第17話 生

 全員が目を奪われたあと、三人の男たちはじわじわと表情を動かしていった。驚きを根底に、笑みを浮かべる者、怯えた目をする者、眉を憤りの形にする者……。それぞれの変化をソールが面白そうに眺めつつ、殿下の隣に立った。

「俺の妃、エリザベータだ。リーザ、この者たちは俺の呑み友だちでな。コーヴァ、ハリル、イジドだ」

「お初にお目にかかります、エリザベータでございます。以後、どうぞよろしくお願いいたします」

 殿下の優美なる礼を受け、男たちは狼狽えたようだった。

「あ、え……」

「ほ、本当に、皇女さま、なのか……」

 もじもじと後ずさりし、ひそひそと言葉を交わす男たちに、リクは苦笑しそうになった。ためらうことなく笑い声を上げたのはソールで、からかうような目線で彼らを見やった。

「おいおい、なんだなんだ、急におとなしくなって。俺に対する遠慮のなさとは大層な違いじゃないか」

「そりゃあんまりな言い方だぜ、旦那。俺たちはあんたにだってそこそこ遠慮してるさね」

「へえ? それはそれで悲しいがなあ」

「まーたそういう我儘を言いなさる」

「イジドの息子たちの我儘よりは可愛いものだろう」

「旦那、子どもと比べてどうするんです」

 強張った笑顔でソールに受け答えをしているイジドという男は、ちらちらと隣を気にしていた。三人の中でひとり、ちらとも笑みを見せぬ男を、である。笑みどころか憎々しげなものすら感じられる目をするのを、ジークとハンナが固唾を飲んで見据えている。

「つまり、旦那も帝国を選んだ、ってわけだ」

 イジドの視線を横目で打ち返しながら、その男が吐き捨てた。

「コーヴァ」

 ソールがため息まじりに男の名を呼ぶ。

「リードラは、ロード帝国だ」

「俺は認めない。もう何度も話したはずだ。いいように言いくるめられたりはしないぞ」

「そう喧嘩腰になるな」

「旦那はいつもそうやって……! ……いや、やめておこう」

 声を荒上げかけたコーヴァは、するすると力を抜いてかぶりを振った。

「お美しい皇女サマの前だしな」

 コーヴァは皮肉めいた笑みを浮かべて殿下を見やり、殿下は戸惑ったようにまばたきをした。どんな表情をすべきか、選びきれなかったように。

「俺は認めない。認めない、が……、旦那がこんなに綺麗なお妃さまを迎えられたっていうのは、よかったな、って思うんだ。それはさ、貴族サマとして生まれなくちゃできなかったことだ」

 するり、とコーヴァは視線を落とした。

「人はどんなふうに生まれたかではない。どんなふうに生きるかだ」

 ソールのその言葉は、周囲の空気の一切を強く震わせた。コーヴァは肩を跳ねさせたが、視線は上げぬままだった。

「……じゃあな、旦那。邪魔して悪かったな」

 コーヴァが背を向けると、残りのふたりは慌ててそれに続く。

「また飲もう、皆」

 ソールにそう声をかけられ、三人の男たちは可否の読めぬ会釈をして立ち去った。

「ずいぶんと、立派なお友だちをお持ちのようですね、閣下」

「閣下、殿下にもしものことがあれば!」

 ジークとハンナが同時に口を開いた。言葉は違えど、意図するところは同じであろう。ソールが苦笑を浮かべたが、それよりも早く響いたのは殿下の声だった。

「サファイア、オパール、おやめなさい」

「……は」

 ふたりは素早く膝を折った。リクはわずかに目を見張る。殿下の口調に、いつになく激しいものを感じたからだ。殿下は腹の前で白い指を組み、唇を引き結んでいた。何かをこらえているように、リクには見えた。

「リーザ」

 ソールが呼んだのに対し、かすかに笑む。なんとかそれができた、というふうであった。

「大丈夫です。少し、風にあたってきます。……ひとりにして」

 すぐさま立ち上がりかけたジークとハンナに、殿下がすかさず命ずる。

「遠くへは行きません。すぐ見えるところにいるわ」

 細いため息とともにそう付け加えて、殿下は木の下を離れた。さりとて本当にひとりにするわけにもいかない。ジークとハンナの視線を受けるまでもなく、リクは殿下に追いつきすぎぬように気づかいつつ、その背を追った。

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