第20話 考え

 ハッと身構えてから、リクは慌てて頭を下げた。

「すみません、癖で」

「うん、よい癖だ。どんなときも、どんな相手にも警戒は必要だからな」

 ソールは微笑みながら頷いた。このひとは、これまでに何度も自分の命を左右する局面をかいくぐってきたのだろうな、と、リクは唐突にそう思った。

「私は別に機嫌を損ねていたわけではないのですが?」

 殿下が心外そうに息をつくのを見て、リクはこれまでの予想を確信に変えた。殿下は姿勢も声も改めていない。すなわち、ソールは殿下の性別についてすでに知っており、かつ、受け入れているのだ。

「なるほど、正しく表現すべきだったか。己の見識について、自らに憤りを感じているのだ、と」

「なにゆえそのように底意地の悪い態度を取られるんです?」

「そういう性格なのだ」

 呼吸のあった会話の様子は、長く時を共にした友人同士のようにリクの目には見えた。もしかしたら遠目には、違う見え方をしているのかもしれない。たとえば、新婚夫婦らしい様子、であるとか。

 リクはふたりに黙礼し、その場を離れた。ふたりの会話をこれ以上、自分が聞くべきではないと思った。

大樹のもとへ戻ると、同僚の宝石たちは皆なにやら神妙な顔つきで、リクは困惑した。唯一、気楽そうな笑みを浮かべているガイに目線で問うたが、肩をすくめて見せるのみである。

「……殿下のご様子は?」

 さすがにそれだけは気になったとみえ、ハンナがリクを横目で見つつ尋ねる。ご様子、と口の中で繰り返してから、リクは考え考え言葉を選んだ。

「まあ、あの、何か考え事があったような、そんな感じ……?」

「そう……」

 ハンナは、殿下の方へ気づかわしげなまなざしを向けた。そのハンナを、ジークが見つめていた。ジークの視線からはどんな表情も読み取れず、リクにはなんだかそれが奇妙に思われた。兄妹喧嘩のわだかまりは、まだ解消されていないのだろうか。

 おかしな調子に静まり返った雰囲気は、サリードラ夫婦が戻ってきたのちも変わることがなく、その空気を連れ帰るようなかたちで遠乗りは終わった。

「大変だな。民族とか国家とか、そういうことを考えなくちゃならないやつらはさ」

 館へ帰ってから、ガイがリクにだけ耳打ちした。

「何が言いたいんだよ? そういえば、お前、遠乗りのとき、全員の前で何かいいかけてなかったか?」

 たしか、三人の男がやってくる直前のことだ。リクが小首を傾げると、ガイはパタパタと片手を振った。

「ああ、もういいんだ、あれは。たいしたことじゃない」

 そう笑ってリクの前から立ち去ったガイが、館……、通称・宝石箱から姿を消したのは、この三日後のことだった。

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