第18話 もしものこと
殿下の背を追った、リクの背を全員が見守っていた。しばらく見守って……、皆が戸惑ったようにソールに視線を移した。幾対もの目を向けられたソールが苦笑すると、ハンナは恥じ入ったように顔を伏せ、ガイは肩をすくめ、ネイはちょっと首を傾げた。
「うん、まあ、何か語らねばならんだろうな、さすがに」
苦笑を微笑に変えて、ソールは大樹の根元に腰を下ろした。ひらひらと手を振って一同にも座れと示す。即座に従ったのはガイだけで、残りの面々はひとまず一度は遠慮する姿勢を見せたが、ソールが面倒そうに再度手をひらめかせたのを見て、おもいおもいに腰を下ろした。芽吹いたばかりの緑が柔らかく彼らを迎えた。
「すでに知っている者も多かろうが……、俺の母は前リードラ公に囲われていた女だ。妾、というやつだな。旅の一座で歌ったり踊ったりしていたそうだ。宝石の諸君の中にも、似たような経歴の者がいたな?」
「……あたしのことです」
「ああ、そうか。すまん、名をなんと?」
「ネイです。ネイ・アメジスト」
「ネイ。貴族に呼ばれて芸を見せたことは?」
自分に話が向けられるとはつゆほども思っていなかったらしいネイは、少し視線を泳がせつつも考えるように顎を引いた。
「ほんの数回、ありました。あたしがいた座は、あんまりお上品な方じゃなかったから、そういうことはすごく珍しかったですね」
「なるほど。だがまあ、なくはなかったということだな。つまり俺の母も、そうして呼ばれて舞いだか歌だかを披露し、父にみそめられた、というわけだ。みそめられた、とはというのは飾った言い方だな。買われた、というべきだ」
「買われた」
乾いた声で繰り返したのは、ルカだった。
「ああ。数度、夜を共にするために買われただけだろう。だろう、というのは、もうそれを知っている者などいないに等しいからだ。母は俺を産み落としてすぐ、いずこかへ消えた。生死すらわからん。まあ、生きていそうにはない。俺は父の部下に預けられ、父の部下は家人に世話を任せ、という具合で、まあ、つまりはわりと放っておかれた。山野を駆け回り、猟をし、獲物をさばいて喰い、酒と博打を覚えた。そうして世の中の酸い甘いを嚙み分けかけたころに、自分の父がリードラ公だということを知った」
ソールはすらすらと語った。その語り口はなめらかすぎるほどだった。これまでに何度も、こうした説明を繰り返してきたのかもしれない。
「あの三人は、俺が何者でもなかったころからの付き合いで、何者かになってしまったあとも付き合いを続けてくれたやつらだ。あいつらは、それぞれ持っている信念や、主義、主張が異なっている。俺はそれを否定したくない。否定したくないが、俺自身の信念を曲げるわけにはいかない。……先ほどの会話は、そういうことだ」
語る速度をいくぶん緩やかにして、ソールは宝石の名を持つ者らの顔を順に見回した。最後に目を合わせたのはジークで、ソールはそのジークを真っすぐに見据えたまま再び口を開く。
「俺は、立派な友を持っているよ。お前たちがどのような意味で立派、という言葉を使ったのかは知らんがな。リーザにもしものことがあれば、というのもどういう意味であったのか、いま一度自分たちで考え直してはどうだ? もしものこと、とは何か。そのもしものこと、は何が原因で起こりうるのか。そういう、ことをな」
ジークは目をそらさぬままひそかに息を飲み、他の何名かはなにかに感じ入ったように、細く息を吐いた。
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