出せば、ね。……っていうか、殿下と俺たちなんか、共通点を探すことの方が難しいんじゃね?」

「目の数と鼻の数くらいかしら?」

「あー、そーねー。全然面白くないからな、それ」

「失礼ね!」

 リクに詰め寄ろうとしたらしく、ネイが足を動かしかけて、やめた。足音が近づくのを感じて三人ともが扉に目を移す。部屋に入ってきたのは、ジークだった。

「……君らはオニキスの行方を突きとめ終えたからのんびりしてるの? それとも諦めた?」

 疲れた笑いとともに吐き出された言葉には明らかな棘があり、ネイがわかりやすくムッとした。

「どっちでもないわ。最初からあまり乗り気じゃなかった、が正しいかしら」

 ネイもまた言葉に棘を生やす。ジークが笑みの疲労度を濃くしてゆるく首を横に振った。

「悪かった。君らを責める資格は俺にはない。シトリンはどこに? 殿下がお越しになる」

「殿下が?」

 驚いた様子のネイの声からは棘が抜けていた。リクも目を見張る。わざわざ殿下が宝石箱にお越しになるとは、さすがに予想していなかった。

「シトリンはたぶん屋敷のなかを探している。見てこよう」

 ホウタツが出て行くのを見送り、リクは細く息を吐いた。

「ったく、ガイのやつ」

 つい呟いてしまったその声が、誰に聞こえていたかはわからない。

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